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第三章:夕日が沈む
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そして蛍との朝食を済ませた私は八助さんに会う為あの場所へ。一人腰掛けに座っていた私は特にする事も無く頭から抜いた簪を弄っていた。そしていつもより少し遅れて八助さんがいつも通り鍵を開けておいた戸を開き中へ。
「遅れちゃってすみません」
「気にしなくてもええで」
そう返事をしながら私は手に持っていた簪を頭へ戻した。それからいつものように他愛ない話を始めた私たちの会話はいつしか互いの過去の話に変わっていった。
「そやけどその人がそう言うてくれて良かったなぁ」
「はい。源さんが手を差し伸べてくれなかったら今頃僕はどうしてたんだろうって思いますね」
「少なくともこうやってわっちと話しをすることもなかったやろうな」
「そうですね。より一層感謝です」
私は彼の話を聞きながら自分の――まだ遊郭の外に居た時の事を思い出していた。思い出と呼ぶにはあまりにも良いものではなくて思い出しても溜息が零れるだけの存在のそれを。
「――わっちがここへ連れてこられたんはまだ十も満たへん頃やった」
私は視線を少し落とし辿るようにその時の事を話し始めた。
「父親はいーひんで、兄弟姉妹もいーひん。わっちの家族は母親だけ。そないなある日、わっちは外で花を摘んどってな。つい夢中になって少しばかり歩き回っとって、家に帰る頃には片手一杯に色んな花を握り締めとったなぁ。それで家に着いたら戸が開いとって、中には男の人二人が並んで立っとった。それが誰なのかわっちは見てすぐに分かった。よう母親の所に来とった借金取りの男や。そいつらは返すお金があらへんと謝る母親を怒鳴りつけたまに手も出しとった。その姿にまた来たのかってわっちは家の前で立ち止まってもうた。かなんかったさかいね。そやさかい彼らが帰るまで外におろか思うとったらその二人が丁度、振り返って。真っすぐわっちの方へ歩いてきた。そいで母親がいーひんさかい一緒に来いって連れてかれてもうた。家にはわっちを預かってるさかいお金を持って来いって置手紙を残してな」
「お母さんはすぐに来たんですよね? お金は無かったとしても自分の娘が代わりに連れてかれた訳なんだし」
私は彼の期待の籠ったような声に対しつい冷笑を浮かべた。でもそれは彼に対してというよりあの頃の自分に対してのものと言った方がいいのかもしれない。一人部屋の隅に蹲り母親が来ると信じて疑わず、ずっと待っていた私への。
そしてその笑みを浮かべたまま私は首を横に振った。
「二日。わっちはそこに閉じ込められたのに母親は来へんかった。家ももぬけの殻やったらしくてな。それでそのまんまわっちはここへ売られた」
唖然としていた所為で八助さんは詰まらせたように少し遅れてから言葉を口にした。
「――も、もしかしてお母さんに何かあったとか? 来たくても来れなかった理由があったんじゃないですか?」
「どうやろうな。そやけど正直わっちは、最初の日の陽沈んだ時に母親は来いひんって心のどこかで諦めとった。母親はわっちをほかしたんやって。それにもうどっちでもええ。どの道、あの人はあまりええ母親やなかったし、今更会いたいとも思わへんさかい」
「そうなんですね。親の借金のカタでここへ売られてしまうっていうのは何度も耳にしたことがあるけど、実際にこうやって話を聞くと何だか……」
「可哀想?」
それは八助さんにとってあまりしっくりとくるものではなかったのか彼は「んー」と言葉の先を探していた。
「この――吉原遊郭の煌めきが違って見える気がするというか」
「ここの煌めきは花魁と一緒。見た目だけ豪華絢爛で中身は暗う冷たい。偽りと欲望と苦痛と。夜空さえ呑み込むこなたの不自然な煌めきは人々の負を燃料にその輝きを保ってる。快楽と苦痛が体を交えるような場所なんや。それかもしかしたらこの吉原遊郭はその内側に秘めた暗闇を僅かでも隠す為にこなに必死で煌々とした光を身に纏うてるのかもしれへん」
「僕は遊郭内にいるけどいつも外からしか見てないから眩しいぐらい煌々とした場所だなとしか思わなかったけど、やっぱりよく見れば見た目ほど綺麗じゃないんですね」
「どう感じるかはその人次第やけど見た目通りちゃうとは思うで。何事もな。現にどないな時も人前ではあないに豪華絢爛にしてるわっちも実際はこないなんやさかいね」
私はそう言って両腕を広げると着付け前のいつもより地味な着物を見せた。
「着てる物はそうかもしれないけど、夕顔さんは花魁姿の時と同じぐらい綺麗だし素敵だと思いますよ」
