乙女ゲームに転移したけど無理ゲー過ぎて笑える(仮)

鍋底の米

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ファリの気持ち

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 昼に休憩した村からひたすら馬車に揺られて、本日の宿泊地であるザンダレーの街にようやく到着した。

 陽が落ちるのと到着した時間が同じくらいで、今日1日で8時間前後は馬車に揺られていたのではないだろうか?

 座っているだけとはいえ、流石に疲れてしまった。

 というか、座っているだけだから、余計に疲れるんだろうなぁ。
 午後からは、グレインが居たから、気は紛れたけれど。

 夕食も風呂も終えて、今はおれのベッドに横たわって眠っている緋色の髪の少年を見つめる。

 馬車の中でも眠っていたので、夜はなかなか眠れないかな?と心配していたが、お腹いっぱい食べて、お風呂に入ったら、しっかり眠気が訪れたみたいだ。

 グレインが、ギルオレさん達よりも何故かおれに懐いてくれたので、今晩はおれとファリの部屋で過ごすことになった。

 ギルオレさんはゆっくり休めないのではないかと気を使って申し訳ながっていたけれども。

 おれとしては、眠っている間だけとは言え、子供に懐かれて、くすぐったくも嬉しい気持ちなので、気にしなくてもいいんだけどね。

 まぁ、懐いてくれたとは言っても、ギルオレさん達よりは、って感じで、まだまだ警戒心は丸出しではあるのだけれど。

 今日は一緒に風呂に入って洗ってあげようと思っていたけれど、残念ながら、頑なに断られてしまった。

 まぁ、そりゃそうか。
 よく知らない人と一緒に風呂に入るのは怖いよな。
 裸という無防備な状態になるワケだし。

 日本人みたいに銭湯や温泉で知らない人達と一緒にお湯につかるという習慣がこちらにはないのかもしれないし、警戒されても仕方がない。

 ギルオレさんの話では、グレインは、原因となる傷痕などは見当たらないが、右腕が動かせず、右目も見えていないらしい。

 慣れない馬車や宿などで怯えさせたり怪我などさせたりしないように気を配っておいて欲しいと頼まれていた。

 風呂にも慣れてはいないだろうし、ひとりで入れるのは心配なので、身嗜みの魔法をかけるだけにしようかと思っていたけれど、グレインが入りたいと希望した。

 ひとりでゆっくり出来る時間が欲しかったのかもしれない。

 何かあればすぐに駆けつけられるようにと、浴室の外で待機していたけれど、転んだりすることもなく無事に上がって来てくれてホッとした。


 ベッドの上の寝顔を見ると、さっきまでの警戒はどこへやら、気持ち良さそうな、あどけない寝顔を見せている。

 そっと掛け布団をめくって、治りますように、と願いを込めて、右腕と右目にそれぞれヒールをかけてみた。

 けれど、ファリにヒールをかけた時に感じた手応えのような物が一切感じられない。

 グレインはぐっすりと眠っているので、今は確認できないけれど、多分治ってはいない。

 何というか…風船を膨らませようとしたけれど、風船の底に大きな穴が空いていて、吹き込んだ息がダイレクトに外に抜けてしまっている感じというか…。

 ステータス画面を確認してみたら、使ったヒールの分は魔力が消費されていた。
 ヒール自体、成立してはいたが、効果を発揮することなく、霧散してしまっている。

 …怪我が原因でないから、効かないのかな?
 おれのしょぼいヒールじゃ何でも治せるワケじゃないってことか。

 ごめんな、力になれなくて。

 心の中で謝りながら、布団をきちんと掛け直す。

 


「…眠ったみたいだな」

 後ろからひそめた声がして、振り返ると、風呂から上がってきたファリが、歩いて来ながら子供の様子を見ていた。

「うん、よく寝てるみたい」

 ファリが自分のベッドに腰かけるのを見て、おれもファリのベッドに近づく。

「こっち入っていい?」

「ああ」

 ファリが頷いてくれたので、ベッドに上がって、足を伸ばして膝を叩く。

「ファリここ、頭乗せて寝転んで」

「えっ…?」

 きょとんとするファリをもう一度促す。

「毎日毛繕いするって言ったろ? だから、ほら、こっち来て」

 ファリは、目を見開いた後、ポンポンと膝を叩くおれに促されて、おずおずと頭を膝に乗せて横たわる。

「……重くはないか?」

「全然重くないよ」

 言いながらファリの耳や頭を撫でたり、長い髪に指を通したりする。

 洗面所に備えつけてあったドライヤーのような魔道具で、洗った髪は乾かされていたが、毛先の方など、少しだが、まだしっとりと湿り気を帯びた所も残っていた。

 そういう所は、おれの指が通るたびに、だんだんと湿り気が取れて綺麗に乾いていった。

 ファリの髪は指通り良く、絡まってもいないので、整えるという意味での毛繕いは不要そうだ。けれど、獣人達の毛繕いは、ただ毛を美しく整えるという意味合いのものではないと、ファリの言葉から知った。

 親愛の情を確かめ合う行為でもあるので、触れ合うことが大切なのだ。

 まだ慣れないからか、最初はファリの体には少し力が入っていたけれど、だんだんと力が抜けていき、今はリラックスした様子を見せてくれている。

 気持ち良さそうな吐息をこぼし、スリと頬を膝に擦り付けて甘えるような仕草も見せた。

 髪が目元を隠していたが、のぞいている口元は笑っていて、照れているのか、少し頬が赤い。

 うっ、可愛いっ!

