ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第一章 彼誰時~かはたれとき~

第六話

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「珍しいよね、陽があそこまで動くなんて」

 和泉の処遇に関しては、すぐここで決めていいものではないかった。
 一旦、そのまま部屋で待ってもらうことにして、陽、世羅、颯希は廊下に出た。
 陰陽連の中は外よりははるかに安全なものの、一応世羅が結界を張って。
 自販機で買ったコーヒーを一口飲んで、世羅は陽に問いかける。

「あのコのこと、どう思う?」
「どうもなにも、別に。
 ほんとに死にたがってんなら別に止めねえよ、こんな世界生きてたってしかたねえ気持ちわかるし。
 まあ。あいつは浄化の力が使える。ソレ系の力は貴重だ。
 あいつは情報吐かせて殺すより利用したほうがいい」

 うっかり怪我を負い、和泉に借りを作ったとは言えなかった。
 その借りを返すために、精神世界に入ってまで手を伸ばしたことも。
 借りを、返しただけだと陽は自分に言い聞かせる。

「あんな素性のよく分からない女を入れるとは正気か」
 低くヒリついた声が後ろから聞こえた。
 3人とも、振り向かずとも誰が来たのかはもうわかっていた。
 鋭い目で3人をにらみながら、癖のある黒髪の青年がこちらへやってきて、そのまま自販機のコーヒーのボタンを押す。

「なに、悠河ゆうがはまだ陽と組みたいの?」
 世羅は飲み終えたコーヒーの缶を捨てながら、少し煽るような口調で悠河に話しかける。目は合わせていなかった。
 悠河と呼ばれたくせ毛の青年は世羅の言葉よりも、世羅自身にイラついた態度を表 示す。

「貴様には聞いていない。」
「やめろ世羅、絡むな。」
 制止する陽自身も、その制止の言葉に対して効力がないことは分かっている。
 悠河と世羅の間の溝が今に始まったことではないのが明白だからだ。
 颯希が二人の間に割って入る。

「素性に関してはおいおい調べればいいわよ。すぐわかるでしょ。別にウチは、アンチ人外でもないんだし」
「何か起きてからでは遅い。あんたの首でどうにかなるレベルのことなら、構わんけどな」
「まあでも、彼女が僕らになにかするならいくらでもチャンスはあったしねえ。ましてや、こーーんな失礼な態度の陽のことも一応は助けてくれたみたいだし。
 とりあえず人間に対して敵意がないのは火を見るより明らかだと思うけど」
「それが罠でない保証はないだろうが」
「罠って…」

「彼の言うことももっともだね。」
 先立って悠河の来たほうから聴こえる、中性的な声。格別大きな声では無いのに、はっきりと耳に届く。
 声の主、白い直衣姿の彼は、陰陽師 土御門白斗つちみかどあおと
 そろえられた黒髪はつややかで、女性でもここまで美しい髪はなかなかお目にかかれない。
 大きな黒い瞳は穏やかで、顔立ちは貴族のように気品あふれている。
 見た目こそ陽たちよりはるかに幼い、10歳程度の子供だが、身に纏う雰囲気は大人すら気負されるものがある。
 白斗は、この陰陽連における実質的なトップの人間だ。
 本来陰陽連のトップは陰陽頭・土御門玄蕃つちみかどげんば、白斗の祖父にあたる存在がいる。
 しかし今は危篤状態のため、事実上次の土御門の当主白斗が事実上のトップとなっている。

 今にも世羅につかみかかりそうだった悠河もさすがにおとなしくなる。
 そんな様子を見て、まるで子供を慈しむような表情を浮かべて白斗は提案する。

「どうだろう、彼女が僕ら人間に対して敵意がないことが証明出来たら、納得するかな。
 ちょうど依頼があってね。
 人間が神隠しにあったと少し騒ぎになっているビルがあるんだ。実際2,3人行方が分からないものがでている。
 その調査を陽、世羅、和泉さんと3人でお願いしたい。
 私もさっと占じただけで申し訳ないのだけども、『水難』の気配だ。
 水に関わる何かしらの存在がそのビルにいるのは間違いない。
 頼めるかな。」

