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再会
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ようやく騎士養成学校に戻ることが出来る。
毎日のように嘆願し、意識を取り戻してから7日後にようやく父と兄の許しが出た。
すぐにでも戻ろうとしたが、ジストもまだ実家に居ると聞きつけ、迎えに行くことにした。
馬を走らせてレーベン邸に向かう。
途中農場が広がり、農夫達が働いている姿が目に入る。幼い頃初めてレーベン邸へ向かう道中に、馬車の窓から手を振ると、農夫が笑って振り返してくれたことを懐かしく思い出す。
レーベン邸への訪問は昔のあの事故以来だ。
今回の父の対応からして、昔の事故時のレーベン家への対応も推し量られる。きっと謝罪も受け入れず、追い返していたに違いない。
ジストの御家族には良く思われていないだろうが、ジストを諦める気は無い。
早くジストに会いたい…
試合場で最後に見た泣き顔が脳裏に浮かぶ。
仕方がなかったとはいえ泣かせてしまった。今もきっと不安がらせているに違いない。一刻も早く笑顔にしてやりたい。
気がはやり、馬を駆る手も早まった。
レーベン邸に到着すると突然の訪問にも関わらず、執事のセオドアに丁重に迎えられた。少し歳をとったが落ち着いた雰囲気はあの頃と変わっていない。
馬を預けて邸内に招き入れてもらう。
「お久しゅうございます。ヴィルフラン様」
「長らく無沙汰してしまったな。不義理ですまない」
忘れてしまっていたからとはいえ、あれ程こちらから押しかけておいてパタリと訪問をやめ、連絡のひとつも入れないなど、レーベン家の者からしたら、不誠実ととられても仕方がない。その上、先ぶれもない突然の訪問だ。失礼極まりない。
「滅相もございません。この度のことも含め主人もレーベン家に仕える私共も皆心より感謝しておりますのに。留守中の主人に代わり、先ずは私から御礼申し上げます。主人も夕刻には戻る予定ですので、どうかゆっくり御滞在下さいませ」
セオドアに深々と一礼された。
追い返されても文句を言えない訪問であったのに、快く受け入れられてほっとする。
「どうぞこちらへ、御案内致します」
応接室へ向かい数歩進んだところで、ロビーの階段の上から声がかかった。
「ヴィル!」
段上の手すりから身を乗り出して俺の名を呼んだのは、会いたくてたまらなかったジストだった。
優雅さも礼も置き去りに、何段も飛ばすように階段を駆け下りて飛びついてきたのを、両腕でしっかりと抱き止める。
「無事で良かった!」
「ああ、手紙にも書いただろう?」
「ん、手紙ありがとう。でも会えるまでは心配で…」
俺の存在を確かめるように肩口に顔を埋めてグリグリと額をこすりつけてくる。愛しい。
「ジスト…会いたかった…」
「俺も…」
艶やかな金髪を数度撫でるとジストが顔を上げる。至近距離にある青い瞳を見つめていると、ジストの背後斜め方向からコホンと小さな咳払いが聞こえた。
「若様、ヴィルフラン様をお部屋に御案内されては?」
すっかり二人の世界にひたっていたが、ここはまだ人目のある玄関ホールであった。セオドアに促され、ほんのり頬を染めたジストがセオドアから俺の荷物を受け取る。
「俺の部屋へ」
二階へ上がり、初めて二人が出会ったジストの部屋へと招き入れられた。
可愛いらしい子供向けだった内装は落ち着いたものへと一変していたが、窓から見える庭の景色に変わりは無かった。
「懐かしいな…」
窓から庭を見渡すと、子供の頃に登った樹木の向こうに、虹を作った小川が見えた。
「ヴィル……もしかして思い出した?」
そういえば手紙には記憶が戻ったことを書いていなかった。
頷くと、ジストが目を伏せて長い金のまつ毛を震わせる。
「ごめん……」
何を謝る?
