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人形島

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 フェリーが到着し、稲荷千太郎と早乙女ヨネという老婆はそれに乗り込んだ。

 そして、2人は、船内で同席し、世間話をした。

 かれこれ、1時間程度フェリーが奥島へ向かって進んだ後、ヨネが言った。

「そろそろ奥島が見える頃だ。甲板に出てみるか」

「あっ、そうなのですね。では出てみます」

 ヨネは、軽く腰が曲がっており、杖をついているが、足取りは軽く、歩き方もしっかりしていた。和服を着ており、裕福な家柄の婦人であることを伺わせた。

 2人は甲板に出た。

 ヨネは、甲板に出ると、前方を指差した。

 「探偵さん。あれが奥島だ。人形島だよ」

 稲荷千太郎はヨネが指差す方向を見た。

 小高い島の山が見えた。雲が山にかかっており、フェリーが揺られる度に、その山も揺れているように見えた。

「小さい島のようですね」

「そうだね。小さい。半径5キロと聞いておる」

 フェリーは奥島の港に到着した。港の名前はない。奥島の「港」と呼ばれているだけで、固有の名前は付けられていなかった。

「ヨネさん。色々ありがとうございました」

「あんた妙安寺に行くのなら、車で送っていくが・・・」

「車?」

「わしのことを車で迎えに来とるんだ。だから寺まで送ることが出来るが」

「そうなのですね。ありがとうございます。しかし、妙安寺からも迎えに来て頂くことになっています」

「そうかね。そりゃ良かった」

「はい。ありがとうございますね」

 フェリーから2人が降りると、黒塗りの高級車が、待っていた。その車の横に一人の男が立っていた。黒塗りの車の運転手に似つかず、小作人のような男だった。

「あれは、家の使用人の次郎です」

「使用人の方なのですね。しかし、島の中では一番の高級車ですね。たぶん」

「そうだね。一番だ。では、探偵さん、また後で」

 ヨネは黒塗りの車に乗り込んで、そこから走り去った。

 稲荷千太郎は、その車の後姿を見送った。

 そして、辺りを見渡したが、稲荷千太郎を迎えに来ている車は見当たらない。

 しばらく、呆然と立ちすくんでたら、遠くからコトコトと車両がやってきた。

 車種はダイハツのミゼットだった。

 ミゼットは稲荷千太郎の脇に停まった。

 中から、20歳前後の若い坊主が降り立った。

 「稲荷さんですか?」
 
 稲荷千太郎は、ニッコリと微笑んで会釈をした。

「はい。稲荷です。良慶さんですか?」

「いえ、私は良慶和尚ではありません。妙安寺で修行をしております子坊主の陳念と申します。住職は寺で待っておりますので、どうぞ、乗車して下さい」
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