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奪われた自由

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 気づいたら見知らぬ部屋の床に転がっていた。

 生活の気配を感じさせない簡素で古い部屋だ。埃っぽい部屋の中央には、小さな木製のテーブルと、テーブルを挟み二脚の椅子があるばかりだ。
 そのうちの一脚に腰掛けている男が目覚めたおれに気づいて命じる。

「目が覚めたか。黙って動かずそこに立っていろ」

 全身に巻きついていた蔦は無くなり、手足も拘束されてはいなかったが、体は思い通りに動かせず、おれを攫った男の命令に従って勝手に動いていた。

 立ち上がったおれは、男の指した場所まで移動して立ち止まった。男が座っている椅子の斜め後ろの位置だ。


 ファリはどこだ?

 ファリを探したいが、首を廻らせることすら思い通りには出来ない。

 これではこの男の操り人形だ。

 どうにかしようと抗ってみるが、金縛りにあっているかのように、自分の意思で体が動かせない。何か強力な力に阻まれているのを感じる。

 首元に感じる違和感…


 隷属の首輪…

 ファリが捕まった時に、目の前の男が言っていた。
 ファリとおれの首に嵌められた首輪。これが原因で自分の意思で動けなくなっているのだろう。

 ファリも同じように自分の意思で動けなくなっているに違いない。
 この男はファリを獣扱いしていた。
 酷い目にあわされていないか心配で気持ちが焦る。

 ファリ…

 あの時、ファリはいち早く異常に気付いて警戒してくれていたのに…
 相手が老人だからとおれが油断しなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 おれを庇ってくれていた背中を思い、胸が苦しくなる。


 駄目だ。
 タラレバの話で後悔ばかりしていては、ファリを探し出すことは出来ない。

 現状をよく見ろ。

 なんとかして自由を取り戻さねばならないのだから。


 部屋の扉がノックされ、部下と思われる男が扉を開けて、焦げ茶色の目と髪をした中肉中背の男を部屋の中へ招き入れた後、閉めた扉の前に立ち、待機した。

 招かれた男は、部屋の中を確認するようにぐるりと見渡した後、気怠そうに椅子に腰掛けている男の向かいの椅子に座る。

「捕獲対象はどこだ?」

「そこに居るでしょう」

 おれを攫った男が、クイと顎を上げて立っているおれを示す。

「……そいつは違う」

「なに? 依頼通り、『レニンの森入口周辺に現れる、獣人の従者を連れた貴族の子息』を捕獲してきましたが?」

「違うものは違う。契約不履行だ」

 この茶髪の男が依頼人で、おれ達を捉えた男は、その手の仕事を請け負う人間だということか。

「状況情報のみでの急な依頼。こちらも元手をかけている。きっちりと報酬は払ってもらいますよ」

「応じられない。条件を満たしていない。そいつは本当に貴族の子息か? この国では見たことがないぞ。目立つ見た目だ。居れば分かる」

「獣人を奴隷としてではなく、従者としている貴族などそうは居ないでしょう。それに平民がこんな仕立ての良い服など……」

 男は言葉を途切らせ、おれの方を振り返る。

「おい、お前は囮か? 答えなさい」

「違う」

 答える気はないのに、勝手に口から言葉がこぼれる。

「貴族の子息か?」

「違う」

 男がダルそうに溜息をつく。

「……なんてことだ。実に面倒くさい。もう一度捕獲に向かわねばならないようですね。…刻限は明日、日が落ちる迄、でしたか」

「……今回は特別だ。刻限までは待とう」

 依頼人の男が立ち上がる。

「だが、次はない。必ず捕まえて来い」

 依頼人が部屋を出て行き扉が閉まると、目の前の男は、椅子に座ったまま、背を反らすようにしておれを見る。

「間違われて捕まるとは、お前も相当不運ですね…」

 同情のような言葉だが、全く心のこもっていない淡々とした口調だ。

「獣はね。凶暴で厄介。確実に捕獲する為に、高~~い薬を使ったのですよ…。その首輪だって安くはない…」

 男は、立ち上がり、おれの顎を人差し指で持ち上げて、品定めするように顔を覗き込む。

「…ふむ。確かに目立つ見た目…か…。混じり無い漆黒の髪と目は人族では珍しい。…純朴な美少年を汚して嬲るのが趣味という金持ちは、一定数いる。…高値がつくかもしれません…」

 顎から外した人差し指の爪と、親指の腹とを擦り合わせ、おれの額を指先で弾いた。

「お前も売って資金回収で決定」

 言葉を吐き捨て、さっと立ち上がり、扉の外に向かう。

「今から本物を捕獲しに行く。戻るまでそこに突っ立っていなさい」

 命令を残し、男は待機していた部下を従え、部屋の外へと出て行った。


 おれは一人きりで部屋に残された。

 男には、この隷属の首輪がある限り、決して命令には背けないという絶対の自信があるようだ。
 実際今、指先ひとつ自分の意思では動かせない。呼吸や瞬きなどの生命維持活動すら、首輪の管理下で機械的に行わされている。

 逃げ出すなら今がチャンスのはずなのに。

 体が動かせなくても魔法なら使えないだろうか?

 捕らわれた時は、全身を拘束していた蔦が魔力を吸い取っていたせいで、魔法が使えなくなっていた。
 その蔦は今は無くなっている。


 試しに水魔法を放ってみた。

 しかし、魔法は発動しない。

 魔法が形になる前に首の辺りで打ち消されている感覚がある。

 蔦の代わりに今度は首輪が邪魔をしているようだ。


 うん、そんな気はしていたけれど…

 魔法が使えるのなら、この首輪の拘束力に、あの男も絶対の自信を持って、この場におれをひとりで放置することも無かっただろう。
 

 魔法はダメ…
 なら、ゲーム画面はどうだろう?

 この世界には本来存在しないはずの物だ。首輪を作った者にとっても想定外の物のはず。


 いつものようにマップ画面が開くように念じてみると、思惑通りマップは無事に起動した。

 ひとつでも思い通りになることがあって少しホッとする。


 ここは…カイヤギという名前の町中のようだ。

 マップの現在地に記された名前を確認する。
 通ってきたルートが伸びてマッピングされているが、距離が離れている為、レニンの森は既に画面から切れている。
 意識を失っていたので、どれ程の距離を進んできたのか、襲われてからどれくらいの時が経っているのかもわからない。


 少し焦りを覚えてクエスト画面を確認してみる。


『人間と戦ってみよう』
 クエスト達成条件:人間と戦闘をする
 達成期限:前クエスト達成後8日以内
 達成可能レベル :12


 クエストがクリアになっていない…

 襲われただけで、反撃も出来ずに捕まったから、戦闘をした扱いにはなっていなかったってことか…

 踏んだり蹴ったりだ。


 達成期限は前クエスト達成後8日以内。
 捕まった時点では残り日数は7日だった。
 辛うじて分かる確実な情報といえば、おれが生きていることからして、捕まってから1週間は経過していない、ということくらいだ。

 そしてこのまま首輪に囚われていたら、おれは売られて、1週間後には命も失うことになるだろう。
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