一歩ジストに近づくと、ジストも一歩後ろへ下がった。
「試合の前の日……昔のこと…隠そうとした…」
ジストは心許なさを紛らわせるように、右手で左の二の腕をさすりながらうつむいている。
「やっと……やっと振り向いて貰えたのに……思い出して捨てられたらって…怖くなって……。……卑怯だよな……。その上また昔と同じように傷つけて……最低だ……いくら謝っても謝まりきれない……」
ジストは悪くない。今回の事故はアグスのせいであるし、企みを知っていながら止められなかった俺のせいでもある。昔の事故は幼さ故だ。
それにジストは俺より余程苦しんだはずだ。今だけでなく昔も。
心を通わせた相手に怪我を負わせてしまい、その直後からは会うことも出来なくなった。それまでは足しげく通ってきていたというのに便りのひとつも寄越さない。謝罪の為にモニーク家を訪れても、おそらく門前払いを食らったはずだ。
嫌われて、捨てられてしまったのだ、と思わざるをえなかっただろう。
騎士養成学校で再会しても、無視はされないものの、過去の事には一切触れず、よそよそしくされて。実際には記憶を失っていただけなのだが。
挙句の果てに『関係ない』などと突き放されたと受け取られても仕方のないような事も言ってしまった。
ジストを悲しませておきながら、何もかも忘れてのうのうと暮らしていたのだと思うと、自分自身に腹が立って仕方がない。
そんな状況であるのに、ジストはずっと諦めないで心を寄せてくれていたのだ。
その健気さに感動こそ覚えても、非難する気持ちなど微塵もない。
「ジスト……」
ポケットから石をひとつ取り出した。
角を落とすように細かな多面のカットが施された5センチくらいの方体の透明な石だ。
中心には、キラキラとした粒状の遊色が浮かんでは消え、刻々と表情を変えている。その遊色は、ジストと初めて会った日に、冷やした空気中に水分を散らして見せた魔法、ダイヤモンドダストをイメージして再現させたあの光景を思わせた。
まだあの時は前世の記憶は取り戻してはいなかったが、無意識のうちに手繰り寄せていたのではないだろうか。
たまたま俺は前世の記憶を断片的にでも思い出すことになったのだが、案外、他の人達もどこか魂の奥底に前世の記憶が眠っていて、ふと閃いたと思っている発想などは、その記憶の欠片のようなものであるのかもしれない。
この石は学校に戻ることを許されるまでの7日間に試行錯誤を繰り返して作成したものだ。
光を通した時に反射率が変わるように、中心部には遊色が煌めくように調整している。土魔法でベースとなる鉱石を砕いてミクロン単位で粒子を操作し結晶化させて幾層も幾層も重ね、結界魔法で圧をかけて一体化させた。
仕上げに土魔法と結界魔法の合わせ技でその石に美しく多面のカットを施した。
桁外れに増えた魔力のなせる技だ。
「これを…」
ジストの手を取り作成した石を手のひらに乗せる。
戸惑いで泳がせたジストの視線がその鉱石を捉えると、見入った後に呟きをこぼした。
「………綺麗だ…」
その反応にほっとして、窓辺までジストをいざなう。
「こうして……光を通してみてくれ」
石を摘んで窓から差し込む日差しに透かすようなゼスチャーをして見せると、ジストが真似てその石を摘み上げて光を通した。
すると、鉱石を通った光は虹となり、七色の輝きが室内を彩った。
「……っ!すごいっ……!………綺麗……」
ジストはその光景に驚き息を飲んだ後、見とれて感嘆のため息をこぼした。
手に持った石の角度を変えるとその都度かかった虹も形を変え、室内に煌めく。
「綺麗なものを沢山見せると約束した」
その言葉でジストがハッとしたように俺を見た。
右脚を引いて片膝をつき、自身を取り囲むように魔法陣を展開し、開始を告げる文言に魔力を込めた。
「我、ヴィルフラン・イル・モニークがジストナー・アイド・レーベンに請う」
白色の閃光が走り抜け魔法陣をなぞり終えると、全体をほの青い光が覆う。
ジストは緊張したような面持ちで俺の前に立っている。
これは騎士なら誰もが知る魔法で、形だけは必ず学校で履修するが、非常に難易度が高い。
「我はジストナー・アイド・レーベンに誠実と尊敬と愛を捧ぎ、献身を誓う」
目の前に光が灯る。自分では見えないが額にほんの1センチほどの小さな模様が浮かびあがっているはずだ。
