上 下
7 / 55
第一章:夕顔花魁

6

しおりを挟む

 開けた窓から太陽とそよ風が流れ込む時間帯。良質な睡眠のお陰かいつもより気分も良く体も軽く感じる。

「失礼致しんます」

 その声の後、三回に分けて開く襖。その向こうには跪座した禿、初音の姿があり襖を開いた彼女は跪座から正座へと変えると丁寧に頭を下げた。そして再び跪座に戻すと横に置いてあった足膳を持ち私の前へ。

「朝食をお持ちいんたし……いした」

 ぎこちなく言い直されても間違いのままの言葉の後、初音は足善を私の前に置いた。

「いんした。朝食をお持ちいたしんした。もういっぺん」
「朝食をお持ちいたしんした」
「ありがとうございんす」

 ちゃんと言い直せた彼女にお礼を言い終えてから会釈を返す。

「それと。失礼致しんす。失礼致しんますじゃなくて、失礼致しんす。はい。もういっぺん」
「失礼致しんす」
「そう。ややこしくてもゆっくりと覚えないといけんせんよ」
「はい」
「ええ返事やな」

 私はそう言って初音の頭を撫でてやった。

「夕顔姉さん。今日もきれい」
「ありがとうございんす。初音も十分綺麗でありんすよ」

 頭から頬へ下げた手の触れる満面の笑みは本当に可愛らしかった。でもだからこそ胸が痛い。

「さっ、もう行きなんし」
「はい」

 襖まで早足で向かった初音はくるりとこちらへ振り返る。

「失礼致しんした」

 頭を下げ立ったまま襖を閉め行ってしまった。離れていく足音を聞きながら溜息をひとつ零すがあの笑顔を思い出すと「まぁいいか」という気分になり料理へ手を伸ばした。この日は、三好の蕎麦と天ぷら。

「あれ?」

 今まで何度も頼みここで食べてきた料理のはずだが、この日は少し違った。

「天ぷらが一つ多いみたいだけど……」

 一人呟きながら頭には八助さんの事が浮かんでいた。

「おおきに」

 届かぬお礼を口にしてから私は朝食を食べ始めた。
 それからたった一夜の非日常を忘れさせるように夕顔花魁としての日々が戻ってきた。毎日お客と共に酒池肉林をし夜はお客を悦ばせる為に偽りの快楽に塗れ愛を演じる。これまでと変わらぬ吉原に身を捧げる日々が。あと幾度こんな日を繰り返せばいいのだろう。お客が寝静まり一人外を見つめ、妹分への教育の時間だけが心休まるだけのこんな日々を。いや、夜の自由も結局は偽り、妹分は可愛すぎるが故に心苦しさも感じる。本当の意味で心休まる時など無いのかもしれない。
 夕顔花魁という地位の代わりに私はあまりにも多くの何かを失った気がする。いや、違う。遊女とならざるを得なかった以上、この地位で少しでも何かを得なければ私には何も無いままだった。

              * * * * *

「失礼致しんます」

 襖を開けた初音は今日も間違った言葉と一緒に私の前へ蕎麦と天ぷらの朝食を運んで来てくれた。そして運び終えた彼女が出て行くと一人朝食の時間。花魁になって好きな食べ物を出前出来るようになったがこれからいつもの一日が再開すると思うと……。料理が美味しいのがせめてもの救い。
 私は蕎麦のつゆを少し飲んでから天ぷらを食べようとお皿を手に取った。するとその長方形のお皿の下から折り畳まれた紙が隠れん坊でもしてたみたいに顔を出した。初めての出来事に小首を傾げながら手を伸ばしてみる。紙と交換しお皿を戻すとお箸を置いた。

「なんやろうこれ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

紀伊国屋文左衛門の白い玉

家紋武範
歴史・時代
 紀州に文吉という少年がいた。彼は拾われっ子で、農家の下男だった。死ぬまで農家のどれいとなる運命の子だ。  そんな文吉は近所にすむ、同じく下女の“みつ”に恋をした。二人は将来を誓い合い、金を得て農地を買って共に暮らすことを約束した。それを糧に生きたのだ。  しかし“みつ”は人買いに買われていった。将来は遊女になるのであろう。文吉はそれを悔しがって見つめることしか出来ない。  金さえあれば──。それが文吉を突き動かす。  下男を辞め、醤油問屋に奉公に出て使いに出される。その帰り、稲荷神社のお社で休憩していると不思議な白い玉に“出会った”。  超貧乏奴隷が日本一の大金持ちになる成り上がりストーリー!!

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

ミッドナイトランナー

ばきしむ
ライト文芸
白タク運転手と凶悪殺人鬼のコンビが巨大な陰謀に立ち向かうダークエンターテイメント!!!
 夜の街で働いていた白タク運転手の少女「緑谷」。ある日、仕事を終えた緑谷は逃走中の凶悪殺人鬼「白石」に出会い共に警察から追われる日々が始まる。旅先で出会う様々な人、出来事…そして待ち受ける巨大な陰謀、2人は真実を知ることができるのか!? 
連載の予定ですが我が身が高校BOYなもんで頻度は少なくなっちゃうかも知れません。。。。
読み苦しいところもあると思いますが若気の至りとして消費して下さいまし…

処理中です...