乙女ゲームに転移したけど無理ゲー過ぎて笑える(仮)

鍋底の米

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スマホが欲しい…

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 公爵家に向かう途中に泊まった高級宿よりもずっと厚みも弾力も高いベッドにボフンと体を横たえる。

 おれとファリは、当面公爵家のお世話になることになり、それぞれひと部屋ずつ客室を貸し与えられた。

「はぁ~~」

 ベッドに寝転がると、途端に疲れを意識してしまい、ため息がこぼれた。

 元々情報収集の為に公爵家に来たものの、想像した以上の情報がもたらされ、消化しきれずにいる。

 ローゼさんが『悪役令嬢』かもしれないと、当たりをつけてはいたけれど、まさか、元『転移者』であり『転生者』でもあるとは思っても見なかったし、ましてや『次代の女神』として選ばれていただなんて…。

 ゲームクリア後、『聖女』として選ばれたローゼさんは、『次代の女神』となることも受け入れて、必要な力を受け取る為に、とある場所へ向かったのだけれど、その途中、不慮の事故で命を落としてしまったのだ。

 こうして千年ぶりに現れた『聖女』も、『次代の女神』も、民に知られないままこの世界から消えてしまった。
 女神が『聖女』であった時代とは違い、世は平穏であり、女神自身が密かに育てあげた『聖女』であったから。

 責任を感じた女神は、ローゼさんの望み通り前世の記憶を残したままこの世界に転生させた。

 この世界で亡くなった者は、この世界の一部となる。
 もう異世界の者では無くなったので女神となる道は断たれ、元の世界に帰すことも出来なくなった。
 せめて少しでも希望に沿った転生をと女神は力を尽くしたのだ。

 ローゼさんは、当然無念な思いはあったものの、女神の招きに応じたのも、聖女も、次代の女神も、自分で選び、進んできた道であったのだからと、その責任を女神に転化して恨むことはなかった。

 けれど、女神は違った。

 自分のわがままのせいでローゼさんを死なせてしまったのだと、罪悪感に苛まれ続け、とうとう神気を失ってしまったのだ。

 ローゼさんは、神と人との時の流れが違うという作用によるものか、没後20年ほど経った時代に転生を果たした。
 
 転生後はのんびりとこの世界を楽しもうと思っていたけれど、そんな場合では無くなってしまった。
 みるみるうちに世は乱れ、崩壊へと突き進んでいて、それは、女神の不在を語るものでもあった。


 コンコン、と隣の客室に続いている間仕切り扉がノックされ、記憶をなぞるのを止める。

 ファリだ。

 ローゼさんが準備してくれた客室は、コネクティングルームとなっていて、隣のファリの部屋と往き来出来るようになっていた。

 体を起こして返事をすると、ファリが入ってきて、おれの側に近づいてくる。

 ファリが隣に来やすいようにと、奥へずれたけれど、ベッドに上がったファリにそっと掬い上げられ、ひょいと膝の上に乗せられた。

 いつものように抱きしめられて、労わるように頭を撫でられる。

 ローゼさん達との会話中に、疲れのせいか、少しぼんやりしてしまったらしく、大したことないのにファリやローゼさん達に心配をかけてしまったようで、なんだか申し訳ない…。

「一気に色んな話を聞いて、ちょっと疲れちゃったみたいだけど、それ程でもないから大丈夫だよ」

 そう言うと、ギュッと抱きしめられて、髪に鼻先が埋められたのを感じる。
 ひと呼吸ついたファリは、ただぽつりと肯定の言葉を呟いた。

「…そうか」

 おれの言葉を否定はしないけれど、肩や背中を撫でる手にはやはり労わりがこもっている。

 その手の優しさを心地良く受け止めながら、また記憶をなぞり始める。


 多くの情報を手に入れたけれど、肝心のクエスト失敗による死の回避方法は分からないままだった。

 ローゼさん達の時にペナルティーが無かったからといって、今回もそうかもしれないと、試してみるわけにもいかないし。

 ゲームのクリア条件も分からないままだ。
 ローゼさんの時は、称号が『聖女』にクラスアップしたタイミングでエンディングが流れたというのだけど、おれの称号は最初から『聖女』なわけで…。

 結局今の状況を打開する為の決定打となる情報は得られなかったのだ。

「明日さ、ローゼさんに聞いて場所を借りられたらレベル上げをしようと思うんだけど、また剣術を教えてくれる?」

 とりあえず今まで通り、レベルを上げておいてクエストをクリアしやすいようにしておく。それぐらいはやっておきたい。

「…ああ、もちろんだ」

 …………。

 あれ? さっきから言葉が少ないし、少し声も…暗…い?

