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第一章:エクスレイ日本支部
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だけど実際は数秒の時が止まっていた。そして燐先輩は軽く吹き出す様に笑うと、緩んだ表情のまま力ない敬礼をした。
「はい。お疲れさん」
完全にテンションを間違えたんだと気が付くと、遅れて後悔と恥ずかしさが熱となり込み上げてくる。今すぐにでもこのから逃げ去りたい気持ちを抑え込むように敬礼をしたまま固まってしまった体。
「いいね! それ!」
でも由布院さんはテンションの上がった声を上げるとそんな私の隣に並び真似て敬礼をした。
「どうですか? 一人前っぽっすよね?」
「いいんじゃない」
まだ込み上げてくる笑いを堪えつつ楽し気な燐先輩。
そしてついに私はその場でしゃがみ蹲った。もうこのままで一生を過ごしたいぐらいの気持ちで。
「実家に帰りたい……」
独り言を呟く私の隣では未だ悪気の無い由布院さんが敬礼をしているのだろう、燐先輩を隊長だの軍曹だの色々な敬称で呼んでいる。
「まぁまぁこれでも飲みなって」
その声に今にも泣き出しそうな情けない顔を上げてみると燐先輩が缶ジュースを私へ差し出してくれていた。
「ありがとうございます」
「まぁまぁ座りなって」
お礼を言い立ち上がると燐先輩の真似をした由布院さんの言葉で私はベッドに腰掛けた。そして由布院さんは隣へ、燐先輩はベッド傍の化粧台でスキンケアを始めた。
「そうそう」
すると由布院さんは手を叩き思い出したような声を上げた。その隣で私は貰った缶ジュースを一口。オレンジだ。
「そう言えば美沙ちゃんの同室って誰?」
「えーっと――レティ。ディギウスさん?」
記憶を遡りながらな上に間違ってないかと言う一抹の不安を感じながらもまだ馴染んでない名前を口にした。
「あぁ~」
由布院さんが小首を傾げる中、燐先輩は両手で頬を撫でながら頷く様な声を出した。その意味深な声に私が先輩の方を見ると遅れて顔がこっちへ。
「知ってます?」
「同期だから」
「どんな人なんですか? 私まだ会えてなくて」
んー、と唸るような声を出しながら一度鏡へ向かい別の美容液を手に出した燐先輩。そしてそれを塗りながらまた視線は帰って来た。時が止まったように数秒、互いに動かず私はただ答えを待つ。
「お疲れ様です」
すると燐先輩は会釈と共にそんな言葉を残した。しかもそれで終わりと顔は鏡へ。
「えっ? いや、あの……。全然分からないんですけど。それって嫌な人って事ですか? それとも細かいとか一緒にいるのは少し苦労するタイプって事ですか?」
「良く言えば姉御肌。良く言えば寛大。良く言えば最高の師匠」
「それってもし悪く言えば……?」
気の所為かもしれないが「良く言えば」を強調しているように聞こえた私は恐々としながらそう尋ねてみた。
「いい加減、雑、無頓着、だらしない、人に教えるのに向いてない」
燐先輩は私の質問に対して今度は考える素振りも見せず直ぐに返事をした。しかも流暢に。
「でもまぁ悪い奴じゃない。むしろあたしは飾らないからこそ信頼してるけどね」
「燐先輩もサッパリしてると思ったけど、その人はもっと凄そう」
隣で一人呟く由布院さん。でも私の中ではどんな人なのか少しだけ不安が残り続けたままだった。
「あれ? でもなんで美沙ちゃんそのレティ先輩とまだ会ったことないの?」
「今は居ないって聞いたけど?」
詳しくは私も知らないと言葉の最後に首を傾げた。
「確か出張中だったけな。もうすぐ帰って来るでしょ」
「はい。数日で戻ってくるそうです」
私の返事を聞いた燐先輩は立ち上がるとクローゼットの前へ行き、体に巻いていたタオルを脱いだ。動き出した燐先輩をただ追っていた私の視線先で起きた不意の出来事。タオルが落ちながら咄嗟に目を逸らさないと、そう思いはしたものの気が付けばその後姿に釘付けになってしまっていた。
