乙女ゲームに転移したけど無理ゲー過ぎて笑える(仮)

鍋底の米

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ガチ訓練

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 レベルを上げるにあたって、ファリに戦闘経験を問われたが、そんなものは無い。
 強いて言うなら最初のクエストでスライムを倒したのが唯一の戦闘経験だ。
 もちろん剣なんて握ったこともない。

 それを伝えると、ファリは眉間に皺を寄せて難しい顔をした。

 戦闘能力は長い時間をかけて鍛錬を積んで培うもので、一朝一夕で身につくものではないことくらい、おれでも分かる。
 剣の握り方さえ知らないど素人を鍛えるなんて時間も労力も掛かるだろう。
 なのに、おれは鍛えてくれと頼んでいる。素人が簡単に考えていると受け取られていることだろう。
 ファリがそんな顔をするのも当然だ。

「……よく無事でいてくれた…」

 へっ?

 思ってもみなかったファリの言葉にキョトンとしてしまう。

「スライムは他の魔物と比較すれば脅威は低い方だが、戦闘経験のない者の命など簡単に奪える魔物だ」

 ファリが顔をしかめたのは、おれを鍛えるのが大変だからでも、素人考えに呆れているせいでもなく、命を落としていたかもしれないおれを思ってのことだったようだ。

「敵わない魔物との戦闘は可能な限り避けるように。逃げるのは恥ではない。命があれば、一度引いてもいずれ勝利する機会を得る可能性がある。死ねばそこで終わりだ」

 うん…おれもそう思う。
 むしろ戦わなくて済むのなら、あんな怖い思いをしてまで勝ちたいとも思わない。

 スライムとの戦闘を思い出して身震いする。

 だけど、おれは戦わなくても死んでしまうから…

 この先のクエストに討伐系があり、スライムよりも強い魔物を討伐対象に設定されたら、今のままでは生き残れない。
 俯いていると、ファリがおれの肩を軽くポンと叩いた。

「わたしが付いている時なら心配ない。カズアキは身を守る術を手に入れたいのだろう? わたしと共に少しずつ身につけていこう」

 顔を上げると、力付けるようなファリの視線が向けられていた。

 うう、ファリってやっぱり優しいし頼り甲斐がある。
 それに、もう暫くの間はおれと一緒に居てくれるつもりなんだって思っていいってことだよな?
 勘違いじゃぁないよな?

 嬉しさと感謝の気持ちでいっぱいだ。

「うん、ありがとう、おれ、頑張る。ファリ先生、御指導の程お願いします!」

 真面目に頭を下げてお願いした。




 ファリと二人で話し合った結果、魔物の居る森の中である程度戦闘経験を積んでから、王都へ向かうことになった。
 そうなったのも、おれがなるべく早く戦えるようになりたいと主張したからなんだけど。色々な意味で生命の危険を遠ざける為に、とにかく早くレベルを上げたい。

 ホント、お世話になりすぎて、ファリには足を向けて寝られない。

 魔法よりも剣術を得意とするファリに、取り敢えず剣術の基礎を学ぶことになった。
 今は使える魔力が乏しいし、攻撃魔法は得意とは言えない。身を守る術は多いに越したことはないので、剣術も使えた方が良いに決まっている。

 ファリが剣の柄をおれに向けて差し出す。刃渡りが60センチくらいの両刃の剣だ。受け取って柄を握る。

 わっ!重っ!

 想像していたよりも重くて、剣を持った腕が下がる。
 物語の勇者とかが持っている剣に比べて短くコンパクトな見た目だし、ファリがあまりにも軽々と扱っていたので、こんなに重いものだとは想像していなかったのだ。1.5リットルのペットボトルよりも重く感じる。持つくらいは問題ないけど、これを長時間片手で思い通りに振り回すなど、今のおれには到底できない。

 まずは握り方を教えてもらい、持った剣を構える。

「構える時は、片脚を引いて敵には半身を向けるように」

 ファリはおれの背中から腕を回し、剣を握っている右手の型を整え、左の腰を引かせて構え方を正させる。

「肘は引いて、肘先を軸として回転させることで、最小限の動きでの防御を心掛ける。これに上下の動きを組み合わせれば、大抵の方向からの攻撃を防げる。半身のみを敵に向けて対時するのは、防御する範囲を狭める為だ。半身なら攻撃する為に構えた剣で急所を庇えて防御も兼ねられる」

 最小限大事。
 体力も腕力も無いおれは、こうして構えているだけでもきつい。

「即座に一歩を踏み出せるよう、重心を下げ膝は軽く曲げておく。態勢を崩されぬよう常に重心を意識し、腹と臀部に力を入れて……呼吸は止めない」

 体にギュッと力を入れて思わず息も止めてしまったのに気づいたファリに指摘される。よく見てくれているんだなぁ。

「正面から頭上に打ち込まれた場合は、こうして受け流しつつ避ける」

 手で腕を支えられ、正しい動きを教えられる。

「一度攻撃の動きを見せる」

 ファリが剣と同じくらいの長さの枝を拾い、おれの正面に立つ。
 構えの基本姿勢から、少し体を沈めることで急所となる喉元や脇腹を晒すことなく、肘を梃子のように使い腕を振り上げるのと同時に足を踏み出し、鋭く弧を描くように振り下ろした。
 一連の動きが速い。無駄が一切なく、ただの一振りが美しい。

 同じような動きをしようとしても全く出来ない。すぐに重心がブレてしまってフラついてしまうし、急所だって丸晒しだ。
 ファリが支えて丁寧に姿勢を正してくれる。

「ゆっくりで構わないから、必ず正しい姿勢を保て。苦しいからと崩していると必要な筋肉が鍛えられず、悪い癖がつく上、怪我に繋がる」

 何度も何度もこのひとつの動きだけを繰り返し、やっと正しい動きを理解した。理解出来ただけで、実際の動きはかなりゆっくりだし、フラフラもしているのだけれど。

「身を守る為には、攻撃を想定し、それに対処する方法を知り、実践する力を養う。攻撃力を上げるには、守備を想定し、それを崩す方法を知り、実践する力を養う。それらを無意識のうちに行えるようになるまで反復するのが訓練だ」

 指示を受け、最初に説明された、守備の訓練に戻る。頭上から振り下ろされた剣を受け流すイメージが、最初より明確に出来るようになった為か、手応えが違う。

 ファリが実際に枝を振り下ろし、おれがそれを受け流した。

 え、凄い…なんか、出来てる?

 嬉しくなって、ファリの顔を見上げる。

 ただ剣を振るだけでなく、イメージしながら訓練をすることが大切なんだな。ファリは教えるのが上手い。

「よく出来ている。ただ、構えている間、腕に力が入り過ぎている。常に剣を全力で握り続けると、筋肉が強張り速度も落ちる。攻撃する瞬間、剣を受ける瞬間に、力を込めるようにすると良い」

 こうして訓練の日々が始まった。
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