これは高位の誓約魔法。簡単には成立しない。
誓う心に不安、不信、躊躇などの曇りが僅かでも滲めば途中で失敗してしまう。
能力的にも、誓う側、誓いを受ける側、両者共に人並み外れた高い魔力を有していることが必須条件となる。
誓う側は一片の嘘偽りのない真心を捧げる必要がある。それは同時に、誓われた側に、力ある者に心より慕われるという人間性と、高い魔力を合わせ持つという、優れた資質があることの証明となる。
その難しさ故にこの誓いを成立させられることは大変名誉なこととされている。
誓う側の額に現れる紋様は、人の指紋のように各々違い、決して同じ模様は存在しない。
誓約を受け入れる側は、その模様に触れることで、誓う者と同じ模様を、触れた箇所に刻むこととなる。
それにより誓約成立となる。
同じ模様が刻まれていることで、互い同士が誓約の相手である印となるのだ。
主従関係の場合は、主人側は大抵指先に模様を受け取る。
もしも十指全てが模様で埋められていたなら、その者の実力と人徳の高さが並大抵ではないと証明するものとなり、人々の尊敬を集めることとなる。
その印を付ける位置によっても、意味と難易度が変わってくる。指先のように身体の末端に近い場所は最も難易度が低い。手のひら、手首、腕、と末端より離れるに従って、失敗の確率が上がっていく。どこに付けるかは誓いを請われた側の選択次第であり、また誓う相手への想い入れの深さ次第でもある。その想いが選択の場所に見合わないものならば、誓約は失敗する。
最も難易度が高い場所は誓う側と同じ額だ。
誓われる側も同様に相手に嘘偽りのない真心を捧げなければならないからだ。
「我、ジストナー・アイド・レーベンはヴィルフラン・イル・モニークの誓いを受け取り、また同様に献身を誓うものとする」
その誓いの言葉が俺の全身を幸福感で満たしていく。それが最上である額を選び、同じ想いを返してくれたことを示すものであったから。
ジストが俺の顔に手を添えて長めの前髪をかき分け額の模様を露わにする。
自身の前髪も片手で搔き上げ身を屈めて額を俺の額の模様と合わせた。
触れあった途端、模様の光が力を持って広がり、二人を包み込む。
額から甘い痺れが広がりジストと繋がったことを知らせてくれる。
光が消えて誓約が成立した後も、圧倒的幸福感に満たされて、互いに身じろぎもせず、しばらく額を離すことが出来なかった。
毎日のように嘆願し、意識を取り戻してから7日後にようやく父と兄の許しが出た。
すぐにでも戻ろうとしたが、ジストもまだ実家に居ると聞きつけ、迎えに行くことにした。
馬を走らせてレーベン邸に向かう。
途中農場が広がり、農夫達が働いている姿が目に入る。幼い頃初めてレーベン邸へ向かう道中に、馬車の窓から手を振ると、農夫が笑って振り返してくれたことを懐かしく思い出す。
レーベン邸への訪問は昔のあの事故以来だ。
今回の父の対応からして、昔の事故時のレーベン家への対応も推し量られる。きっと謝罪も受け入れず、追い返していたに違いない。
ジストの御家族には良く思われていないだろうが、ジストを諦める気は無い。
早くジストに会いたい…
試合場で最後に見た泣き顔が脳裏に浮かぶ。
仕方がなかったとはいえ泣かせてしまった。今もきっと不安がらせているに違いない。一刻も早く笑顔にしてやりたい。
気がはやり、馬を駆る手も早まった。
レーベン邸に到着すると突然の訪問にも関わらず、執事のセオドアに丁重に迎えられた。少し歳をとったが落ち着いた雰囲気はあの頃と変わっていない。
馬を預けて邸内に招き入れてもらう。
「お久しゅうございます。ヴィルフラン様」
「長らく無沙汰してしまったな。不義理ですまない」
忘れてしまっていたからとはいえ、あれ程こちらから押しかけておいてパタリと訪問をやめ、連絡のひとつも入れないなど、レーベン家の者からしたら、不誠実ととられても仕方がない。その上、先ぶれもない突然の訪問だ。失礼極まりない。
「滅相もございません。この度のことも含め主人もレーベン家に仕える私共も皆心より感謝しておりますのに。留守中の主人に代わり、先ずは私から御礼申し上げます。主人も夕刻には戻る予定ですので、どうかゆっくり御滞在下さいませ」
セオドアに深々と一礼された。