 ファリの顔をチラリと見上げ、目が合うと微笑んでくれる。
 けど…

「ファリ大丈夫? なんだか元気ない?」

 片手を伸ばしてファリの頬に触れる。

「大丈夫だ」

「ホントに?」

「ああ」

 体を起こして膝立ちし、ファリと向き合う。
 その様子を見ているファリの頬を、両手でそっと挟んでじっと見つめる。
 心配させまいと、何でもない表情を装ってはいるけれど…

「ブブー、アウトです」

「えっ?」

 あ、ブザー音なんて、この世界には無いか。
 ファリが戸惑っている。

「恋人専用スキル『鑑定』を使用した結果、おれのファリに元気がありません。よって、恋人専用回復魔法を使います」

 顔を寄せて、額にチュッと軽くキスをする。

「どうかな? 効いた?」

 ファリの顔を覗き込むと、目を瞬かせた後、「効いた」と言って笑ってくれた。
 その笑顔は自然にこぼれたもので、ホッとする。

「毛繕い、次はおれの番ね」

 ファリの頭を抱き寄せて耳や頭をゆっくりと撫でる。

 さっきファリがくれた優しい手と同じように、おれの手がファリを癒せているといいな。

「…ファリ、無理して平気なふりしなくていいんだよ。不安があったり辛いことがあったら隠さないで話して欲しいんだ」

 少し体を離してファリの目を覗き込む。

「せっかくこうやって毎晩毛繕いできるんだから、気持ちも一緒に触れ合いたいな」

 ファリの瞳が揺れる。

「…わたしは…本当に駄目だな…。支えたいと思っているのに、道を示してやれないどころか、反対に心配までさせている…。不甲斐ない…」

 そう言って視線を落とす。

 きっと、おれよりファリの方が不安なはずだ。おれが逆の立場で、ファリを失うかもしれない状況で、手立ても見つかっていないなら、今よりもっと怖くて不安な気持ちで一杯だった筈だ。

 その上ファリは、誰にも認められず『価値が無い』と言われ続け、自分に自信が持てないままでいる。
 そんな環境で育ったのにも関わらず、恨みや悪い心に染まることなく自分を律し、優しく思いやり深くいられるその強さが、どんなに価値のあるものかをファリは分かっていないのだ。

「ファリ、おれを見て」

 そう言って視線を上げてもらうよう促す。

「おれ今、泣いてる? おびえているように見える?」

 穏やかな声で聞いて、にこっと笑う。
 ファリは、おれの心を見落とすまいとするような視線を向けた後、静かに首を横に振る。

「…いや、そうは見えない…」

「うん。それはね、ファリが側に居て支えてくれているからなんだよ。ファリの誠実さが、強さが、おれに安心を与えてくれて、勇気が湧いて、ふたりならきっと乗り越えられるから頑張ろーって思えるんだ。じゃなきゃ今ごろ震えて泣いているところだよ」

 ファリが側に居てくれるから、おれを大切に思ってくれるから、怖さが薄れて前向きな気持ちで居られる。

「それにね、ファリがおれを心配してくれるのも、おれがファリを心配するのも当たり前だ。だっておれ達…その……生涯の伴侶…だろ? 問題の解決策を探したりとか、楽しみを探したりとか、そういうの、ふたりで話し合って一緒にやっていきたい。おれの方が問題だらけだから大変だとは思うけど…ファリ、一緒に立ち向かってくれる?」

 ファリの唇がキュッとひき結ばれ、両耳は後ろにピンと伸びて倒されている。
 伸ばされた両腕が巻き付き、肩口にファリの顔が埋められたので抱きしめ返す。

「勿論だ…」

 肩の力を抜くように、ふっと息を吐いたファリがくぐもった声で呟く。

「わたしも…そうありたい」

 顔を上げたファリに見つめられる。

「どうか…カズアキと共に歩める幸運をわたしに与え続けていて欲しい。生涯ずっと…」

「うん、ずーっと、ずーっと、一緒に居よう。おれの方こそ、不束者ですがよろしくお願いします」

「…フツツ…カモ?」

「ははっ、不束者。至らない者ですが…って感じの意味。けど、必ずしも言葉通りってワケでもなくて、おれの育った国…日本では、相手を立てる為に自分を控えめに言う文化があるんだ。で、こうやって……」

 ファリの上から移動して、正座をして三つ指をつく。

「結婚相手や、相手の御家族に『不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いします』って挨拶するんだ」

 ……って、あれ?
 これって、今でもやってんのかな? 時代劇でだけ?
 お嫁さん側の挨拶だっけ?

 やった後にいくつも疑問が浮かんで来てちょっと首を傾げているうちに、ファリがおれの向かいで正座をして三つ指をついていた。

「フツツカモノではございますが、どうぞよろしくお願いします」

 ファリは大きな体を丸めて三つ指をついたまま、『合っているか?』みたいな表情でおれの様子を伺っている。

 はぅぅうっ。
 おれのファリが可愛いーよーっ!

 スマホ!なんでここにスマホが無いんだっ?!
 写真っ!いやっ、ムービー撮りたいっ!

 はっ、そうだっ、返事っ返事しないとっ。

「はいっ!こちらこそっ、よろしくお願いしますっ」

 つい全力で心からお願いしてしまった…。
 可愛いすぎて、好きすぎて、ずーーっと見ていたくはあるけれど…

「ファリ、正座は慣れていないと、足が痺れちゃうから、もう足崩して」

「これはセイザというのだな」

「うん、かしこまった場とかでの座り方だよ。…足、大丈夫? 痛くない?」

「大丈夫だ」

 少し重かった気持ちは晴れて、おれも、ファリも、心からの笑顔を浮かべて見つめ合った。
 こうやって毎日をふたりで過ごしていければいいなと思いながら幸せな気持ちで眠りについた。
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