 口調こそ穏やかなものの、拒否権などない。
 陽がうなずき、世羅が了解とだけ口にした。
 その様子を見て、颯希もやれやれと胸をなでおろす。

「仕事ならやる、その間あいつを追ってる例の蜘蛛、調べといてくれよ」
「それはもちろんだよ。
 彼女、和泉さんのことも調べよう。
 悠河?この依頼が解決したら、彼女の陰陽連入は認めてくれるかな」
「…そのビルの被害者が全員生還したら考えてやってもいい」

 やや含みのある言い方が彼らしいと陽は思った。どうせ、「認めるとは言ってない」だのなんだの言ってくることが目に見えている。
 ただ、今は陰陽頭の命令だ。
 陽や世羅に拒否権がないのと同様に、悠河にも拒否はできない。
 白斗はやんわりと笑みを浮かべる。

「決まりだね。
 まだちょっと先代の件で、でごたついているから、失礼する。
 頼んだよ、陽、世羅。」

 いつもと同じだ。
 仕事の依頼があって、それを陽と世羅で遂行する。
 今回は、和泉がいるだけ。

 いつもどおりのはずだった戦いの日常に、綻びが生じたことに、まだ気づく由もなかった。

 *****

 和泉一人を待たせていた部屋に戻ったのは陽と世羅のみ。
 白斗と颯希は他にも仕事があるとかなんとか言いながら、その場を去っていった。
 悠河も本来であればコーヒーを飲みに来ただけで、悪態をつくだけついて立ち去ったのだろう。

 世羅が人好きのする笑みを浮かべながら、先ほど白斗にいわれた仕事の話をする。
「とまあそういうわけで、君もめでたく陰陽連の一員だ。よろしくね。ただ、私と同様に人間以外に嫌悪感をしめす者たちが大勢いるからね。
 基本的には私らが一緒にいるつもりだけど…あまり1人で行動しない方がいい。」
 和泉がうなずくのを見て、陽が続けた。

「んじゃとりあえず、現地行く前に聞いとくけど。
 お前、オレの傷を治したよな。
 オレには、穢れを祓ったように思えたけど、お前がなんの力を使えるか、聞かせろ。
 上の命令とはいえ一応はチームメイトだ。
 命預ける相手に、不必要に隠し事すんなよ」

「あまり…私も理屈で説明できるわけじゃないけど。手に力を込めると、あったかくなって力がでる。感覚としては、綺麗にするというか…、浄化する感じだと思う。
 だから怪我そのものは直せない。傷自体は穢れてる訳じゃないからね。
 妖気を祓ったり防いだり、穢れを浄化したり。同じ要領で結界みたいなこともできるけど、あくまで浄化だからその…あなたたちみたいな術者の攻撃までは防げない。」
「んじゃ、現状お前はほぼほぼ足でまといなわけだ。
 自衛についてはそのうちなんとかしてもらうとして。
 コレ持ってろ」

 陽が和泉に手渡したのは札2枚。
 なにやら文字や模様やらが書かれた白い札と、何も書かれてない真っ黒な札だ。

「白い方は式神、オレの分身みたいなやつ。
 当たり前だけどオレよりは力も耐久性も弱い。札に込めた霊力が枯渇したら消えるからな。お前一人をそこそこ守るだけの力はある。

 黒い方は結界。使えば光も通さない結界ができる。オレしか解除できないくらいに強い。
 ただし、使えばその場から動けなくなるから注意な。オレらと離されて本気でヤバいと思った時の最終手段でいい、保険みたいなもんだ。」

 和泉は目を丸くした。
「何だよ」
「いや、あの、ここまでしてくれるとは思ってなくて。てっきり、捕虜みたいな扱いされるかと」
「捕虜じゃねえけど、捕虜なら尚更大事にするだろ。
 お前になんかあったら上からドヤされるのオレらだから。」
 つっけんどんに言うとそっぽを向いてしまった。言い方にやや難アリなだけで、悪い人でないのはもうわかっていた。
 ありがたく札を受け取っておく。

「さてと。女の子がいつまでもそんなボロボロじゃあね。
 てきとうに持ってきたんだけど、気に入らなかったら後で買いに行くから、ちょっとだけ我慢してね。」

 そういえば、着の身着のまま、というかなかば服ともいえない状態でずっといたことに今更少し羞恥心が芽生えた和泉に対し、世羅は続けざまに言う。

「そうそう。大事なことを伝えておこうか。
 私ね、人間じゃないし、あと男だから。」

 眼前の美貌の顔は、にっこり笑ってこともなげに大きな事実を和泉に告げてきたのだった。
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