追い返されても文句を言えない訪問であったのに、快く受け入れられてほっとする。
「どうぞこちらへ、御案内致します」
応接室へ向かい数歩進んだところで、ロビーの階段の上から声がかかった。
「ヴィル!」
段上の手すりから身を乗り出して俺の名を呼んだのは、会いたくてたまらなかったジストだった。
優雅さも礼も置き去りに、何段も飛ばすように階段を駆け下りて飛びついてきたのを、両腕でしっかりと抱き止める。
「無事で良かった!」
「ああ、手紙にも書いただろう?」
「ん、手紙ありがとう。でも会えるまでは心配で…」
俺の存在を確かめるように肩口に顔を埋めてグリグリと額をこすりつけてくる。愛しい。
「ジスト…会いたかった…」
「俺も…」
艶やかな金髪を数度撫でるとジストが顔を上げる。至近距離にある青い瞳を見つめていると、ジストの背後斜め方向からコホンと小さな咳払いが聞こえた。
「若様、ヴィルフラン様をお部屋に御案内されては?」
すっかり二人の世界にひたっていたが、ここはまだ人目のある玄関ホールであった。セオドアに促され、ほんのり頬を染めたジストがセオドアから俺の荷物を受け取る。
「俺の部屋へ」
二階へ上がり、初めて二人が出会ったジストの部屋へと招き入れられた。
可愛いらしい子供向けだった内装は落ち着いたものへと一変していたが、窓から見える庭の景色に変わりは無かった。
「懐かしいな…」
窓から庭を見渡すと、子供の頃に登った樹木の向こうに、虹を作った小川が見えた。
「ヴィル……もしかして思い出した?」
そういえば手紙には記憶が戻ったことを書いていなかった。
頷くと、ジストが目を伏せて長い金のまつ毛を震わせる。
「ごめん……」
何を謝る?
一歩ジストに近づくと、ジストも一歩後ろへ下がった。
「試合の前の日……昔のこと…隠そうとした…」
ジストは心許なさを紛らわせるように、右手で左の二の腕をさすりながらうつむいている。
「やっと……やっと振り向いて貰えたのに……思い出して捨てられたらって…怖くなって……。……卑怯だよな……。その上また昔と同じように傷つけて……最低だ……いくら謝っても謝まりきれない……」
ジストは悪くない。今回の事故はアグスのせいであるし、企みを知っていながら止められなかった俺のせいでもある。昔の事故は幼さ故だ。
それにジストは俺より余程苦しんだはずだ。今だけでなく昔も。
心を通わせた相手に怪我を負わせてしまい、その直後からは会うことも出来なくなった。それまでは足しげく通ってきていたというのに便りのひとつも寄越さない。謝罪の為にモニーク家を訪れても、おそらく門前払いを食らったはずだ。
嫌われて、捨てられてしまったのだ、と思わざるをえなかっただろう。
騎士養成学校で再会しても、無視はされないものの、過去の事には一切触れず、よそよそしくされて。実際には記憶を失っていただけなのだが。
挙句の果てに『関係ない』などと突き放されたと受け取られても仕方のないような事も言ってしまった。
ジストを悲しませておきながら、何もかも忘れてのうのうと暮らしていたのだと思うと、自分自身に腹が立って仕方がない。
そんな状況であるのに、ジストはずっと諦めないで心を寄せてくれていたのだ。
その健気さに感動こそ覚えても、非難する気持ちなど微塵もない。
「ジスト……」
ポケットから石をひとつ取り出した。
角を落とすように細かな多面のカットが施された5センチくらいの方体の透明な石だ。
中心には、キラキラとした粒状の遊色が浮かんでは消え、刻々と表情を変えている。その遊色は、ジストと初めて会った日に、冷やした空気中に水分を散らして見せた魔法、ダイヤモンドダストをイメージして再現させたあの光景を思わせた。
まだあの時は前世の記憶は取り戻してはいなかったが、無意識のうちに手繰り寄せていたのではないだろうか。
たまたま俺は前世の記憶を断片的にでも思い出すことになったのだが、案外、他の人達もどこか魂の奥底に前世の記憶が眠っていて、ふと閃いたと思っている発想などは、その記憶の欠片のようなものであるのかもしれない。
この石は学校に戻ることを許されるまでの7日間に試行錯誤を繰り返して作成したものだ。