健康的な肌色の背中は芸術作品のように鍛え上げられ、少しだけど括れの綺麗な曲線から引き締まったお尻、堂々と伸びた両脚は細くも逞しい。それは思わず魅入ってしまうような美しく鍛え上げられた後姿だった。同時に肌は綺麗で曲線は妖艶。
「いやー凄いよねぇ」
目を逸らすタイミングを逃した私が微かに頬の熱を感じていると、囁くように耳元で由布院さんの声が聞こえた。それで我に返った私は慌てて目を逸らそうとしたけど、その時には既に下着を着てた燐先輩はシャツを担ぎながら私達の目の前へ。見事な腹筋をその身に宿しながら燐先輩は向かい合ってベッドに腰を下ろした。
「もはや芸術」
そう言いながら由布院さんは両手で枠を作って片目を瞑っていた。でも確かに今の燐先輩はアスリート感があって絵になる。
「あんた達も訓練始まったらすぐにこうなれるから安心しなって」
「えっ? 訓練ってそんなキツいんすか?」
ついさっきまでノリノリだった由布院さんは両手をぶらりとさせ唖然とした様子だった。
一方で服から顔を出した燐先輩はわざとらしく溜息を零して見せると、片手に顔を凭れさせた。
「あれはもう思い出したくないわ」
微かに首を振り燐先輩は悪夢を語るよう。
そんな先輩に私と由布院さんは合図もなく顔を見合わせる。多分私も同じ様になっていたと思うけど、彼女の顔には恐怖が染み出していた。これから訪れる訓練という地獄を前に、少なくとも私は今すぐにでも逃げ出したかった。
そして又もや勝手に合った息で視線を燐先輩へ。私達の絶望を代弁するかのように揺れる先輩の両肩。思い出して泣いているのか、そう思うと私の中では昔の自分を恨む気持ちさえ湧き上がってきた。気が付けば私と由布院さんは軽く抱き合い、怪物でも目の前にするようだった。
「なーんて」
すると私達の恐怖を嘲笑するかのようにひょこっと顔が上がり、燐先輩は陽気な声でそう言った。しかも満足気な表情を浮かべながら。
「別にそんな地獄みたいな事はしないって。基本的なのだから平気、平気。普通に体力あれば最初はただの運動だって」
その言葉で隣からは安堵の溜息が聞こえてきたが、依然と私だけが恐れ戦いていた。部活もろくにしてこなかった上に体育の持久走なんて最悪の時間だった私には全くと言っていい程に朗報なんかじゃない。
「はい。お疲れさん」
完全にテンションを間違えたんだと気が付くと、遅れて後悔と恥ずかしさが熱となり込み上げてくる。今すぐにでもこのから逃げ去りたい気持ちを抑え込むように敬礼をしたまま固まってしまった体。
「いいね! それ!」
でも由布院さんはテンションの上がった声を上げるとそんな私の隣に並び真似て敬礼をした。
「どうですか? 一人前っぽっすよね?」
「いいんじゃない」
まだ込み上げてくる笑いを堪えつつ楽し気な燐先輩。
そしてついに私はその場でしゃがみ蹲った。もうこのままで一生を過ごしたいぐらいの気持ちで。
「実家に帰りたい……」
独り言を呟く私の隣では未だ悪気の無い由布院さんが敬礼をしているのだろう、燐先輩を隊長だの軍曹だの色々な敬称で呼んでいる。
「まぁまぁこれでも飲みなって」
その声に今にも泣き出しそうな情けない顔を上げてみると燐先輩が缶ジュースを私へ差し出してくれていた。
「ありがとうございます」
「まぁまぁ座りなって」
お礼を言い立ち上がると燐先輩の真似をした由布院さんの言葉で私はベッドに腰掛けた。そして由布院さんは隣へ、燐先輩はベッド傍の化粧台でスキンケアを始めた。
「そうそう」
すると由布院さんは手を叩き思い出したような声を上げた。その隣で私は貰った缶ジュースを一口。オレンジだ。
「そう言えば美沙ちゃんの同室って誰?」
「えーっと――レティ。ディギウスさん?」
記憶を遡りながらな上に間違ってないかと言う一抹の不安を感じながらもまだ馴染んでない名前を口にした。
「あぁ~」
由布院さんが小首を傾げる中、燐先輩は両手で頬を撫でながら頷く様な声を出した。その意味深な声に私が先輩の方を見ると遅れて顔がこっちへ。
「知ってます?」
「同期だから」
「どんな人なんですか? 私まだ会えてなくて」
