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第四章:消えぬ想い

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 翌日、僕は頭痛に寄り添われながら朝を迎えた。それに加え寝不足。今までの朝の中でも三本の指に入る程に体の調子は悪い。でも何故かそこまで嫌な朝じゃなかった。頭痛の鼓動に合わせるように昨日の記憶が脳内で再生される。源さんの言葉を思い出しながら僕は机に置いてあった手紙を手に取った。
 それは最後の手紙。もう何度読み返したか分からないその文をまた読み返してみても、まるで何度読んでも同じ結末を迎える小説のように最後は彼女の名前が終わりを告げる。二つの丸いシミに滲んだその文字を僕は指でなぞった。

「夕顔さん」

 昨日、源さんは自分より僕の気持ちを優先しろと言ってたけど僕は彼女の気持ちを優先したい。彼女が何を望んでいるのか。それが彼女の口から直接聞きたい。そうしないと例え同じ結末でも終わりにする事なんて出来ないから。

「はぁー」

 でも一体どうやって。そう思った途端、溜息が自分勝手に零れ落ちた。そしてその溜息が部屋の空気の一部となると僕は手紙を戻しお店へと下りた。
 あの場所ならもしかしたらもう一度。そんな期待がなかった訳じゃないけど僕は昨日と同じ時間帯にあの場所へ足を運んでいた。木塀で向こうは見えない所為かもしかしたら今も反対側には夕顔さんがいるのかもしれない。なんて思ってしまう。でも昨日とは違い今日は沈黙を保っていた。

「そんなわけないよね」

 一人そう呟くともう少しだけその場に来るはずもないもしかしたらを待っていたが、結局それは単なる期待でしかなく僕はお店へと帰った。
 だけどそんな奇跡に縋るとも言うべき行為以外にどうすればいいのか思いつかず僕は次の日も同じようにそうしていた。その次の日も。でも更に次の日でさえ夕顔さんと再会することは叶わなかった。
 なのにも関わらず僕はその翌日もそこに居た。今日ももしそこに来なかったらもういっその事、無理矢理にでも諦めてやろうか。なんて運試しのような事を考えながら。でもまるで同じ日を繰り返しているかのように塀の向こうは沈黙が蔓延っていた。
 そして今日もダメかと心の中で嘆息を零しながらお店へ帰ろうと数歩足を進ませた僕だったが、名残惜しさがそうさせたのか足を止め一度後ろを振り返った。
 すると木塀の向こう側で雲の子のように白い煙が空高くへと昇っていた。その煙に確信は無かったが僕の頭へ真っ先に浮かんできたのは煙管を片手に持つ夕顔さんの姿。同時に期待で胸は高鳴り煙に誘われるように足は塀の前へと戻っていた。もしかしたら今まさにこの向こう側に彼女が。そう思うと彼女を求め手が塀へと伸びる。
 だけどそこに居るのが夕顔さんなんて確証はどこにもない。もし違っててこの事が知られたら、僕は何も出来てないのにただお店が潰されてしまう。その不安が僕の声を喉で止めていた。
 もしこのまま帰れば何も変わらないまま彼女はここを出て行く。もし声を掛けて見当違いだったら彼女ともう一度話したいという願いを叶えることすら叶わず、僕らがここを出て行くことになる。半か丁かの博打のような選択に僕は顔を俯かせた。考えたところで何かが変わる訳じゃないのに、何を考えればいいのかさ分からないのに。僕はただ塀に手を触れさせたままどうすればいいのかと頭を悩ませていた。
 でもそんな僕の顔を上げさせたのは、

『お前さんが幸せなら儂もそうだ』

 源さんの言葉だった。もし失敗してその責任を負うのが自分一人だけだったら。そう考えたらさっきまで全く同じ色に見えていた選択肢の一つがもう迷う必要はないと言うように色鮮やかに見えた。
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