44 / 55
第五章:遊女と私
3
しおりを挟む
でもそれ以上に八助さんには納得してもらいたかったから私は口を開いた。
「そう言う思うとったで。そやけどこらわっちの問題。わっちは朝顔姐はんに言われた通り最高の花魁を目指した。少しでもなんかを手に入れる為っちゅうのもあったけど、一番は姐はんに近づきたかったから。あないな人になりたかった。綺麗で優しおして温かい人に。そやさかいわっちは遊女として出来るだけの事をした。思てもあらへん事を口にして、したい思わへんのに相手に触れて。男たちに気ぃ良うしてもらう為に行動し振る舞うてきた。ほんならいつしか吉原屋の最高位花魁になっとってん。そやけど同時に男たちの欲望を受け止め偽りの愛で返し続けたわっちは酷う穢れとった。そないな手で触るにはあんたはあまりにも綺麗過ぎる。わっちの遊女としての手で触れればあなたも穢れてまうでうな気ぃして……それが嫌なんよ。わっちは遊女としての自分が好かん。そないなわっちの手であんたに触れて穢してまうのんは嫌なんよ」
「そんな事――」
「わっちはそう感じてまう。わっちの手が触れ、わっちの言葉届くたんびに段々とあんたを穢していくような気ぃして。遊女としての自分があんたに対してのこの感情は単なる錯覚で、この感情を伝えようとする行為も他のお客にしてるのとおんなじだって感じてまう。もしかしたらほんまにそうなのかもしれへん。ほんまは偽りでわっちはただそれがほんまもんやと信じたいだけなのかもしれへん。そやさかいこないにもしんどおして辛い気持ちになるのかもしれへん。そこにはほんまの気持ちなんてあらへんさかいそれ遮る遊女としての自分をどうにも出来ひんのやって。ただ自分が偽りちゃうほんまもんを手にしたって思いたいだけ、そないな夢を見てるだけなんやろうな。だってわっちはほんまの愛を知らへん。そやさかいただ勘違いしてそのまま夢から覚めへんように目ぇ背けてるだけなんや思う。やとしたらこうなって良かったのかも。このまま長引いたら最後にはあんたを傷つけることになっとったはず。そやけど今ならまだ大丈夫やろう? わっちの事なんてちゃっちゃと忘れて幸せになって。こないな偽りの中でしか生きられへん女のことなんて」
それはいつしか自分に言い聞かせるような言葉へと変わっていた。というより微かな疑念に視線が向いたと言う方が正しいのかもしれない。男に対して本当の愛を知らない私がどうしてこの気持ちを本物だと言い切れるのだろうか。そんな疑念が頭の片隅でじっと私を見つめている事は知っていた。
「でもあの言葉も行動も、その辛い気持ちも本物なんですよね?」
すると木塀に視界が遮られ一体何をしているのかは分からないが八助さんの力を籠める声と共に引きずる音が聞こえた。重い何かを。
だが私はそれが気になりつつも彼の言葉に返事を返す。
「そうやけど……」
「なら――」
そう言葉が途切れた後、少しの沈黙が間を埋めると私のすぐ隣に何かが落ちてきた。それを視界端で捉えた私は疑問よりも先に反射として顔を横へ。
「嫌です」
私の眼前にいたのは八助さんだった。着地時の屈んだ状態から立ち上がり少し見開いた私の瞳を真っすぐ見つめている。数日会わなかっただけなのにその姿は遠い昔ぶりだと言うように懐かしく思えた。
そして彼の予想外な行動で吃驚した分、遅れていた頭の中の言葉を私はやっと口にした。
「一体を何やって――」
だが彼はそんな私の言葉を遮り私の手を取った。
「僕はあなたを忘れたりは出来ない。それにこんな形であなたを諦めたくない」
「そやけどわっちは……」
「僕も本物を語る資格がある訳じゃないですけど、もしかしたら僕がそう思いたいだけなのかもしれないですけど。でも苦しくて辛い気持ちになるってそれだけ真剣な証だと思うし、真剣って事はそれは本物なんだと思います。それに遊女を抜きにして接したいって言うのも僕には心を開こうとしてくれてるような気がします。そうやって普段の自分とは違うちゃんと納得のいく本当の自分で居たいっていうその姿勢っていうか気持ちは本物だからなんじゃないですか? 僕はそう思います。別に僕が相手じゃなかったとしても今と同じように悩んでたら同じことを言うと思いますよ」
「もしそうやとしても、やっぱしわっちは遊女としての自分を拭い切れへん。ほんでそれが出来ひんとわっちはあんたの傍でずっとしんどうて辛いまま」
「別に僕は夕顔さんの手が穢れてるなんて思いません。細くて長い指に白くて艶やかな肌。むしろ綺麗です。でもそんな事言ってもきっと変わる事はないでしょうね」
彼の言う通りそう言われ確かに嬉しい気持ちもそう言ってもらえるこの手が少し好きになる気持ちもあるけど、この問題は解決しない。私は自分の手が依然と穢れて見える。