んー、と唸るような声を出しながら一度鏡へ向かい別の美容液を手に出した燐先輩。そしてそれを塗りながらまた視線は帰って来た。時が止まったように数秒、互いに動かず私はただ答えを待つ。
「お疲れ様です」
すると燐先輩は会釈と共にそんな言葉を残した。しかもそれで終わりと顔は鏡へ。
「えっ? いや、あの……。全然分からないんですけど。それって嫌な人って事ですか? それとも細かいとか一緒にいるのは少し苦労するタイプって事ですか?」
「良く言えば姉御肌。良く言えば寛大。良く言えば最高の師匠」
「それってもし悪く言えば……?」
気の所為かもしれないが「良く言えば」を強調しているように聞こえた私は恐々としながらそう尋ねてみた。
「いい加減、雑、無頓着、だらしない、人に教えるのに向いてない」
燐先輩は私の質問に対して今度は考える素振りも見せず直ぐに返事をした。しかも流暢に。
「でもまぁ悪い奴じゃない。むしろあたしは飾らないからこそ信頼してるけどね」
「燐先輩もサッパリしてると思ったけど、その人はもっと凄そう」
隣で一人呟く由布院さん。でも私の中ではどんな人なのか少しだけ不安が残り続けたままだった。
「あれ? でもなんで美沙ちゃんそのレティ先輩とまだ会ったことないの?」
「今は居ないって聞いたけど?」
詳しくは私も知らないと言葉の最後に首を傾げた。
「確か出張中だったけな。もうすぐ帰って来るでしょ」
「はい。数日で戻ってくるそうです」
私の返事を聞いた燐先輩は立ち上がるとクローゼットの前へ行き、体に巻いていたタオルを脱いだ。動き出した燐先輩をただ追っていた私の視線先で起きた不意の出来事。タオルが落ちながら咄嗟に目を逸らさないと、そう思いはしたものの気が付けばその後姿に釘付けになってしまっていた。
健康的な肌色の背中は芸術作品のように鍛え上げられ、少しだけど括れの綺麗な曲線から引き締まったお尻、堂々と伸びた両脚は細くも逞しい。それは思わず魅入ってしまうような美しく鍛え上げられた後姿だった。同時に肌は綺麗で曲線は妖艶。
「いやー凄いよねぇ」
目を逸らすタイミングを逃した私が微かに頬の熱を感じていると、囁くように耳元で由布院さんの声が聞こえた。それで我に返った私は慌てて目を逸らそうとしたけど、その時には既に下着を着てた燐先輩はシャツを担ぎながら私達の目の前へ。見事な腹筋をその身に宿しながら燐先輩は向かい合ってベッドに腰を下ろした。
「もはや芸術」
そう言いながら由布院さんは両手で枠を作って片目を瞑っていた。でも確かに今の燐先輩はアスリート感があって絵になる。
「あんた達も訓練始まったらすぐにこうなれるから安心しなって」
「えっ? 訓練ってそんなキツいんすか?」
ついさっきまでノリノリだった由布院さんは両手をぶらりとさせ唖然とした様子だった。
一方で服から顔を出した燐先輩はわざとらしく溜息を零して見せると、片手に顔を凭れさせた。
「あれはもう思い出したくないわ」
微かに首を振り燐先輩は悪夢を語るよう。
そんな先輩に私と由布院さんは合図もなく顔を見合わせる。多分私も同じ様になっていたと思うけど、彼女の顔には恐怖が染み出していた。これから訪れる訓練という地獄を前に、少なくとも私は今すぐにでも逃げ出したかった。
そして又もや勝手に合った息で視線を燐先輩へ。私達の絶望を代弁するかのように揺れる先輩の両肩。思い出して泣いているのか、そう思うと私の中では昔の自分を恨む気持ちさえ湧き上がってきた。気が付けば私と由布院さんは軽く抱き合い、怪物でも目の前にするようだった。
「なーんて」
すると私達の恐怖を嘲笑するかのようにひょこっと顔が上がり、燐先輩は陽気な声でそう言った。しかも満足気な表情を浮かべながら。
「別にそんな地獄みたいな事はしないって。基本的なのだから平気、平気。普通に体力あれば最初はただの運動だって」
その言葉で隣からは安堵の溜息が聞こえてきたが、依然と私だけが恐れ戦いていた。部活もろくにしてこなかった上に体育の持久走なんて最悪の時間だった私には全くと言っていい程に朗報なんかじゃない。
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