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第四章:消えぬ想い

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「ずっと会ってたのか?」
「最初は手紙だけでそれから」
「あの一夜で満足したはずだろ?」
「それはそうだけど。やっぱり忘れられなくて手紙を書いたんだ。返事がなかったらもう忘れようって思って。でも返事が来た」

 源さんは机に肘を着けた手で頭を抱えた。

「あの人はなんだって?」
「彼女はもう会わないって言ってるから二度と会うなって。もし会ったらこの店をって」
「そうか」
「大丈夫だよ。流石に僕もそこまではしない。だってこの店は源さんにとって大切な物でしょ? それに僕にとっても家だし」

 少しの間の後、源さんはゆっくりと口を開いた。

「儂が間違ってた」
「何の事?」
「お前がずっと夕顔花魁を見てたのは知ってた。それにその為にずっと給料を貯めてたのも知ってる。だから一夜だけでも過ごせればそれも終わると思とった。きっとこの場所に幼い頃からいた所為なんだと思とった。だから会わせたんじゃがな」

 僕は源さんが何を言ってるのか全く分からなかった。話が見えない。

「一体何の話をしてるの?」

 源さんは答える前に顔を僕の方へ向けた。

「この店の先代はあの人に貸しがあった。それが何かは分からないが大きな貸しがな。だが結局それを返してもらう前に先代は死んだ。その時、儂に言ったんだ。いつか必要な時にこの貸しは使えとな」
「まさかそれを使ってあの夜を?」

 思わず僕は立ち上がった。

「いくら客のいないとは言えお前があの夕顔花魁を一夜だけ買うなんて本当に出来ると思うか? ましてやその条件が偶然揃うなんて。儂が事前に取引をしていたからだ」
「何でそんな事を!」

 吉原屋の楼主への貸しがどれ程のものかは僕でも分かる。それが大きなものとなると、ましてやこの遊郭に店を構える者となると猶更だ。
 そんな貴重な貸しを僕のこんな願いを叶える為に使うだなんて……。

「儂はお前にここを出て欲しい。別に儂に恩を感じてここにいる必要はない。お前には外に出てもっとしたいことをして欲しい。辛く困難だとは思うがそれは悪い人生じゃない。家を飛び出した儂が言うんじゃ。間違いない。だがお前は彼女にずっと夢中だった。それはお前をここに引き留める存在になる程にな。だからその夢から覚めれば少しはここを出る決心が付きやすいと思ったんだ。その為にあの貸しを使った。だがそれは間違いじゃったようだな。むしろお前をより強く彼女にのめり込ませてしまった」

 そして源さんは静かに立ち上がると歩みを進め始めたが僕の横で一度立ち止まると肩にぽんと手を置いた。

「もしその所為でお前に辛い思いをさせていたらすまない」

 それだけを言い残して源さんは行ってしまった。僕は倒れるように椅子に座ると手紙を手に取り文字に目を落とした。
 それから僕はどうする事も出来ぬまま三好での日々を過ごしてた。夕顔さんと会う事も手紙が届くことも無いあの一夜以前の日々と同じように。でも以前の日々と違い毎日のように僕は彼女から届いた今までの手紙を読み返していた。同時に頭では会った時の事を思い出して。だけど毎回、最後の手紙になると自然と浮かんでいた笑みが消えていく。そしてこの手紙が届けられた日の夜を思い出してしまう。
 仰向けで寝転がっていた僕は手紙を持った手を横に落とし天井を見上げた。
 今思えばこれまで源さんが頑なに僕に料理を教えてくれなかったのはこの為だったのかもしれない。この店を継がせる気がなかったから。僕が少しでもここを去りやすいように。
 ある日突然、独りぼっちになった僕をここまで育ててくれただけじゃなくて僕の未来もちゃんと考えてくれてる。彼は一体僕にどれだけのモノをくれたんだろう。彼が居なかったら僕はどうなってたんだろう。源さんには感謝の気持ちしかない。だから正直言って夕顔さんとの事は納得出来てないし今すぐにでも彼女に会って直接訊きたいけど、もし見つかりでもしたらこの店が犠牲になる。そんな事は出来ない。自分より僕を優先してくれた源さんを犠牲にして自分を優先するなんて……出来ない。

「本当にもう終わっちゃったのか」

 それは初めて会ったあの夜が明け三好に帰ってきた時と同じような気持ちだった。意外とあっさりと呆気なく終わり、これまでの夕顔さんとの時間が全部夢だったみたいな感覚。終わりと分かっていてもその実感があまり湧かない、夢と現実の狭間にいるような夢現状態。もうあの声で名前を呼ばれる事もあの手や腕に包まれる事も無い。あの姿や笑顔すら見る事はない。
 そう思うと気が付けば目尻から下へ向け撫でられるのを感じた。

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