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夕日の残り香
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そしてラストオーダーの後、少しして割り勘でお会計を済ませた僕らは店の外へ。
いつもより呑んで酔いも回っているはずだが、不思議とそんな状態である事を理解出来るほどには意識があり、感覚的にはほろ酔いと酔っ払いの間ぐらいだった。程よくぼやけた感覚は心地好く、それなりに感情的。
――帰って寝よう。
店を出た僕はぼーっとそんな事を考えていた。
「それじゃあ。今日はありがとう」
「いや、こっちこそ。――って言うか、なんかごめん」
謝りながら彼女は少し沈んだ表情が見えるぐらい僅かに顔を俯かせた。
「気にしなくていいよ。それより話してくれてありがとう」
「うん」
言葉の後の数秒の間。それが気まずさを帯びるより先に僕は口を開いた。
「じゃあ、また」
「また」
別れの言葉を交わすと僕は彼女に背を向け足を踏み出した。
でも腕を掴まれ僕は二歩目の前に後ろを振り向く。当然と言えばそうだけど、僕の腕を掴んでいたのは空さん。
「もし良かったら、泊めてくれない? 今日はちょっと……一人になったら陽咲の事思い出して辛くなりそうだからさ」
最初は少し驚いたけど――でも僕は知ってる。陽咲の事が恋しくて辛い夜を。
「いいよ」
そして僕らは途中、お酒とちょっとした食べ物を買い家へと帰った。
「そう言えば家に来るのって初めてだよね?」
「まぁ。陽咲には何回か誘われてたんだけど」
「ここに来たら僕と会っちゃうしね」
「そういうこと」
そんな会話をしながら僕らはリビングへと足音を響かせた。
「適当にどうぞ。僕はちょっと着替えてくるから」
お酒などの入った袋をテーブルに置き僕は寝室へと向かった。スーツを脱ぎ、部屋着に着替えてからリビングへと戻る。
テーブルに置かれた袋はそのままで、背を向けた空さんはとある戸棚の前に立っていた。彼女に隠れ何を見下ろしているのか見えはしなかったが、目視するまでも無くそこに何があるかは分かる。
そして空さんの隣に並んだ僕は、同じように想い出へと視線を落とした。陽咲の写真、陽咲のアクセサリー。そこには陽咲の欠片が詰まっていた。この前に立てばいつでも陽咲に会える。そんな場所だ。
すると空さんはジャケットのポケットから手を出すと、小皿からピアスを手に取った。それはよく陽咲が着けていたピアスで何かも嬉しそうに話していたのを今でも覚えてる。
「それって空さんがあげたやつだよね?」
「そう。誕生日プレゼントで。それでアタシの時にはお返しにこれ貰った」
そう言って胸元のネックレスを指に引っ掛け見せてくれた。
「凄い気に入ってたよ。それ。貰った時も嬉しそうに自慢してたし」
空さんは一度、僕の顔を見ると再びピアスへと視線を戻し、口元を緩ませた。
そしてそのピアスを小皿に戻すと、そのまま立て掛けられた写真を手に取った。写真越しで満面の笑みを見せる陽咲。今すぐにでもその写真が動き出し笑い声が聞こえてくるようだった。
僕は思わず懐古の笑みを浮かべる。
そして僕は別の写真を手に取った。
「これ、陽咲と花見した時のなんだけど、空さんも一緒に行ったんでしょ?」
「行った。買い物の帰りとかだったかな」
「ここ意外と人少なくていい場所だよね。桜の本数があまりないっていうのもあるんだろうけど、それでも十分綺麗だし」
「うん。でも一番は」
「陽咲が桜の背景に良く似合う」
当ててやろうと思い僕は彼女が言う一歩先に予想した続きを口にした。というより、僕が思ってる事をもしかしたら彼女もって思っただけだけど。
でもそれは見事的中したようでどこか驚いたようにも見える表情で空さんは僕を見た。そして噴き出すように笑みを浮かべ、軽く頷く。
「そう。あと、桜見てはしゃいでる姿がちょっと子どもっぽくて可愛かった」
「だよねぇ」
二人してしみじみとしながら再度、写真へと視線を落とす僕ら。