 胸をキュンキュンさせながら、髪や耳を撫で続ける。

 より気持ち良くなって欲しくて、どこをどう撫でれば良いか、色々な撫で方を試みながら、注意深く観察する。

 たくさん気持ち良くなって貰って、毎日楽しみにしていて欲しい。
 おれとの毛繕いの時間を好きになって貰いたい。


「…そういえば…」

 声のボリュームを押さえながら、言葉でもコミュニケーションをはかる。

「ファリって、馬車は苦手?」

 今日はファリの声すらあまり聞けていなくて、物足りなく感じていた。
 もう二人きりでないのだから、仕方のないことだけれど、森の中では、生き抜く為に必要なことから、たわいもない話まで、二人寄り添い、毎日たくさん話していたのに。

「馬車の中で、ここ、シワ寄ってたからさ」

 額に流れ落ちている髪を掻き上げ、ファリの眉間をつまんで、マッサージをするように指先を動かす。

「…苦手…ではない」

「あれ? そうなんだ? じゃあ、具合が悪かったとか? 大丈夫?」

「…いや…そうではなく…」

 少し言い淀んだ後、ファリが気まずそうに続ける。

「……自分の身勝手さに…辟易…していたのだ…」

「えっ? ファリが身勝手とか考えられないんだけど?」

 ファリは、いつも自分よりおれのことを優先して考えてくれる。
 そんなファリと身勝手という言葉は全く結びつかない。

「どうして、そんな風に思ったの?」

 ファリが目を伏せる。

「わたしでは…駄目だと解っているのに…カズアキの為には必要なことであるのに……嫌だと思ってしまった…」

「嫌って何が?」

「…カズアキが…他の者に触れられているのが……嫌だった…」

 えっ? …あっ…

 そういえば、ファリが不機嫌そうな表情を見せていた時、馬車が揺れてギルオレさんに支えられたりしていた…か。

 えっ? えっ? それってもしかして嫉妬…?

 ファリにとったらおれは、今は、だけど、唯一、毛繕いしあえる相手だ。嫉妬してくれているんだったら、むしろ、おれは嬉しいんだけれど。

 てゆーか、なんでそれが身勝手に繋がるんだ?
 ファリでは駄目って何が?

 いくつも疑問が浮かんでくる。

「えっと…おれも、ファリが他の人にベタベタ触られたりしてたら、嫌だって思っちゃうよ。こうして毛繕いする相手がおれの他にも出来るのは、ファリにとって良いことだって分かってるけど、やっぱり嫌だなって思ってしまうだろうし……他に相手ができたとしても、一番はおれでありたいなって思ってしまう…かな…」

 今朝、馬車に乗る前に、帯剣しているファリの姿を見たレスニースさんが、「獣人が剣を使うのは珍しいな」と言ったのに対し、ファリは偽わることなく自分が獣化出来ないことを伝えていた。

 その事で相手に散々嫌な思いをさせられていたにも関わらず、ファリは自分を飾ったり偽ったりはしない。

 ファリのことだから、嘘をつくことで、一緒に行動するおれ達を、危険に晒すことがないようにとの配慮もあったに違いない。
 無い力を有るものと見積もっていると、咄嗟の判断を誤り、命を取りこぼすこともあるだろうから。

 他の人の為に、愚直なまでに誠実であろうとする、その優しさと強さが眩しい。

 レスニースさんも、ファリが獣化出来ないことを貶めるようなことはせず、誘拐犯と戦った際のファリの腕前に対し、信頼を寄せる言葉を返していた。

 たくさんの人と出会ううちに、レスニースさんのように、ファリを認めてくれる人は増えてくるだろう。

 それはファリにとって、とても良いことで、ファリが自分自身に胸を張って生きていけるようになる助けとなるに違いない。

 こうやって考えると…おれの方がかなり自分勝手な気がするよな…

 それでも、好きな人の一番になりたいって思ってしまうのが、未熟で複雑なDK心…なんだよなぁ…

「その…おれの方が身勝手だよな、ごめん」

「…カズアキとわたしとでは立場も状況も違う」

 ファリがギュッとシーツを握りしめる。

「カズアキはクエストをクリアせねばならない。次のクエストは攻略対象とのデートだ。わたしは、ギルオレ殿と親密になるのを助けねばならない立場であるのに…」

 ほら、やっぱり。
 ファリはおれの為を思って、自分を抑えてくれようとしていた。身勝手なんて、とんでもない。

「そんなの全然身勝手なんかじゃないよ。ファリはもっとワガママを言っていいくらいだよ」

「…我儘…を?」

 ファリは体を起こして、おれの顔を見つめる。

「うんうん、ワガママ言って、甘えて、頼って欲しい。そりゃ、全部は叶えてあげられないかもしれないけれど、ファリの望みがわからないと、叶えてあげられるはずのことも、叶えてあげられないから。我慢せずに、教えてくれたら、おれも嬉しい」

 薄く唇を開いたまま、ファリが固まっている。

 ワガママを言うなんて、考えたことも無いんだろうなぁ。


「ほらほら、何でもいいから、言ってみて」

 促してみても、固まったままだ。
 今は、頭の中が真っ白になっているのかもしれない。

 何でもいいと言われても、かえって答えが見つからないかな?

「ワガママって言うか、ちょっとした希望でもいいし? うーん、そうだなー? 例えばー、毛繕いの回数をもっと増やして欲しい、とかー。尻尾をフワフワにしたいから、ファリが気持ち良いって思えるブラシを二人で選んで買いたいなぁー、とかー…って、コレはおれの望みだな」

 言ってから、あはは、と笑って頭を掻く。

 固まったまま、じっとこちらを見つめ続けているファリの、赤と金が混じり合う美しい瞳を見つめ返して、ニコリと微笑む。

 ふっと息をついたファリも微笑んで、小さな声で呟く。

「……どちらも……いいな…」

「じゃあ、どっちもやろう。…でも、これはおれの望みだから、ファリも何か望みを教えて?」

「…わたしは…」



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