「中々、嬉しい事を言うてくれるんやな」
「本音ですから。――でも……。こんなことを言うのは失礼かもしれないけど」
八助さんはその言葉通り少し言いずらそうにそう言った。
「遅れちゃってすみません」
「気にしなくてもええで」
そう返事をしながら私は手に持っていた簪を頭へ戻した。それからいつものように他愛ない話を始めた私たちの会話はいつしか互いの過去の話に変わっていった。
「そやけどその人がそう言うてくれて良かったなぁ」
「はい。源さんが手を差し伸べてくれなかったら今頃僕はどうしてたんだろうって思いますね」
「少なくともこうやってわっちと話しをすることもなかったやろうな」
「そうですね。より一層感謝です」
私は彼の話を聞きながら自分の――まだ遊郭の外に居た時の事を思い出していた。思い出と呼ぶにはあまりにも良いものではなくて思い出しても溜息が零れるだけの存在のそれを。
「――わっちがここへ連れてこられたんはまだ十も満たへん頃やった」
私は視線を少し落とし辿るようにその時の事を話し始めた。
「父親はいーひんで、兄弟姉妹もいーひん。わっちの家族は母親だけ。そないなある日、わっちは外で花を摘んどってな。つい夢中になって少しばかり歩き回っとって、家に帰る頃には片手一杯に色んな花を握り締めとったなぁ。それで家に着いたら戸が開いとって、中には男の人二人が並んで立っとった。それが誰なのかわっちは見てすぐに分かった。よう母親の所に来とった借金取りの男や。そいつらは返すお金があらへんと謝る母親を怒鳴りつけたまに手も出しとった。その姿にまた来たのかってわっちは家の前で立ち止まってもうた。かなんかったさかいね。そやさかい彼らが帰るまで外におろか思うとったらその二人が丁度、振り返って。真っすぐわっちの方へ歩いてきた。そいで母親がいーひんさかい一緒に来いって連れてかれてもうた。家にはわっちを預かってるさかいお金を持って来いって置手紙を残してな」
「お母さんはすぐに来たんですよね? お金は無かったとしても自分の娘が代わりに連れてかれた訳なんだし」
私は彼の期待の籠ったような声に対しつい冷笑を浮かべた。でもそれは彼に対してというよりあの頃の自分に対してのものと言った方がいいのかもしれない。一人部屋の隅に蹲り母親が来ると信じて疑わず、ずっと待っていた私への。
そしてその笑みを浮かべたまま私は首を横に振った。
「二日。わっちはそこに閉じ込められたのに母親は来へんかった。家ももぬけの殻やったらしくてな。それでそのまんまわっちはここへ売られた」
唖然としていた所為で八助さんは詰まらせたように少し遅れてから言葉を口にした。
「――も、もしかしてお母さんに何かあったとか? 来たくても来れなかった理由があったんじゃないですか?」
「どうやろうな。そやけど正直わっちは、最初の日の陽沈んだ時に母親は来いひんって心のどこかで諦めとった。母親はわっちをほかしたんやって。それにもうどっちでもええ。どの道、あの人はあまりええ母親やなかったし、今更会いたいとも思わへんさかい」
「そうなんですね。親の借金のカタでここへ売られてしまうっていうのは何度も耳にしたことがあるけど、実際にこうやって話を聞くと何だか……」
「可哀想?」
それは八助さんにとってあまりしっくりとくるものではなかったのか彼は「んー」と言葉の先を探していた。
「この――吉原遊郭の煌めきが違って見える気がするというか」
「ここの煌めきは花魁と一緒。見た目だけ豪華絢爛で中身は暗う冷たい。偽りと欲望と苦痛と。夜空さえ呑み込むこなたの不自然な煌めきは人々の負を燃料にその輝きを保ってる。快楽と苦痛が体を交えるような場所なんや。それかもしかしたらこの吉原遊郭はその内側に秘めた暗闇を僅かでも隠す為にこなに必死で煌々とした光を身に纏うてるのかもしれへん」
「僕は遊郭内にいるけどいつも外からしか見てないから眩しいぐらい煌々とした場所だなとしか思わなかったけど、やっぱりよく見れば見た目ほど綺麗じゃないんですね」
「どう感じるかはその人次第やけど見た目通りちゃうとは思うで。何事もな。現にどないな時も人前ではあないに豪華絢爛にしてるわっちも実際はこないなんやさかいね」
私はそう言って両腕を広げると着付け前のいつもより地味な着物を見せた。
「着てる物はそうかもしれないけど、夕顔さんは花魁姿の時と同じぐらい綺麗だし素敵だと思いますよ」
「中々、嬉しい事を言うてくれるんやな」
「本音ですから。――でも……。こんなことを言うのは失礼かもしれないけど」
八助さんはその言葉通り少し言いずらそうにそう言った。
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