「――これは?」
すると空さんはそう言いながらまた別の写真を手に取った。
「あぁ、これは温泉行った時のやつ」
それから少しの間、僕らはその戸棚の前で一枚一枚、想い出を振り返っていた。
「そうだ。良かったら一緒にこれまで撮った動画とか見ない?」
「いいね、それ」
「折角だし空さんのやつも見せてよ」
「えぇ? アタシの宝物を?」
あからさまに嫌がった顔をして見せる空さんだったが、それが本気じゃいのは同じくらい見て取れた。
「それじゃあ。この話は無かったことに……」
「冗談だって。分かったから」
ついさっきの表情から一変、今度は本心からの笑みが彼女の顔を穏やかに染めた。
「じゃあ準備するからちょっと待ってて。実はパソコンに全部入れてあるから、折角だし大きい画面で見ようか」
「いーじゃん」
そう言って僕はパソコンとコードを取りに向かい、その間に空さんはジャケットを脱ぎお酒缶たちをやっと袋から解放していた。
僕はリビングのテレビとパソコンをコードで繋ぎ、まるで映画でも見るかのように部屋を暗くした。そして膨大な数の想い出の中から適当な動画を選んでボタンを押せば――僕はあの頃に戻り、空さんはあの場所に居なかったはずなのにあの頃を体験出来る。これは映画というよりタイムマシンなのかもしれない。
床に座ってはソファへ凭れ、お酒を片手に時折雑に飛び出したおつまみを食べながら聞こえてくる笑い声。見覚えのある君がそこにいるかと思えば、知らない君もそこにはいた。僕だけが知ってる表情。空さんだけが知ってる言葉。懐かしくて、新鮮で、愛しくて……。
だからか、ふと我に返りもうそんな君がいないんだと思うと反動の様に悲愁の波が押し寄せる。僕はその度に込み上げてくるモノを押し返すように、お酒を呷った。
「あんたはさ」
それは何本目かも分からない缶が半分ほど無くなった時の事。まだ尽きない動画に照らされながら聞こえてきた空さんの声は小さく動画の音に呑み込まれそうだった。
でも辛うじて聞こえたその声に僕は隣を見遣る。
立てた両膝を腕で抱えながら手に持った呑みかけのお酒缶へ視線を落とす空さんの横顔はどこか悲し気。多分、理由は僕と同じなんだろう。
「これからどうするの?」
「どうするって?」
質問の意味がイマイチ分からなかった僕はオウム返しで訊き返した。
「あれ。お見合いって言ってたけど――再婚とか考えてるわけ?」
まさかそんな事を訊かれるとは思ってもみなかったから一瞬黙ってしまい、答えるまでに少しの間が空いてしまった。
「――今のとこは考えてない、かな。……もしするってなったらどう思う?」
少なくとも空さんにとって僕は、自分が手に入れられなかった愛する人と結婚した男。そんな僕が死別とは言え陽咲じゃない誰かと再婚するってなったらどう思うんだろう。ふとそう思いそのまま疑問を口にした。
空さんは質問にゆっくりと顔を動かし、横目で僕を見た。表情はそのまま睨むような横目だったから、何を言われるのかと少し緊張が走る。
でもそんな心配も束の間、彼女は呆れたような笑みを零した。
「どうって……。別にあんたの自由でしょ? まぁ陽咲を泣かせてとかなら話は別だけど。でもそうじゃないじゃん。だからあんたが別の誰かを好きになって結婚したいって思ったんならすればいい」
当たり前でしょ、彼女はどこかそう言いたげでもあった。
そんな反応に僕も変な質問をしてしまったと思い、少しだけ気まずささえ感じた。
「そう、だよね。――でも本当に今はする気なくてさ。なのに周りは先に進んだ方がいいよ、みたいな感じでさ。まぁ僕の事を心配してくれてるのは分かるけど――僕はやっぱりまだ陽咲の事を……ね」
そう言って僕は動画へと視線を移した。
『えぇー? 撮ってるの? ――ハロー。見えてますかー? 画面の向こうの君。えー、これから隣に座ってる未来の私の手間を省いてあげます。――愛してるぞ!』
その後、恥ずかしそうに笑いながら陽咲は『今のナシ! 手間じゃないから間違い! だから消してね』なんて言ってた。どうやら僕は消してないらしい。
