ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第一章 彼誰時~かはたれとき~

第五話

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 暗い中にいて、ずっと一人で怖かった。でも急に、腕をつかまれて。
 
 ぐっと力強くひきあげられたら、あまりの眩しさに目がくらんだ。明るさに目が慣れたかと、そろそろと目を開けばそこは、知らない天井だった。

「あ、気が付いた?」

 和泉が目を開けて一番に飛び込んだのは、世羅の顔だった。

「ここは?」
「ああ、ここは陰陽連。ごめんね、さっき話してた本部ってとこ。
 意識が戻らないから、そのまま連れてきちゃった。
 怪我もしてないし、大丈夫だと思うけど安静にしてたほうがいい」
「誰かが、手を。
 陽、は!?怪我してたのを直して、私そのあと…!」
「生きてるって。」

 慌てる和泉の視界の外から、ふてぶてしい声が聞こえてくる。振り返れば、ちゃんと陽は五体満足で座っている。よかったと、心から安堵の表情になる。

「あの、…ありがとう」
「今度はちゃんと礼言えるのな」
「それも、だけど。私、あのままだったら本当に、死ぬまで犀破に捕まってた。だから、ありがとう。」
「怪我なら手当は済んでる。お前の方も。」

 和泉の怪我は腕やひざのすりむき程度だったが、きちんと手当された跡がある。
 陽を見やれば、自分もしてもらってると言うように着ているシャツをたくし上げた。怪我をしていた脇腹に包帯がしっかりと巻かれているが、重傷ではなさそうだった。自動的に視界に入る上半身はしっかりひきしまった体躯をしている。戦える者の身体なのだなと一目でわかるものだった。
 たくし上げていたシャツをなおし、陽は和泉に向き直る。

「お前には術がかけられてた。お前の希死念慮に纏わりつくような強い術が。
 お前が死にたいと願えば願うほど、追ってくる。それこそ、蜘蛛の巣にかかって、暴れれば暴れるほど絡むような。

 お前最初、オレたちを遠ざけようとしてたろ。
 無関係な人間を巻き込みたくないってことなんだろうなってのはすぐわかった。
 お前や凛の言ってたことから想像するに、今までお前のことを助けようとした人間が何人もいたんだろ。

 だけど、全員殺された。自分のせいだって思いつめたお前が、死にたいと願うことなんか、当然の流れだろうな。
 犀破は、そこにつけこんだ。」

 和泉は何も言えなかった。
 陽は、和泉の返事は期待していないと言わんばかりに続けた。沈黙が肯定であるのは、陽も世羅もわかっていた。

「ま、全部推測だけどな。術は解いたけど、お前がまた死ぬとか言えばどうなるかわかんねえ。
 もう、死にたいなんて、思ってねえよな。」

 和泉は黙ってうなずいた。

「ま、軽く洗脳状態だったんだろうぜ。
 思うのは仕方ないにせよ、このあとも口に出さねえほうが賢明だ。

 で。その、犀破ってやつのことだけど、詳しく聞かせてくれるんだろうな。今度こそ。今更巻き込みたくないじゃ、すまねえけど。」

 世羅もそれに同調するように和泉を見据えた。和泉の言葉がのどにひっかかって出ようかしたとき。

「あら、目が覚めたの?」

 突如、明るい女性の声が室内に響く。
 入口にはウェーブのかかった長い黒髪の長身の女性が和泉をにこにこと見つめている。スーツのようなかっちりとした服を着ているものの、その豊満な体はサイズがあっていないのではと感じさせてしまうほどグラマラスだ。
 しかしいやらしい雰囲気は感じさせず、健康的で快活なイメージを抱く女性だった。

「あれ、颯希さつきさん、今日は出てるって聴きましたけど。」

 世羅がそう投げかけると、颯希と呼ばれた女性は下をぺろっと出しながらウインクする。いたずらっ子のような顔をして、近くに立てかけてあったパイプ椅子を広げ、どっかりと座る。

「またほっぽりだして来たんですか。」
「別にサボったわけじゃないのよ、たいしたことなさそうだったから下に任せたの。信頼出来る部下にね。
 それよりなんだかこっちでデカイ案件だそうじゃない。」

 嬉々として和泉を近づいてくる颯希をみて、陽は嘆息した。

「はァい、はじめまして。私は蒔原颯希まきはらさつき
 この陰陽連で、陽や世羅たちの上司にあたる存在…ってトコかな。どうぞよろしく~」

 和泉は差し伸べられた手を、受け入れられなかった。
 表情こそ笑っているが、かなり強そうだということ以上一切悟らせないなにかの気配を感じるのだ。上司、というだけあって彼女も相当な手練だと想像するのは簡単だった。

「あら、嫌われちゃった?まあいいけど。かわいい女の子ならいつでも大歓迎だからね。陰陽部にいるとねえ、花がなくて枯れそうになるのよね。血の気が多いったらありゃしないんだから。
 ちょっとずつおねーサンにあなたのこと教えてね??」
「アンタがそんなだからビビるだろ普通に。」

上司だと名乗ったばかりの女性に、普通にタメ口をきく陽に和泉は少しぎょっとする。颯希からしたらいつものことのようで、まるで友人のようなテンションで言葉を返す。

「うっさいわね、陽よりマシでしょ。どーせあん
た、女の子相手にキツいこと言ったんじゃない?
 ま、戯れはここまでにしましょうか。」
 颯希の目がすっとほそめられる。何度目かの溜息をしつつ陽は話し始めた。

「巡回中に、嫌な気配を感じた。そこに、こいつと、女の…蝶を使って攻撃してくる妖と鉢合わせてそのまま交戦。
 女はこいつを追ってた。女の親玉…犀破とかいう妖は、こいつに術をかけてて無理やりに連れ戻そうとしてた感じだ。術は解いたけど、女も犀破も、手配書では見たことねえやつだった。まあ、姿変えてるだけかもしんねえけどな。」
「その、犀破という妖の姿は?」
「直で本体は見てねえけど、オレらの前には普通の人間の姿で出てきた。術は蜘蛛の糸を使ってた。」
「蝶と蜘蛛…ねえ。」
「颯希さんでも心当たりないですか。」
「まあ、虫関係の妖なんてごまんといるからね。マークしてない奴なのかもしれない。上には報告するつもりだけど、また呼ばれたらちゃんと説明なさい。それよりそんなのと当たってよく無事だったわね。」
「彼女…和泉ちゃんが治したんだって?」

 世羅がちらっと和泉を見やる。陽はうなずいた。

「治した?」

 治す、という言葉に颯希の目が光る。

「あなたも、なにかの術者かしら。それとも…人外?」

 陽も世羅も、和泉が人間ではないことには薄々気づいていたようで、特に驚いた様子は見せなかった。3人とも、人でないものへの感情が決して友好的でないことは見て取れる。
 けれど、今の和泉にはもう、不思議とそこまでの恐怖心も、猜疑心もなかった。

「私は、人では…ないんだと思う。でも、わからない。
 私のことを知ってるのは、犀破だけで、アイツも何も教えてはくれなかった。
 私は、自分が何者なのかわからない。
 あんたたちのほうが、きっと詳しいんじゃない?
 あんたたちは、一応、犀破の攻撃から生き残った、それに私より明らかに妖への対処が可能な人たち。
 だから、一緒に調べてほしい。
 私がなんなのか、犀破が、なんなのかを。」

 その表情は、逃げていたあの不安定な顔とは想像つかないほど、決意の満ちたものだった。
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