上 下
2 / 55
第一章:夕顔花魁

1

しおりを挟む
「ようこそおいでくんなまし」

 私は言葉と会釈の後、莞爾として笑いながら馴染み客の隣に腰を下ろした。

「やっと来たか夕顔」

 酒を呷りながら座る私を横目で見遣る男は口角を上げながらそう言った。

「それはわっちの台詞でありんす。 重広さんさらさら来てくれんから、わっち寂しかった」

 私はほんのりと猫撫で声を混ぜ、それでいて夕顔花魁という品格を保ちながら腕に寄り添う。

「どうせ他の男にもそうやって同じことを言ってるんじゃないのか?」
「随分と意地の悪い事を言いんすね。――なら、わっちの事、身請けしてくだすってもいいんでありんすよ?」

 本気と冗談が半分ずつ混じり合う言葉の後、私は男の耳元へ口を近づけ、脚に手を触れさせ、囁き声でこう続けた。

「そうすればこなたの身も心も永遠に主さんのモノでありんす」

 芸者の奏でる音楽の中、一人孤立したように静まり返り、繰り返し口へ運ばれていた酒の手も静寂を保った。それはほんの数秒だけだったが男の世界は完全に時を刻むのを忘れていた。
 だけどすぐに我に返った男は耳元から離れた(でも手は触れさせたまま)私の顔を切望するような眼差しで見つめた。

「――そんな金、ある訳ないだろ」

 予想通りの返事をした男は視線を外すと止めていた手を動かしもどかしさごと飲み込むように酒を呷る。

「それは残念。わっちをこなたの鳥籠から自由にしてくれる殿方様にやっと出会えたと思ったんでありんすが」
「出来るものならしてやりたいが、お前をこの鳥籠から出す為のカギは俺はには高価過ぎる」
「ありがとうございんす。でもわっちはこうやって通ってくれるだけでも充分、嬉しいでありんすよ」

 そう言いながら私は男の空いたお猪口にお酌をした。その溢れんばかりに注がれた酒を男はまた呷る。
 それからもいつも通りまるで自分が私を買うに相応しい男である事を証明するかのような酒池肉林を表向きでは楽しんだ。そして引手茶屋での酒宴が終わると次は共に吉原屋へ向かいそこでまたもや酒池肉林が行われた。
 夜が更けると吉原遊郭も眠りにつき始め、そして私を含め遊女たちもお客と同衾し始める。下にある大部屋のあの子たちと違い私は最上階にある個室でお客と二人っきり。複数のお客を掛け持ちすることもあるが今夜はこの人だけ。その為、私にはいくつかある個室がある。全てが等しく豪華に飾られているが、別にこれは私の為という訳じゃない。夕顔花魁という吉原屋にとっての商品価値を保つ為だ。
 そして今夜もまた疑似結婚をした夫と偽りの愛を語り合う。何度も体を重ね合わせ相手の望むがまま、快楽に満ちた振りが部屋へと響き渡る。その間、体はあれど心はどこか遠くへ。
 私は今日もお客の満足の為に尽くした。この身も捧げて。いや、私があの日から捧げ続けているのはお客じゃなくてこの吉原屋もといこの吉原遊郭そのものなのかもしれない。あの日あの場所で、私の私の為の人生は終わった。
 でもそんな私が唯一自由になれる時間がある。それがこのお客も妓楼も遊郭も眠りについた数時間。私は煙管を咥えると乱れた着物を雑に着直しながら窓枠に腰を下ろした。片足も乗せその上に腕を置き、障子窓を開ける。
 この時間、灯りも消え静まり返った遊郭は月明りだけを浴び薄暗い本来の姿を取り戻す。私はそんな遊郭を見渡すのが好きだ。この束の間の時間だけは自分が遊女である事も忘れ、偽りの自由を味わえる気がするから――私はこの時間が好き。
 だけど同時に、私はどう足掻いてもこれ以上外に出る事は出来ずここが私の全てだと思い知らされている気分にもなる。この見渡している遊郭内から一歩たりとも外には出られない。そんな私を置いて吐き出した煙だけが空高く昇って行く。次第に見えなくなっていくあの煙はここを離れてどこまで昇っていくのだろうか。風に流されどんな景色を眺めるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...