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第三章:夕日が沈む

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「さっきの話を聞いて僕。もしあの時、お母さんが夕顔さんの元に来ていたら――言い切る事は出来ないけど僕は一生、夕顔さんの事を知る事が出来なかったと思います。こうやって直接話すことも。だからそう言う意味では、自分勝手なのは分かってるし夕顔さんの気持ちを無視してるのも分かるけど――良かったってちょっとぐらい思っちゃうんですよね」
「正直に言うてその気持ちは分からんでもあらへん。わっちも遊女ちゅー生き方は好かんでずっと逃げ出したかったけど、全てを否定するには遊女としてええ出会いをし過ぎた。朝顔姐はんに蛍、そいでもちろん八助はんもな」
「でも遊女としての生活は辛いんですよね? 今すぐにでも止めたいですか?」
「その質問は意味があらへんな。どれだけ苦痛を感じようと遊女を止めるかどうかはわっちの意思ではどうにもならへん。遊女を止められるんは身請けされるか年季明けを迎えるか、それか死ぬかやな。そやけどわっちは死ぬ気はあらへん。身請けは分からへんけど、年季明けはあと五年。あと五年で全てが終わる」
「終わったらどうするんですか? ここを出られたら何かする事とか決まってます?」

 その言葉に私は今朝にした蛍との会話を思い出した。朝食を食べながら少し考えてみたが答えは決まって分からない。それは今も同じだ。

「さぁ。一体何してええのかも。何がしたいのかも分からへん」
「そうですよね」
「そやけど多分お金はあらへん思うさかいまずは八助はんのとこで働かしてもらおかな」
「えっ? 三好でですか?」
「あかん?」

 彼は「んー」と言いながら眉間に皺を寄せながら小首を傾げた。

「僕に言われても……。そういうのは源さんが決める事だし。でもあの夕顔さんが店に居るならお客も増えそうですけどね」
「ならええって言うてくれそうやな。もしあかんかったら……」

 私は言葉を途切れさせると彼の方を見遣った。遅れて視線を感じたのか続きが聞こえないのを変に思ったのか彼の双眸にも私が映る。

「なんですか? 何かいい方法でも?」

 答えを言う前に私は彼の手に触れた。上から包み込むようにそっと。

「八助はんに嫁ぐ事にしよかな」
「――えーっと。からかってます? それともからかってます?」
「さぁー。どうでありんすかね」

 若干わざとらしく私は小首を傾げた。

「そやけど八助はんと一緒におると楽しいし落ち着くのんはほんまやで」

 言葉と共に私は顔を前へ逸らすと彼に寄り掛かった。

「いけずな人ですね」

 どこか嬉しそうに、そして呟くようにそう言った八助さんは掌を上へ向けると私の手を握り締めた。指を絡めるようにしっかりと握られた手から伝わるちょっと熱い体温。私は何も言わず静かに微笑むとそれからは二人してその状態のまま春先のような沈黙に溶け合った。
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