でもそのお陰で僕は溢れ出す幸せを堪え切れず笑みを浮かべている。
いつもより呑んで酔いも回っているはずだが、不思議とそんな状態である事を理解出来るほどには意識があり、感覚的にはほろ酔いと酔っ払いの間ぐらいだった。程よくぼやけた感覚は心地好く、それなりに感情的。
――帰って寝よう。
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「それじゃあ。今日はありがとう」
「いや、こっちこそ。――って言うか、なんかごめん」
謝りながら彼女は少し沈んだ表情が見えるぐらい僅かに顔を俯かせた。
「気にしなくていいよ。それより話してくれてありがとう」
「うん」
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「じゃあ、また」
「また」
別れの言葉を交わすと僕は彼女に背を向け足を踏み出した。
でも腕を掴まれ僕は二歩目の前に後ろを振り向く。当然と言えばそうだけど、僕の腕を掴んでいたのは空さん。
「もし良かったら、泊めてくれない? 今日はちょっと……一人になったら陽咲の事思い出して辛くなりそうだからさ」
最初は少し驚いたけど――でも僕は知ってる。陽咲の事が恋しくて辛い夜を。
「いいよ」
そして僕らは途中、お酒とちょっとした食べ物を買い家へと帰った。
「そう言えば家に来るのって初めてだよね?」
「まぁ。陽咲には何回か誘われてたんだけど」
「ここに来たら僕と会っちゃうしね」
「そういうこと」
そんな会話をしながら僕らはリビングへと足音を響かせた。
「適当にどうぞ。僕はちょっと着替えてくるから」
お酒などの入った袋をテーブルに置き僕は寝室へと向かった。スーツを脱ぎ、部屋着に着替えてからリビングへと戻る。
テーブルに置かれた袋はそのままで、背を向けた空さんはとある戸棚の前に立っていた。彼女に隠れ何を見下ろしているのか見えはしなかったが、目視するまでも無くそこに何があるかは分かる。
そして空さんの隣に並んだ僕は、同じように想い出へと視線を落とした。陽咲の写真、陽咲のアクセサリー。そこには陽咲の欠片が詰まっていた。この前に立てばいつでも陽咲に会える。そんな場所だ。
すると空さんはジャケットのポケットから手を出すと、小皿からピアスを手に取った。それはよく陽咲が着けていたピアスで何かも嬉しそうに話していたのを今でも覚えてる。
「それって空さんがあげたやつだよね?」
「そう。誕生日プレゼントで。それでアタシの時にはお返しにこれ貰った」
そう言って胸元のネックレスを指に引っ掛け見せてくれた。
「凄い気に入ってたよ。それ。貰った時も嬉しそうに自慢してたし」
空さんは一度、僕の顔を見ると再びピアスへと視線を戻し、口元を緩ませた。
そしてそのピアスを小皿に戻すと、そのまま立て掛けられた写真を手に取った。写真越しで満面の笑みを見せる陽咲。今すぐにでもその写真が動き出し笑い声が聞こえてくるようだった。
僕は思わず懐古の笑みを浮かべる。
そして僕は別の写真を手に取った。
「これ、陽咲と花見した時のなんだけど、空さんも一緒に行ったんでしょ?」
「行った。買い物の帰りとかだったかな」
「ここ意外と人少なくていい場所だよね。桜の本数があまりないっていうのもあるんだろうけど、それでも十分綺麗だし」
「うん。でも一番は」
「陽咲が桜の背景に良く似合う」
当ててやろうと思い僕は彼女が言う一歩先に予想した続きを口にした。というより、僕が思ってる事をもしかしたら彼女もって思っただけだけど。
でもそれは見事的中したようでどこか驚いたようにも見える表情で空さんは僕を見た。そして噴き出すように笑みを浮かべ、軽く頷く。
「そう。あと、桜見てはしゃいでる姿がちょっと子どもっぽくて可愛かった」
「だよねぇ」
二人してしみじみとしながら再度、写真へと視線を落とす僕ら。
「――これは?」
すると空さんはそう言いながらまた別の写真を手に取った。
「あぁ、これは温泉行った時のやつ」
