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ファリとふたりで

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「それでは、またの御来店をお待ちしております」 

 店の出入口まで店主に見送られ、店を出た。おれとファリの後ろには、店主の付けた護衛と言う名の見張りが付いてきている。

 マップを展開してみると、彼の他には誰も付いて来ていない。
 癒しの水は別の意味でもかなりの効果があったということだろう。見張りを付けたのも、念の為であり、これ以上の不信を見せて不興を買い、大金を生みそうな上客を失っては元も子もないと判断したのだ。

 後ろを歩く男をさり気なく観察すると、それ程大柄ではないが、荒事に慣れていそうな雰囲気がある。店で起こったトラブルに対応する為に雇われているのだろう。

 奴隷商店のあった通りを離れ、マップを展開させて人の流れを確認しながら、人通りの無い狭い裏路地へと足を踏み入れる。

「おい…」

 裏路地の角を曲がり、更に奥へと向かったところで、いくらお忍びで来ているとはいえ、こんな所を通るのは流石におかしいと感じただろう見張りが声を掛けてくる。

 そこは狭い路地裏の袋小路。おれの左右、背後には、高い壁がそそり立ち、前には見張りの男が立ち、逃げ場のないような形になっている。

「道を間違えてしまったようですね」

 にっこりと笑って男の脇をすり抜けようとした時、二の腕を掴まれ、引き止められる。

「どういうつもりだ?」

「こういうつもりかな?」

 答えながら、袋小路の奥の壁あたりにアイテムボックスから焚き木を一本落としてカランと大きな音を響かせた。

 男が振り返った瞬間、掴まれた腕と反対の手に、焚き木をもう一本出現させ、それを剣がわりに握って男に打ち下ろす。掴まれていた腕が放され男がよろめいたところで、駄目押しにもう一撃加え、袋小路の奥の方へと蹴り飛ばした。

 男は気を失って倒れている。

 すぐに気付いて後を追われたり、店に報告に行かれても困るので、気付いた後にも男がなかなか出て来られないように、焚き木を高く積み上げて狭隘な袋小路を塞いだ。

 やった!

 極度の緊張の中、やり切った安堵感に、膝の力が抜けて座り込んでしまいそうになるが、気力を振り絞って足を踏ん張る。

 やっとファリを自由にできる…

 側に居るファリに向き直り、集中して首輪に解除の魔法をかける。

 魔法が成功し、隷属の効力を消し去ると、外れた首輪が首元でズレた。
 それに手をかけ首から外して、ファリの目を下から覗き込む。
 
「ファリ、大丈夫か? 状況わかる?」

 ファリは数度目を瞬かせてから、ハッとしたように体を跳ねさせておれを背に庇い、周囲を警戒する。

「大丈夫、今は周りに誰も居ないよ。その焚き木の向こうに男がひとり、気を失って倒れているだけだ」

 マップを展開させて確認しているので間違いない。

 ファリも己の感覚から、身近に危険は無いと確認してから警戒を解く。

 振り返っておれを見つめる瞳は、隷属させられていた時のあの虚ろなものでは無い。
 赤と金の混じり合う朝焼けのような瞳は、鮮やかにファリの心を映している。

「カズアキ、怪我は無いか? あの男は…いや…、ここは、どこだ?」

 おれの体に触れて負傷していないかを確認しながら、この場所についての疑問を投げかける。

 久し振りに触れたファリの体温と優しさに、胸にじんわりと温かいものが広がる。

「おれは大丈夫、怪我していないよ。ファリこそ怪我は無い?」

「ああ、問題無い」

 怪我は無くとも、疲労は溜まっているだろうと、癒しの水を取り出して、飲んでもらう。

「ここは、カイヤギの街の裏路地だよ。ファリ、もしかして、森を出てあの男に捕まってから、意識無かった?」

 頷いたファリに、少しホッとする。
 あんな嫌な奴らに隷属させられていた時の事なんて、覚えていない方が良いに決まっている。
 無理矢理床に両膝をつかされていた姿を思い出して不快感に眉根を寄せた。

 記憶が無いということは、ファリは、おれとは違って、精神も隷属させられていたという事か?

 おれ達を攫った男の、この首輪の効果への信頼からして、ステータス画面的に表現すれば、『隷属(精神・肉体)』となるのが本来の効果なのかもしれない。
 おれは『聖女』か『女神(代理補佐)の加護』あたりの影響で、効果が半減していた可能性がある。

 何にせよ、こうして二人して自由を取り戻せて本当に良かった。

 焚き木の向こう側に転がっている男の方向を立てた親指で示しながら提案する。

「あそこの男が、意識を取り戻したら危険だ。詳しい話はここを離れてからにしよう」

 おれ達の話を聞かれるのもマズい。

 いくつか通りを移動して人が居ないのを確かめてから、これまでの経緯を説明した。



「守るつもりが助けられたな…。有り難う」

 礼を言うファリに、おれは首を横に降る。

「ううん。おれが油断したせいでファリを危ない目に遭わせてしまって…。ごめんなさい…」

 肩を落として謝るおれを慰めるように、ファリが優しく手を掛けてくれる。

「カズアキのせいではない」

 顔を上げるとおれを見つめるファリと目が合う。

「…もっと早くわたしが異常に気付くべきだったのだ」

 ファリはおれを責めないどころか、自分に責があると言う。
 対獣人を念頭に置き、予め仕掛けられていた罠だ。ターゲットがおれ達でも無かった罠に早々に気付くなんて至難の技だ。

「ファリのせいじゃない! ファリはちゃんと異常に気付いていたし、もっと早くなんて気付きようがないよ。たまたまおれ達と同じ組み合わせの人が狙われてるなんて想像もしていなかったんだし…。悪いのはおれだっ」

「…では…お互い様ということ…だな」

 ファリがフッと微笑みながら、何時ぞやかにおれがファリに言った言葉を返す。
 それに気付いて、思わず肩の力が抜けた。

 些細なおれとのやり取りを覚えてくれているのが嬉しい。
 自然におれの口角も上がる。

「うん、後悔ばかりしていても仕方がないな」

 よし、前を向いて、やるべきことをやろう!

 本当ならこのまま王都へ向かう算段を立てる所なんだけど…

 隷属の首輪の非人道さと獣人の扱いを見てしまい、気になってしまっていることがある。

 今、あの人攫いの男が捕獲に向かっている二人のことだ。

 この二人は獣人を蔑んでいるのを当たり前とするこの国の、そんな常識を跳ね除けている人達だ。

 貴族階級でのそのような行動はきっと、より目立つもののはず。
 それが誘拐のターゲットとなった理由のひとつでもあるのではないだろうか?

 そんなリスクを負ってまで、獣人の従者を側に置いているのだ。
 その貴族の子息と従者の獣人は、互いに尊重し合う間柄であるに違いない。

 どうしても、おれとファリの姿に重ねてしまう。

 おれにとって大切なファリが、今も尚、奴隷商に捕まっていて助ける術もない状態であると考えたら、怒りと不安と悲しみで居ても立っても居られない。

 おれはたまたま称号か加護の力が働いて、隷属の効力が半減したおかげで逃げられたけれど、普通ならあの首輪を付けられた時点で詰んでいる。

 異世界人でない彼らが人攫い達の罠に掛かってしまったら、逃げ出す術など無いのでは?
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