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序章:Alea jacta est.
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アタシはそれを――これまで何度味わって来たんだろうか? 日常のなんて事のない一部のはずなのに、たまに意識して考えてしまう。
それは真面目に考えれば不思議な感覚だ。
たった今まで一日を終え、正にベッドで寝ようとしていたはずなのに。気が付けばアタシは朝にいて、もっと寝たいと欲望と現実の狭間を彷徨っている。ついさっきまで寝れないと無理矢理に瞼を押し付けていたのに。
――今じゃ目を瞑り夢現。
その最中、寝返りを打ち横を向いたアタシは微かに目を開いた。ボヤけ、半分瞼に覆われた視界の中――隣を見る。
でもそこには誰もいなかった。いるはずの君はいなくて、ぽっかり空いた空間がそこには広がっている。
アタシは思わず眠気を振り払い目を開くと、絡み付く朝の怠惰をも無視しながら体を起こした。
いつもの寝室。いつもの二人にしては少し小さめのベッド。そしていつもの朝。なのにあの日々は夢だったと言うように、アタシは一人ぼっち。隣を見遣り並んだ枕へ手を伸ばしてみるが、掌から伝わるのは無人の冷たさ。そのまま撫でるようにシーツへと手を滑らせてみても隣は冷たい。
アタシはベッドを降りると隣のダイニングキッチンへと向かった。
キッチンで珈琲を入れようと準備を進める背中――そこには君がいた。その瞬間、安堵とも違う何だか心が温かく満たされるような――そう温かな珈琲を飲んだ後に体中へ広がる熱のように、じっとしていられない感覚が広がった。
気が付けば歩き出していてその背中の直ぐ後ろまで行くと手を回し、君を抱き締めた。
何度も味わった温もり、何度も味わった匂い、何度も味わったこの感触。
――何度味わっても足りない。
「おはよう」
「おはよう。起きたんだ。もう少し寝てるかと思ったんだけど」
「眠たかったけど、隣に君がいなかったから……」
「ビックリした?」
君は少し笑い交りにそう言うとアタシの方へ振り向いた。
「寝惚けてたから少しだけだけど」
「大丈夫。ずっと一緒ってあの時約束したじゃん」
「そうだね」
言葉の後、アタシは少し背伸びをして唇を触れ合わせた。短く、軽い、一回。じゃ足りなくてもう一回。
「君も飲む?」
「うん」
それから珈琲を淹れるまでアタシはずっと君を抱き締めていた。君越しに香る珈琲は朝の匂い。アタシはブラックで、君は少しミルク多めの微糖。
「今日は天気も良いし、上に行こうか」
「そうだね」
君の提案でアタシ達はそれぞれの珈琲を手に階段で屋上へと上がった。
小さな屋上にはテーブルとブランコがひとつ。と言っても二人用ベンチがぶら下ったモノで、吊るされたベンチと言った方がいいのかもしれない。
ここは二人のお気に入りの場所。外に出ると朝の新鮮な空気が風と共にアタシ達を包み込む。周囲にぐるりと広がる森と疎らな雲の空は今日も穏やかで、雄大。大自然はいつでも安らぎをくれる。
そんな場所でアタシ達はベンチに腰を下ろした。アタシは彼に凭れかかり、彼は手を回し肩を抱く。
朝のベッドのような温もりと珈琲の香り。そして何よりも大きくアタシ達を包み込む大自然。
こうして過ごす朝がアタシは好きだ。
――だからいつまでもこの幸せが続くもんだと勝手に思い込んでいた。
一歩また一歩とアタシは着実に山道を進んでいた。
普段から狩りで森を動き回っていたお陰で、あの日以来、何もしてないのにも関わらず体力と力は十分。
「はぁ……。はぁ……」
でも少し軽くなったとは言えその重さを背負いながら長時間森を歩き続け、アタシは息を荒げ始めていた。
だけど止まることは無く、アタシはただ只管に足を進め続ける。
それは真面目に考えれば不思議な感覚だ。
たった今まで一日を終え、正にベッドで寝ようとしていたはずなのに。気が付けばアタシは朝にいて、もっと寝たいと欲望と現実の狭間を彷徨っている。ついさっきまで寝れないと無理矢理に瞼を押し付けていたのに。
――今じゃ目を瞑り夢現。
その最中、寝返りを打ち横を向いたアタシは微かに目を開いた。ボヤけ、半分瞼に覆われた視界の中――隣を見る。
でもそこには誰もいなかった。いるはずの君はいなくて、ぽっかり空いた空間がそこには広がっている。
アタシは思わず眠気を振り払い目を開くと、絡み付く朝の怠惰をも無視しながら体を起こした。
いつもの寝室。いつもの二人にしては少し小さめのベッド。そしていつもの朝。なのにあの日々は夢だったと言うように、アタシは一人ぼっち。隣を見遣り並んだ枕へ手を伸ばしてみるが、掌から伝わるのは無人の冷たさ。そのまま撫でるようにシーツへと手を滑らせてみても隣は冷たい。
アタシはベッドを降りると隣のダイニングキッチンへと向かった。
キッチンで珈琲を入れようと準備を進める背中――そこには君がいた。その瞬間、安堵とも違う何だか心が温かく満たされるような――そう温かな珈琲を飲んだ後に体中へ広がる熱のように、じっとしていられない感覚が広がった。
気が付けば歩き出していてその背中の直ぐ後ろまで行くと手を回し、君を抱き締めた。
何度も味わった温もり、何度も味わった匂い、何度も味わったこの感触。
――何度味わっても足りない。
「おはよう」
「おはよう。起きたんだ。もう少し寝てるかと思ったんだけど」
「眠たかったけど、隣に君がいなかったから……」
「ビックリした?」
君は少し笑い交りにそう言うとアタシの方へ振り向いた。
「寝惚けてたから少しだけだけど」
「大丈夫。ずっと一緒ってあの時約束したじゃん」
「そうだね」
言葉の後、アタシは少し背伸びをして唇を触れ合わせた。短く、軽い、一回。じゃ足りなくてもう一回。
「君も飲む?」
「うん」
それから珈琲を淹れるまでアタシはずっと君を抱き締めていた。君越しに香る珈琲は朝の匂い。アタシはブラックで、君は少しミルク多めの微糖。
「今日は天気も良いし、上に行こうか」
「そうだね」
君の提案でアタシ達はそれぞれの珈琲を手に階段で屋上へと上がった。
小さな屋上にはテーブルとブランコがひとつ。と言っても二人用ベンチがぶら下ったモノで、吊るされたベンチと言った方がいいのかもしれない。
ここは二人のお気に入りの場所。外に出ると朝の新鮮な空気が風と共にアタシ達を包み込む。周囲にぐるりと広がる森と疎らな雲の空は今日も穏やかで、雄大。大自然はいつでも安らぎをくれる。
そんな場所でアタシ達はベンチに腰を下ろした。アタシは彼に凭れかかり、彼は手を回し肩を抱く。
朝のベッドのような温もりと珈琲の香り。そして何よりも大きくアタシ達を包み込む大自然。
こうして過ごす朝がアタシは好きだ。
――だからいつまでもこの幸せが続くもんだと勝手に思い込んでいた。
一歩また一歩とアタシは着実に山道を進んでいた。
普段から狩りで森を動き回っていたお陰で、あの日以来、何もしてないのにも関わらず体力と力は十分。
「はぁ……。はぁ……」
でも少し軽くなったとは言えその重さを背負いながら長時間森を歩き続け、アタシは息を荒げ始めていた。
だけど止まることは無く、アタシはただ只管に足を進め続ける。
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