光を通した時に反射率が変わるように、中心部には遊色が煌めくように調整している。土魔法でベースとなる鉱石を砕いてミクロン単位で粒子を操作し結晶化させて幾層も幾層も重ね、結界魔法で圧をかけて一体化させた。
仕上げに土魔法と結界魔法の合わせ技でその石に美しく多面のカットを施した。
桁外れに増えた魔力のなせる技だ。
「これを…」
ジストの手を取り作成した石を手のひらに乗せる。
戸惑いで泳がせたジストの視線がその鉱石を捉えると、見入った後に呟きをこぼした。
「………綺麗だ…」
その反応にほっとして、窓辺までジストをいざなう。
「こうして……光を通してみてくれ」
石を摘んで窓から差し込む日差しに透かすようなゼスチャーをして見せると、ジストが真似てその石を摘み上げて光を通した。
すると、鉱石を通った光は虹となり、七色の輝きが室内を彩った。
「……っ!すごいっ……!………綺麗……」
ジストはその光景に驚き息を飲んだ後、見とれて感嘆のため息をこぼした。
手に持った石の角度を変えるとその都度かかった虹も形を変え、室内に煌めく。
「綺麗なものを沢山見せると約束した」
その言葉でジストがハッとしたように俺を見た。
右脚を引いて片膝をつき、自身を取り囲むように魔法陣を展開し、開始を告げる文言に魔力を込めた。
「我、ヴィルフラン・イル・モニークがジストナー・アイド・レーベンに請う」
白色の閃光が走り抜け魔法陣をなぞり終えると、全体をほの青い光が覆う。
ジストは緊張したような面持ちで俺の前に立っている。
これは騎士なら誰もが知る魔法で、形だけは必ず学校で履修するが、非常に難易度が高い。
「我はジストナー・アイド・レーベンに誠実と尊敬と愛を捧ぎ、献身を誓う」
目の前に光が灯る。自分では見えないが額にほんの1センチほどの小さな模様が浮かびあがっているはずだ。
これは高位の誓約魔法。簡単には成立しない。
誓う心に不安、不信、躊躇などの曇りが僅かでも滲めば途中で失敗してしまう。
能力的にも、誓う側、誓いを受ける側、両者共に人並み外れた高い魔力を有していることが必須条件となる。
誓う側は一片の嘘偽りのない真心を捧げる必要がある。それは同時に、誓われた側に、力ある者に心より慕われるという人間性と、高い魔力を合わせ持つという、優れた資質があることの証明となる。
その難しさ故にこの誓いを成立させられることは大変名誉なこととされている。
誓う側の額に現れる紋様は、人の指紋のように各々違い、決して同じ模様は存在しない。
誓約を受け入れる側は、その模様に触れることで、誓う者と同じ模様を、触れた箇所に刻むこととなる。
それにより誓約成立となる。
同じ模様が刻まれていることで、互い同士が誓約の相手である印となるのだ。
主従関係の場合は、主人側は大抵指先に模様を受け取る。
もしも十指全てが模様で埋められていたなら、その者の実力と人徳の高さが並大抵ではないと証明するものとなり、人々の尊敬を集めることとなる。
その印を付ける位置によっても、意味と難易度が変わってくる。指先のように身体の末端に近い場所は最も難易度が低い。手のひら、手首、腕、と末端より離れるに従って、失敗の確率が上がっていく。どこに付けるかは誓いを請われた側の選択次第であり、また誓う相手への想い入れの深さ次第でもある。その想いが選択の場所に見合わないものならば、誓約は失敗する。
最も難易度が高い場所は誓う側と同じ額だ。
誓われる側も同様に相手に嘘偽りのない真心を捧げなければならないからだ。
「我、ジストナー・アイド・レーベンはヴィルフラン・イル・モニークの誓いを受け取り、また同様に献身を誓うものとする」
その誓いの言葉が俺の全身を幸福感で満たしていく。それが最上である額を選び、同じ想いを返してくれたことを示すものであったから。
ジストが俺の顔に手を添えて長めの前髪をかき分け額の模様を露わにする。
自身の前髪も片手で搔き上げ身を屈めて額を俺の額の模様と合わせた。
触れあった途端、模様の光が力を持って広がり、二人を包み込む。
額から甘い痺れが広がりジストと繋がったことを知らせてくれる。
光が消えて誓約が成立した後も、圧倒的幸福感に満たされて、互いに身じろぎもせず、しばらく額を離すことが出来なかった。
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