狐の暇乞い

佐武ろく

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黄昏時の訪れ時

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 その日、休みだった僕は私服姿でとある駅を訪れていた。相変わらず人々が行き交う駅前。そんな人波の一滴となって僕は駅前にある謎のモニュメントへと向かっていた。
 一瞬、視線を落としスマホで時間を確認。それから顔を上げてみれば、丁度そこには待ち合わせの相手が立っていた。視線を落とし被ったキャップ帽で顔は見えなかったが雰囲気というか彼女だって分かった。

「――空さん?」

「お待たせ」「待った?」「やっほー」「こんにちは」
 何て声を掛ければいいか分からなくて結局、どこか恐々としながら確認するように名前を呼んだ。でも結果的にはそれで良かったのかもしれない。だって彼女だって思ってたけど、顔は見えてないから人違いの可能性もある訳だし。
 だけど僕の声に上がった顔は間違いなく彼女だった。あの居酒屋で会って話した時と変わらぬクールな無表情が僕を見る。

「ごめん。もしかして待った?」
「別に。ちょっと早く着いただけ。時間的にはそっちが丁度でしょ」
「なら良かった。――それじゃあ行こうか」

 それから僕らが駅から歩いて向かった先は、映画館。陽咲の助言を基に選んだのが映画だった。丁度見たいのもあったし、何よりまだ友達になり切れてない空さんと一緒に行くにはうってつけだと思ったから。映画を観てる時に話さないのは当然だけど、その後も話題に困らない。また陽咲の話をしてもいいけど、話題はあるに越したことは無いから。

「何か観たいのってある?」

 映画館に着くと僕はまず空さんにそう尋ねた。

「いや、別に」

 あまり考えずに一拍程度の間を空けて返って来た返事。僕はそれを聞いて、一人心の中で感心していた。
 それは陽咲が予想したのと全く同じ返しだったから。何が見たいか、そう訊いてもきっと空さんはこう返す。そう言って少し真似をしながら口にした言葉をまるで知っていたかのように忠実になぞった返事が僕の元へ返って来たのだから、感心とちょっとした驚きが僕の中には一瞬で広がった。
 でもそこまで変な間にならない程度で僕は公開情報を見上げる。そして観たいと思っていた映画を探した。

「じゃああれとかどう?」

 そう言って指を差す。

「トゥーバレット」
「うん。いいよ」

 既に若干ながら弾んだ僕の声とは裏腹に抑揚の無いすっかり慣れた声が答えた。

「それじゃあチケット買いに行こうか」

 それからチケットを買い、飲み物とポップコーンを購入。時間は運良く丁度で僕らはそのまま中へ。次々と流れる予告を見ながらポップコーンを食べ、たまにスクリーンを指差しては話をしたり。
 そんな何てことない時間を過ごし、ついに始まった本編へ僕はあっという間にのめり込んだ。
 物語としては、生きる伝説である元殺し屋の二人がいつの間にか裏社会をも取り巻く巨大な陰謀に巻き込まれてしまい再び銃を手に取るというもの。伝説の復活、最強コンビの再来。物語自体はシンプルだけど主演の二人はアクション界でもトップクラスの俳優で、その二人の共演だったり見ているだけでも手に汗握るような激しいアクションが魅力的な一本だ。もちろん予告を見たけど、それだけで心躍り胸は期待で一杯。
 そんな期待に答えるようにそれは最高の作品だった。しかも映画館で観たっていうのも大きいと思う。家では味わえない大迫力がアクション映画の良さを更に引き出し、満足以外の何者でもない。
 そして気が付けば余韻でさえ溢れんばかりの興奮の中、目の前のスクリーンではエンディングロールが流れ始めていた。まるで絶叫系アトラクションにでも乗って疲れたような感覚が余韻と混じり合いながら、僕は背凭れに大きく凭れかかった。そして静かに満悦の溜息を吐き出した。
 僕はそれから思い出したように隣を見遣る。すっかり映画に釘付けで数時間ぶりの再会だ。僕自身はエンドロールまで観る派だけど、空さんはどうだろうと思い様子を確認してみた(もし観ない派だったらすぐにでも外へ出ていいし)。
 でも彼女は頭まで背凭れながらもその双眸は真っすぐスクリーンへ。じっと流れるエンドロールを見つめていた。
 そしてエンドロールを最後まで観た僕らは優しく明るさを取り戻した部屋を後にし、映画館の外へと出た。

「いやぁ、思った以上に楽しかったよ」

 未だ抜け切らぬ興奮に自然と声が弾んだ。
 そしてどうだったと言わんばかりに空さんを見る。

「確かに。楽しそうだとは思ってたけど、予想以上だったかも」

 微かに緩んだ口元が微笑みを浮かべているようにも見える彼女の表情は僕と同じで満足気だったのはわざわざ確認するまでも無かった。

「ちょっと休憩したいんだけど、どっか入らない?」
「いいよ。僕今、凄い喋りたい気分だし」

 多分、久しぶりに映画館で観たっていうのも大きいんだと思う。僕の心は子どものようにはしゃいでいた。
 そして僕らは適当に見つけた喫茶店へ。珈琲と紅茶を飲みながら話題はもちろんさっきの映画。絶えることなくあのシーンがどうだったとかラリーのように話は続き、内に秘めた興奮は新鮮で話は最初から盛り上がりを見せていた。
 大きく差があるって訳じゃないけど空さんの口調も饒舌で熱を帯びており、僕は話し共感しながらも僅かに吃驚としていた。同時にクールな彼女もこうして感情を溢れさせるんだなって思ったけど、思い返してみれば、前回陽咲の話をしていた彼女も少しこうだった気がする。
 そんな一面を見ると陽咲の話に出てくる親友の空さんって感じがして、どこか親近感のようなモノを感じた。
 そしてそれから僕らは時間を潰し夕食――という訳ではなく、時間になるとその喫茶店を最後に解散。元々、空さんはこれぐらいの時間までなら大丈夫って言ってたから。

「久しぶりに映画館で観れて楽しかったよ。中々一人じゃ行かないから」
「アタシも映画館は久しぶりだったかな。あの映画も観れて良かった」
「お互い楽しめて良かったね」
「まぁそうだね」
「それじゃあまた、時間が合う時にでも」
「うん。じゃっ」

 控えめに手を上げた空さんは背を向け歩き出し、遅れて僕も帰路に就いた。
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