10 / 55
第二章:三好八助
3
しおりを挟む
僕は夜に包み込まれても尚その存在感を放つ吉原屋を見上げた。すっかりと静まり返った吉原屋。といっても営業時間に比べてだけど。そして視線を吉原屋全体から最上階の部屋へ。あの部屋に今も吉原屋最高位花魁の夕顔さんがいる。
僕は深くゆっくり息を吸って吐いた。
そして吉原屋の中へ。
「あれ? 八助。どうした? 食器は全部返したと思うけど足りなかったか?」
入ってきた僕に声を掛けてきたのは吉原屋奉公人の幸十郎さん。
「いえ。あの、実は……」
「何だ。ハッキリ言ってみろ。こっちもまだやる事があるんだ」
やっぱり止そうか。そんな事が頭を過りはしたが、相手が知っている人だったから僕は巾着袋を差し出しながら言葉を口にした。
「これで少しだけでも夕顔さんとお会いしたいんです!」
幸十郎さんは訊き返すような表情を浮かべたまま巾着袋を手に取り中を覗いた。ゆっくりと巾着袋から僕へ戻ってくる視線。
「あー。いいか? 下級遊女ならまだしも彼女はこの店の頂点だぞ? その意味が分かるか?」
「ここ吉原遊郭で一番ってことですよね」
「その通り。じゃあもちろん彼女と同衾する為の手順も知ってるな?」
「大門傍にある引手茶屋『高屋』で――」
「そうだ。彼女と同衾する為に男たちは大金をつぎ込む。それが彼女の価値なんだよ。彼女を手にするのが困難だからこそ彼女には大きな価値がある。分かるな?」
「……もちろんです」
明日も変わらず太陽が西から昇る事を予想するより簡単で当然な結果だ。
「まぁあれだけの美女だ。気持ちは分かる。特にお前はまだ若いしな。それにお前が話してた事も覚えてる。だがこれは駄目だ。すまんな」
そう言って幸十郎さんは巾着袋を僕の方へ。
「お前は真面目で良い奴だ。でも俺にはどうする事も出来ん。だからこれは聞かなった事にする。いいな?」
「何をだ?」
抑揚の無い静かなその声は辺りの喧騒の中を真っすぐ突き進み僕らの耳へ届いた。そして僕と幸十郎さんは同時にその声の方を見遣る。
そこに立っていたのは背の高い細身の男性。他の人より良い服を身に纏い獲物を見る猛禽類のような鋭い双眸をしていた。直接会うのは初めてだが僕でもこの人が誰だか知っている。恐らくこの吉原遊郭で夕顔さんの次に名の知れた人物だ。
「楼主様!」
吉原屋の楼主であると同時にこの吉原遊郭の監督・管理を一任されている人物、吉田秋生。
手に帳面を持った秋生さんは威風堂々とした立ち振る舞いで僕らの方へ静かに近づいて来ると、幸十郎さんから彼の差し出している巾着袋へ視線を落とした。
「何だこれは?」
「あっ。いや、これは……」
そして口ごもる幸十郎さんの言葉を待たず巾着袋を彼の手から取った秋生さんは中を覗き込んだ。
「説明しろ」
「それは――」
「すみません!」
僕は幸十郎さんの言葉を遮ってまず一言謝罪をした。その声に秋生さんの射貫くような視線が僕へ。
「それは僕がこれで夕顔さんに会いたいっていう身勝手なお願いをしただけで幸十郎さんは何の関係もありません」
僕だけの言葉じゃ信用出来ないのだろう秋生さんは一度、幸十郎さんを見た。
「まぁ、そうです」
そして再び僕の方へ。だが何も言わずじっと睨むように視線を突き刺すだけだった。
僕は深くゆっくり息を吸って吐いた。
そして吉原屋の中へ。
「あれ? 八助。どうした? 食器は全部返したと思うけど足りなかったか?」
入ってきた僕に声を掛けてきたのは吉原屋奉公人の幸十郎さん。
「いえ。あの、実は……」
「何だ。ハッキリ言ってみろ。こっちもまだやる事があるんだ」
やっぱり止そうか。そんな事が頭を過りはしたが、相手が知っている人だったから僕は巾着袋を差し出しながら言葉を口にした。
「これで少しだけでも夕顔さんとお会いしたいんです!」
幸十郎さんは訊き返すような表情を浮かべたまま巾着袋を手に取り中を覗いた。ゆっくりと巾着袋から僕へ戻ってくる視線。
「あー。いいか? 下級遊女ならまだしも彼女はこの店の頂点だぞ? その意味が分かるか?」
「ここ吉原遊郭で一番ってことですよね」
「その通り。じゃあもちろん彼女と同衾する為の手順も知ってるな?」
「大門傍にある引手茶屋『高屋』で――」
「そうだ。彼女と同衾する為に男たちは大金をつぎ込む。それが彼女の価値なんだよ。彼女を手にするのが困難だからこそ彼女には大きな価値がある。分かるな?」
「……もちろんです」
明日も変わらず太陽が西から昇る事を予想するより簡単で当然な結果だ。
「まぁあれだけの美女だ。気持ちは分かる。特にお前はまだ若いしな。それにお前が話してた事も覚えてる。だがこれは駄目だ。すまんな」
そう言って幸十郎さんは巾着袋を僕の方へ。
「お前は真面目で良い奴だ。でも俺にはどうする事も出来ん。だからこれは聞かなった事にする。いいな?」
「何をだ?」
抑揚の無い静かなその声は辺りの喧騒の中を真っすぐ突き進み僕らの耳へ届いた。そして僕と幸十郎さんは同時にその声の方を見遣る。
そこに立っていたのは背の高い細身の男性。他の人より良い服を身に纏い獲物を見る猛禽類のような鋭い双眸をしていた。直接会うのは初めてだが僕でもこの人が誰だか知っている。恐らくこの吉原遊郭で夕顔さんの次に名の知れた人物だ。
「楼主様!」
吉原屋の楼主であると同時にこの吉原遊郭の監督・管理を一任されている人物、吉田秋生。
手に帳面を持った秋生さんは威風堂々とした立ち振る舞いで僕らの方へ静かに近づいて来ると、幸十郎さんから彼の差し出している巾着袋へ視線を落とした。
「何だこれは?」
「あっ。いや、これは……」
そして口ごもる幸十郎さんの言葉を待たず巾着袋を彼の手から取った秋生さんは中を覗き込んだ。
「説明しろ」
「それは――」
「すみません!」
僕は幸十郎さんの言葉を遮ってまず一言謝罪をした。その声に秋生さんの射貫くような視線が僕へ。
「それは僕がこれで夕顔さんに会いたいっていう身勝手なお願いをしただけで幸十郎さんは何の関係もありません」
僕だけの言葉じゃ信用出来ないのだろう秋生さんは一度、幸十郎さんを見た。
「まぁ、そうです」
そして再び僕の方へ。だが何も言わずじっと睨むように視線を突き刺すだけだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる