吉原遊郭一の花魁は恋をした

佐武ろく

文字の大きさ
上 下
17 / 55
第三章:夕日が沈む

4

しおりを挟む
「それで? 一体どんな客のどんないい手紙だったの?」
「知らへん」
「えー! いつもは見せてくれるのに? それに手紙なんて面倒で興味ないって感じじゃん。今まであんたがあんな顔して手紙見てるとこなんて見た事ないよ」

 蛍はさっきの私を真似た表情を大袈裟で茶化しながら浮かべた。

「そないな顔してへん」

 それに対し顔を前へ逸らし朝食を食べ始める私。

「ほんとにー? じゃあなんでそんなに膨れてるの?」
「膨れてへん」
「じゃあこれは何だー?」

 すると彼女の指が私の頬を突いてきた。

「止めて。食べずらいやろう」
「なら笑顔を見せてよー。夕顔ちゃーん」

 相変わらず戯る蛍に私は食べるのを中断し箸を置いた。そして顔を彼女へ。

「わっちはご飯が食べたいんやけど?」
「あたしはそんな仏頂面じゃなくて笑顔が見たいんだけど?」

 ほんの少しの間、互いの意見が対立するように何も言わず顔を見合っていたが私は一瞬だけ口角を上げて見せすぐに顔を料理へ落とした。
 だがそれでは彼女は満足しなかったようだ。

「えー! たったそれだけ? ほらもっとあたしがお客だと思って接待してよ。ほらほら、夕顔ちゃーん」

 すると彼女は二人の間にあった僅かな距離を埋め酷く酔った面倒な客のように手を回してきた。そして私の体へ両側から掴むように手を触れさせると、急に脇腹をくすぐり始めた。
 その瞬間、痛いわけではないが脇腹はすぐにでも逃れたい感覚に襲われ同時に強制的に笑いが零れ出す。身をよじらせ彼女の手から逃れようとしながらも喜色満面するという矛盾のような状態が続いた。

「ちょっ! 止め……」

 抵抗するも蛍の手は止まらない。そしてついに私は身をよじるあまり後ろに倒れてしまった。寝そべるように天井を拝むがその時には脇腹の感覚も止まっていた。でもまだ余韻が両脇腹から波紋のように広がり笑い過ぎて息は乱れている。
 そして落ち着きを取り戻そうとただ天井を眺めているとそこへ覗き込む蛍の顔が割って入ってきた。私を真っすぐ見下ろす彼女の双眸と満足げな口元。

「主の笑い声が聞けて余は満足じゃ」

 片手で私の顔を下から掴むと揉むように指を動かし弄びながら彼女はそう言った。
 でも私はそんな彼女を無表情まま退かし体を起こした。

「夕顔……」

 後ろから聞こえた蛍の声にさっきまでの色鮮やかな元気は無く少し重みのある反省の無彩色に染まっていた。

「ごめん。ちょっとふざけ過ぎ――」

 そして彼女の声を追いかけるように伸びてきた手が私の肩に触れたその瞬間。私は素早く振り返り蛍を勢いそのまま押し倒した。それから彼女が反応するより一足先にさっきの仕返しとして体をくすぐる。あっという間に先ほどの私同様、彼女は身をよじらせしつこい私の手を何度も払いながらも逃れられない笑いにその身を明け渡すしかなくなっていた。

「待っ……ちょっ、ごめんって」

 私が受けたより少し短いぐらいか、でも十分な程の仕返しをし満足に満たされた私は手を止めた。蛍は私同様、息を上げながら余韻に笑みを浮かべている。

「はぁー、はぁー。それは卑怯でしょ」
「もうご飯食べてええ?」
「しょうがないからいいよ」

 私はさっきとは違い自然と零れ出た笑みを浮かべながら(特にそれに意味は無かったが)蛍の鼻先を軽く摘み自分の足膳の前へ戻った。少し遅れて蛍も隣へ戻ると二人してすっかり冷えた朝食を食べ始めた。

「それで? 誰からの手紙だったの?」
「知らへん」
「しょうがない。今日は見逃してあげよう」

 それからなんてことない話をしながら朝食を食べ終えた私はその日の内に返事を書きまた初音にお願いし届けてもらった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

処理中です...