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第三章:夕日が沈む

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「あたしはそんなのイヤ。最期は一人苦しんでなんて」
「わっちもそないな最期はかなんし、そやけどわっちたちは大丈夫やって」
「そんなの分かんない。常夏だって。私たちは結局、遊女になった時点で……」
「そやけど年季明けた後に結婚して幸せな人生を送ってる人もいんで」
「その逆の方がもっと多い」
「年季が明けるまでわっちたちは遊女であり続けるしかない。辛くても耐え続けるしかない。そやさかい希望だけは絶対に無くしたらいけんせんよ」
「――朝顔姐さんが言ってた言葉」
「自分だけでも幸せになる、その強い気持ちも忘れたらあかん。ってよういってくれとったね」
「姐さんは強い人だったから。あんたも」
「蛍かてそうやろう」
「どうだろうね。あたしがいつもそう振る舞ってるのは自分を騙す為かも。無理矢理、気分を高めて笑って平気な振りをしてるだけなのかも」
「そうちゃう。蛍は強い。昔から見てきたわっちがそらよう知ってる」

 蛍はすぐに消えそうな笑みを浮かべた。その際、目から零れ落ちた雫を私は指でそっと拭ってあげた。口元は笑っているが私を見つめるその双眸は未だ愁嘆が拭い切れてない。

「常夏はあたしたちより人と接するのが苦手だったから苦労してた。あたし以上にこの仕事を嫌って苦痛に感じてた」

 言葉の後、蛍は視線を少し落とした。さっきの笑みはもう消え今何を考えてるんだろうか。
 そしてそこには無い何かを見ていた彼女の顔が私の方へ戻ってきた。

「常夏は幸せだったかな?」
「――こうやって心から泣いてくれるぐらい想うてくれてる人がおるさかいそうやった思うで」

 ゆっくりと表情に現れたその笑みは先程より安堵しているよだった。そして同時に零れ落ちた一滴が頬を通過する前に私は撫でるように拭ってあげた。

「――夕顔はもしあたしが同じようになっちゃったら悲しい?」
「今の蛍かそれ以上に悲しい思うで。だって蛍はわっちにとって大切な存在やさかい。さっき家族はもういーひんって言うとったけど、わっちにとって蛍は十分家族やで」

 何度拭っても再び溢れてきたその泪は同じ泪でもさっきよりは温かいものに私は思えた。そんな蛍の両手を私は握り締めた。

「ありがとう」
「大好きやで」
「あたしはそれ以上。愛してる」
「もちろん。わっちも」
「一番?」
「そや」
「なら夕顔の勝ち。あたしは間夫がいるし」
「そうなん? わっちよりもそっちを選ぶん?」
「ごめんだけど。でも吉原屋のあの夕顔花魁が一番愛してる人っていうのは気分が良いかも」
「そのうち二番目になるかもしれへんけどなぁ。あんたみたいに」
「えー! そうなったら嫉妬ちゃうよ」
「自分は二番やのにわっちはあかんの? 欲張りやな」
「当然」

 すっかり顔全体に笑顔が戻った蛍を見て私は胸を撫で下ろしていた。
 すると蛍は目を拭ってから両手を広げ私の方へ。そして私たちは互いの体を抱き締め合った。

「ありがとう。夕顔」
「ええで」
「今までもね。あたしがここまで頑張れたのも夕顔のおかげ。全部って言ったら嘘になっちゃうけど」
「そこは嘘でも全部ゆーて欲しかったけどなぁ」
「ほぼ全部ね」
「わっちこそ蛍のおかげやで」
「どういたしまして」

 微かな笑い声が耳元で聞こえ私もそれに釣られた。その後も少しの間だけ私たちは互いの――初めて出会った時より随分と大きくなった体を抱き締め合った。
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