「そう言う思うとったで。そやけどこらわっちの問題。わっちは朝顔姐はんに言われた通り最高の花魁を目指した。少しでもなんかを手に入れる為っちゅうのもあったけど、一番は姐はんに近づきたかったから。あないな人になりたかった。綺麗で優しおして温かい人に。そやさかいわっちは遊女として出来るだけの事をした。思てもあらへん事を口にして、したい思わへんのに相手に触れて。男たちに気ぃ良うしてもらう為に行動し振る舞うてきた。ほんならいつしか吉原屋の最高位花魁になっとってん。そやけど同時に男たちの欲望を受け止め偽りの愛で返し続けたわっちは酷う穢れとった。そないな手で触るにはあんたはあまりにも綺麗過ぎる。わっちの遊女としての手で触れればあなたも穢れてまうでうな気ぃして……それが嫌なんよ。わっちは遊女としての自分が好かん。そないなわっちの手であんたに触れて穢してまうのんは嫌なんよ」
「そんな事――」
「わっちはそう感じてまう。わっちの手が触れ、わっちの言葉届くたんびに段々とあんたを穢していくような気ぃして。遊女としての自分があんたに対してのこの感情は単なる錯覚で、この感情を伝えようとする行為も他のお客にしてるのとおんなじだって感じてまう。もしかしたらほんまにそうなのかもしれへん。ほんまは偽りでわっちはただそれがほんまもんやと信じたいだけなのかもしれへん。そやさかいこないにもしんどおして辛い気持ちになるのかもしれへん。そこにはほんまの気持ちなんてあらへんさかいそれ遮る遊女としての自分をどうにも出来ひんのやって。ただ自分が偽りちゃうほんまもんを手にしたって思いたいだけ、そないな夢を見てるだけなんやろうな。だってわっちはほんまの愛を知らへん。そやさかいただ勘違いしてそのまま夢から覚めへんように目ぇ背けてるだけなんや思う。やとしたらこうなって良かったのかも。このまま長引いたら最後にはあんたを傷つけることになっとったはず。そやけど今ならまだ大丈夫やろう? わっちの事なんてちゃっちゃと忘れて幸せになって。こないな偽りの中でしか生きられへん女のことなんて」
それはいつしか自分に言い聞かせるような言葉へと変わっていた。というより微かな疑念に視線が向いたと言う方が正しいのかもしれない。男に対して本当の愛を知らない私がどうしてこの気持ちを本物だと言い切れるのだろうか。そんな疑念が頭の片隅でじっと私を見つめている事は知っていた。
「でもあの言葉も行動も、その辛い気持ちも本物なんですよね?」
すると木塀に視界が遮られ一体何をしているのかは分からないが八助さんの力を籠める声と共に引きずる音が聞こえた。重い何かを。
だが私はそれが気になりつつも彼の言葉に返事を返す。
「そうやけど……」
「なら――」
そう言葉が途切れた後、少しの沈黙が間を埋めると私のすぐ隣に何かが落ちてきた。それを視界端で捉えた私は疑問よりも先に反射として顔を横へ。
「嫌です」
私の眼前にいたのは八助さんだった。着地時の屈んだ状態から立ち上がり少し見開いた私の瞳を真っすぐ見つめている。数日会わなかっただけなのにその姿は遠い昔ぶりだと言うように懐かしく思えた。
そして彼の予想外な行動で吃驚した分、遅れていた頭の中の言葉を私はやっと口にした。
「一体を何やって――」
だが彼はそんな私の言葉を遮り私の手を取った。
「僕はあなたを忘れたりは出来ない。それにこんな形であなたを諦めたくない」
「そやけどわっちは……」
「僕も本物を語る資格がある訳じゃないですけど、もしかしたら僕がそう思いたいだけなのかもしれないですけど。でも苦しくて辛い気持ちになるってそれだけ真剣な証だと思うし、真剣って事はそれは本物なんだと思います。それに遊女を抜きにして接したいって言うのも僕には心を開こうとしてくれてるような気がします。そうやって普段の自分とは違うちゃんと納得のいく本当の自分で居たいっていうその姿勢っていうか気持ちは本物だからなんじゃないですか? 僕はそう思います。別に僕が相手じゃなかったとしても今と同じように悩んでたら同じことを言うと思いますよ」
「もしそうやとしても、やっぱしわっちは遊女としての自分を拭い切れへん。ほんでそれが出来ひんとわっちはあんたの傍でずっとしんどうて辛いまま」
「別に僕は夕顔さんの手が穢れてるなんて思いません。細くて長い指に白くて艶やかな肌。むしろ綺麗です。でもそんな事言ってもきっと変わる事はないでしょうね」
彼の言う通りそう言われ確かに嬉しい気持ちもそう言ってもらえるこの手が少し好きになる気持ちもあるけど、この問題は解決しない。私は自分の手が依然と穢れて見える。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる