上 下
18 / 55
第三章:夕日が沈む

5

しおりを挟む
『こなに早くお返事をくれてありがとうございんす。恥ずかしながらあの夜は本日この時まで 経験したことのない夜でありんしたので僅かばかり気がかりになっていんした 。でありんすからあの夜、主さんがまことに満足出来ていたといわす事を知れて心より嬉しく思いんす。これで胸に引っ掛かっていんした小さな気がかりは主さんと同じように風に吹かれ遊郭の外へと飛んで行ったことでありんしょう。そのつもりも必要もありんせんが遊郭より外へ行かれては、わっちは追う事は叶いんせん。わっちはここを出る事を許されぬ存在ですので。時折、外からここへ来る者たちや鳥、煙管の煙でさえも羨ましく思いんす。今いちど 、遊郭の外へ出てみたいものでありんす。
 でありんすが、それはあと数年は叶わぬ夢。それこそどなたかに身請けでもさりんせん限り。別に主さんに身請けを強請ってる訳ではありんせん。他の男なら無理だと分かっていてもそのような事を言うかもしれんせんが、主さんをそのような茶番狂言で困らせる事はしないので安心してくんなまし。それに身請けをされたからといっていい暮らしが待ってるとは限りんせん。ここよりは幾分かいい方かもつとも酷いのか。ですのでわっちは身請けに対してそこまでの期待は抱いていないのでありんす。夕顔花魁ともならればその金額は莫大ですし。それに元よりここへ売られ遊女として生きなければなりんせんと決まった時点で希望などありんせん。
 ごめんなんし。僅か暗い話をしてしまいんした。出来ればあの夜のようにもつとも興ある話をしんしょう。と言っても何か話題がある訳じゃありんせんのでありんすが……。もしよければ主さんの話を聞かせてくんなまし。わっちも主さんの事を知りたいでありんす』

 それからも毎日とはいかなくともこの手紙のやり取りは続いた。八助さんからの手紙は基本的に料理と共に届き、私は色々な方法で渡した。初音にお願いしたり、後朝の別れの際に大門付近やその道中、時には三好の近くに隠したりと。その際には事前に手紙でどこに隠すかを伝え、そして実行の印として三好に出前を頼む特定の料理を決めたりもした。
 そんな手紙の内容はほとんどが他愛ない話。でもあの夜同様にそれはどの男とするやり取りより次が楽しみになるものだった。そして引き出しには一通また一通と重なってゆく彼からの手紙。いつしか彼との手紙のやり取りはお客の就寝後に眺める遊郭より楽しい時間となっていた。
 次の返事にはどんな事が書かれているだろうか。一体どんな風に返事を書こうか。いつしか夕顔花魁としてよりもただの私としての部分がより多く溶けた墨で手紙を書き認めるようになっていた。そして返事の手紙を待つその間は待ち遠しくも雨音が軽快な音楽に聞こえるような気分で満たされる時間となったが、その日は翌日に控えた私のふとした思い付きが更にその感情を高ぶらせていた。

「どうした夕顔? やけにご機嫌じゃないか?」

 酒を注ぐ私を見ながら勝蔵さんはそんな疑問を口にした。
 大井 勝蔵。私のおゆかり様で随分と熱心に通ってくれている人。話によると元々捨て子で小さな商家の養子として育った彼はその才能を発揮し、たった一代で豪商と呼ばれるまでに成ったという。

「それは勝蔵さんが来てくれたからに決まってるではないでありんすか」
「嬉しい事言ってくれるじゃないか」
「それにしても随分と久しぶりでありんすが、まさか浮気なんてしてないでありんすよね?」

 私はわざとらしく訝し気な視線を向けた。

「俺がそんな男に見えるか? お前の馴染みになる為に他は止めたよ」
「まことでありんすか? 実はこなたの吉原遊郭以外の場所で他の遊女とこっそり楽しんでるんではないでありんすか?」
「おいおい。止めてくれ。お前以外で満足出来る訳ないだろ」

 勝蔵さんはそう言ってなみなみに注がれた酒を呷ると音を立てて猪口を机に置いた。

「よし分かった! 明日も来よう。それでどうだ?」
「まことでありんすか?」

 私は透かさず空になった猪口に酒を注ぎながらさっきと同じような視線を向けた。

「あぁ、本当だ」
「それは嬉しいでありんす」

 酒を注ぎ終えると徳利を置き少し甘い声でそう言いながら軽く寄りかかった。

「なぁ、どうせならお前とずっと居たい。金は倍払ってもいい。だから明日の客は俺だけにしてくれないか?」

 その言葉に私は寄りかかったまま彼を見上げた。

「それはわっちに言っても意味がないでありんすよ。でもしとつわっち を独り占め出来る方法がありんす」
「なんだ? 言ってみろ」
「主さんがわっちを身請けしてくれればいつまでもわっちは勝友さんのモノ」

 体に触れさせていた手を彼の頬へやりながら私はそう言ったけど身請けという言葉に彼は少し溜息をついたような表情を見せた。

「それは……」

 そして言葉を詰まらせる彼に私はそっと離れるとゆっくり立ち上がった。

「ならしかたありんせん。わっちは他の客のところにも行かないと。葵。戻ってくるまで勝蔵さんのお相手よろしくお願い」
「はい」
「それではまた後で」
「りょーかい」

 私の代わりに彼の傍に座った葵は早速お酒を注ぎ、私は別のお客の元へ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...