それから少しの間、僕らはその戸棚の前で一枚一枚、想い出を振り返っていた。
「そうだ。良かったら一緒にこれまで撮った動画とか見ない?」
「いいね、それ」
「折角だし空さんのやつも見せてよ」
「えぇ? アタシの宝物を?」
あからさまに嫌がった顔をして見せる空さんだったが、それが本気じゃいのは同じくらい見て取れた。
「それじゃあ。この話は無かったことに……」
「冗談だって。分かったから」
ついさっきの表情から一変、今度は本心からの笑みが彼女の顔を穏やかに染めた。
「じゃあ準備するからちょっと待ってて。実はパソコンに全部入れてあるから、折角だし大きい画面で見ようか」
「いーじゃん」
そう言って僕はパソコンとコードを取りに向かい、その間に空さんはジャケットを脱ぎお酒缶たちをやっと袋から解放していた。
僕はリビングのテレビとパソコンをコードで繋ぎ、まるで映画でも見るかのように部屋を暗くした。そして膨大な数の想い出の中から適当な動画を選んでボタンを押せば――僕はあの頃に戻り、空さんはあの場所に居なかったはずなのにあの頃を体験出来る。これは映画というよりタイムマシンなのかもしれない。
床に座ってはソファへ凭れ、お酒を片手に時折雑に飛び出したおつまみを食べながら聞こえてくる笑い声。見覚えのある君がそこにいるかと思えば、知らない君もそこにはいた。僕だけが知ってる表情。空さんだけが知ってる言葉。懐かしくて、新鮮で、愛しくて……。
だからか、ふと我に返りもうそんな君がいないんだと思うと反動の様に悲愁の波が押し寄せる。僕はその度に込み上げてくるモノを押し返すように、お酒を呷った。
「あんたはさ」
それは何本目かも分からない缶が半分ほど無くなった時の事。まだ尽きない動画に照らされながら聞こえてきた空さんの声は小さく動画の音に呑み込まれそうだった。
でも辛うじて聞こえたその声に僕は隣を見遣る。
立てた両膝を腕で抱えながら手に持った呑みかけのお酒缶へ視線を落とす空さんの横顔はどこか悲し気。多分、理由は僕と同じなんだろう。
「これからどうするの?」
「どうするって?」
質問の意味がイマイチ分からなかった僕はオウム返しで訊き返した。
「あれ。お見合いって言ってたけど――再婚とか考えてるわけ?」
まさかそんな事を訊かれるとは思ってもみなかったから一瞬黙ってしまい、答えるまでに少しの間が空いてしまった。
「――今のとこは考えてない、かな。……もしするってなったらどう思う?」
少なくとも空さんにとって僕は、自分が手に入れられなかった愛する人と結婚した男。そんな僕が死別とは言え陽咲じゃない誰かと再婚するってなったらどう思うんだろう。ふとそう思いそのまま疑問を口にした。
空さんは質問にゆっくりと顔を動かし、横目で僕を見た。表情はそのまま睨むような横目だったから、何を言われるのかと少し緊張が走る。
でもそんな心配も束の間、彼女は呆れたような笑みを零した。
「どうって……。別にあんたの自由でしょ? まぁ陽咲を泣かせてとかなら話は別だけど。でもそうじゃないじゃん。だからあんたが別の誰かを好きになって結婚したいって思ったんならすればいい」
当たり前でしょ、彼女はどこかそう言いたげでもあった。
そんな反応に僕も変な質問をしてしまったと思い、少しだけ気まずささえ感じた。
「そう、だよね。――でも本当に今はする気なくてさ。なのに周りは先に進んだ方がいいよ、みたいな感じでさ。まぁ僕の事を心配してくれてるのは分かるけど――僕はやっぱりまだ陽咲の事を……ね」
そう言って僕は動画へと視線を移した。
『えぇー? 撮ってるの? ――ハロー。見えてますかー? 画面の向こうの君。えー、これから隣に座ってる未来の私の手間を省いてあげます。――愛してるぞ!』
その後、恥ずかしそうに笑いながら陽咲は『今のナシ! 手間じゃないから間違い! だから消してね』なんて言ってた。どうやら僕は消してないらしい。
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