ときはの代 陰陽師守護紀

naccchi

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第一章 彼誰時~かはたれとき~

第二話

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「あれで凛を撒いたつもり!?」

 青年は少女の言うことなど聞こえていないように、そのまま幾重にもうねる路地を抜けていく。
 途中、見えない壁…結界のようなものを何回か抜ける感覚があった。青年は迷うことなく走っていく。
 自分で走れるからおろしてと何度言っても無視されるので、しかたなくおとなしくしていたら、付近からは人工物が消え、周囲が木々に囲まれた場所に出てくる。
 どうやら少し広い公園のようだが、夜ということもあって人影はない。

 青年は凛が追ってきていないことを確認すると、青年はようやく少女をおろした。

「で、お前。名前は?」

 あまりに唐突すぎる質問で思わず耳を疑った。

「そんなことより、さっきの奴らが来ないうちに逃げて。少しはやれるみたいだけど、次こそ、本当に命が無いよ。」
「んなこと聞いてんじゃねえんだよ」

 青年は躊躇いもなく少女の腕を掴み取った。彼の瞳は真っ直ぐだった。人間らしい、瞳だと、思った。

「な、何、放してよ!!」
「じゃあ言え。」

 しばしの逡巡。
和泉いずみ

 その真っ直な目に気圧されたのか、それとも信じたのか。何を思い、名を教えたのか分からなかった。自然と、口をついて出てしまった。彼は少し笑ってこう言った。

「綺麗な名前じゃん。」
「!」
(もう誰のことも信じないって。頼ったりしないって。 あとが、辛くなるだけ、だから。
 …このままいると、この人もきっと殺される。)

 恐怖で身体が震えた。おびえる和泉を見ていた青年はさらに質問を重ねた。

「で?お前、なんで追われてんの? あいつらから逃げてたんだろ?」
「だから、何で、あんたに言わなくちゃならないの?」
「助けてもらった相手に礼もなしかよ。
 妙な気配がしたから調べに来た。そうしたら手配書に見覚えのない女と、傷だらけのお前がいた。お前、あいつに襲われてたんじゃないのか。」

 和泉は迷いながらも、助けてもらった相手に少しは何か言うべきであろうと決心して重たい口を開いた。

「知らない、何も。
 私は、自分の名前以外、何も覚えてない。ただ、あいつらのところにいたくない、理由は、分からないけど。
 だから、教えることなんか、ほとんどない。」
(嘘はついてない。より前を思い出そうとすると頭が痛くなって分からなくなるから。)

「ほとんど、だろ?ちょっとはあるんじゃん、言え。」

まるで和泉があえて伏せたことなどわかっているかのような物言いだった。気圧されまいと、和泉も言い返す。

「脅迫のつもり?
 わかった、教える代わりに、聞いたらここから立ち去って。」
「断る。知ってること言え、んでそれ聞いたあとでお前をどうするか決める。 
 ――"ばく"」
「なっ、に、を・・・・!」
(急に、体が動かなくなった、かろうじて、言葉は話せるけどこれじゃ…)

今青年が最後につぶやいた一言。それが和泉の身動きを封じたことは明白だった。さっき凛に対して向けていた敵意の眼を今度は和泉に向けている。

「記憶がねえっつんなら知ってることだけでいい、全部言え。
 無理に動くなよ。お前の名前がわかったから、かなり強力に術をかけてある。下手すれば死ぬぞ」

「じゃあ、私、を殺してよ」
「は?」
「殺せるでしょ、こんな力が、あるんなら…!できるなら今すぐやって。」

 視線がふっとゆるんだ。殺意が消えたのを感じる。体をおさえつける何かの力も若干和らいだように感じた。

「なんで?殺すんじゃないの?」
「別に、お前を殺すためにやってんじゃない。なんで追われてるのかって聞いてんだよ」

(助けてくれたのかそうじゃないのか、よくわからない人。早く逃げるんだった。)

 和泉は、身体は動かないのに、それに反して意識だけはぐるぐると動くのがもどかしかった。奴のところから逃げられたのはいいものの、どうするかと思案を巡らせたその時。

 細くて高い鈴の音が、リンと響いた。かと思うと、和泉の身体はふっと軽くなった。青年がちっと舌打ちをして、鈴の音がなった後ろを見た。

「やめな、よう
 別の人影が、青年を陽と呼んで制止する。

「何すんだ、世羅せら

 世羅、と呼ばれたその人影は静かに2人に歩み寄った。
 真っ白な長い髪を後ろに束ねた、長い細身の。

「おん・・な・・・のひと?」

「君、大丈夫?
 全く、陽も相変わらず酷いな」

 整った顔立ち、それを構成する細身の深い金の双眸、透き通るような白い肌、薄く口紅をひいた芳醇な唇。それからつむぎだされる言の葉は、低く胸に響いた。言うまでもなく、類稀な美人であった。世羅は和泉の手をとって、起こした。

「君、和泉ちゃんって言ったっけ?
 酷いことしたみたいで、すまないね。
 私は世羅。こいつは陽。訳あって、私たち2人ともある組織に属している。
 私たちは、異形や妖なんかの人間じゃ手におえないような相談事を解決する仕事をしてるんだ。
 今日はまあ見回り、みたいな日だったんだけど。陽が妙な気配を感じたらしくてね。そこで君と出会ったわけ。人外に狙われてる、とかひどい目にあっている、とかそういった人たちを助けるのも私たちの仕事だからさ。
 君のこと…どうにかしてあげたいと思うんだけど、どうかな?少しは話してくれるだろうか」

 すらすらとよどみなく話す世羅は、和泉からしてみればまだ話が通じるように思えた。

 (この人たちに言えば、なんとかなるんだろうか。)

 和泉が、一瞬抱いた淡い希望。
 しかし、すぐに嫌な情景が脳裏にフラッシュバックする。

 自分を救おうとした者が、無残にも殺された情景。動かない体。夥しい血。元が人間だったかもわからないような肉塊。真っ赤な景色が、まるで和泉を責め立てるように思い起こされる。和泉が覚えている人もいれば、覚えていない人もいる。その恐怖に喉が引きつり、どうにか絞り出せる言葉は拒絶しかなかった。

「いきなり、そんなことを言われても、私は、あなたたちのこと、信用できない。」
「あのなあ…オレは気が長いほうじゃねんだから早く話せ。」
「陽、お前口の利き方気をつけろ。
 わかった、じゃあせめて君の家まででも送らせて…」

 陽をたしなめながら、世羅がそう言ったその時だった。

 和泉の腕と脚が蜘蛛の糸に絡めらとられた。一気にあたりに嫌な気配が充満する。糸がもつれ、和泉は地面に倒れ伏してしまう。

「きやがった、世羅!」
「わかってる!」

 世羅は結んでいた髪を解くと、まばたきもしないうちにその姿を消した。

(怪異を感知する系統の結界はちゃんと張ってたはず、なんでオレらの居場所がバレた!?)

 陽は、蜘蛛の糸を視認してすぐさま炎を出そうとするが、ためらいが生じる。むやみに使えば糸をつたって和泉も燃えてしまうかもしれないと感じたからだ。
 だったら斬るしかない、と手にした札に力を込めると、それは細く伸びた鋭利な刃となった。だがその刃で糸が斬れることはなかった。
「マジかよ、これ以上強度あげろってか。」

「その異常なまでの霊力からすると、気様はいわゆる、陰陽師か。」

 後ろから低い声がして、和泉をゆっくりと起こす人影。和泉が、自分をとらえた存在を認識する。

犀破さいは…!」
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