Peach Flows

佐武ろく

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序章:現代桃太郎

【弐拾肆】AOF20

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 男の銃を握る手に力が入り絞るような軋む音が響いた。少しでも刺激すれば誤って撃ってしまいそうな不安だけが今の桃の中にはあった。

「よし。連絡を入れろ」
「分かりました。では手をポケットに入れますよ」

 桃はなるべく相手を刺激しないようにしながらも時間をかけ腕を動かす。内心では西城らに早く突入して欲しいと思いながら。
 そして手をポケットへ入れたその時。男の背後でドアノブがゆっくり音を立てぬように下がっていくのが見えた。

「スマホを出します。何もしないのでどうか撃たないで頂きたいですね」

 ドアノブから聞こえるであろう僅かな音を掻き消す為、余分に言葉を発する桃。
 そしてドアノブが完全に下がりきると、一気にそして勢いよくドアは開いた。廊下には防弾チョッキを着て武装した西城と高見、そして部下が隊形を組み銃を構えている。構えられた銃の照準は一直線に男へと狙いを定めていた。

「EOCBだ! 手を挙げろ!」

 ドアの開く音と西城の大声に反応した男は一瞬にして視線を後方へ。
 だがその隙を突き(音と同時に射線から逸れていた)桃が、流れる手捌きで男の銃を奪い取った。手元から銃が消えた男は焦燥とした様子で慌てながら桃へと視線を戻すが、それと同時に今度は額に銃を突きつけられる。
 その瞬間、諦めという言葉が男の顔には浮かび上がった。

「残念ならが私はあなたの言うゴロツキではありません。ですが安心してください。あなたの依頼で攫われた石神瑠璃さんは無事保護しました」

 その間に部屋に入ってきた西城が男の手に手錠を掛ける。

「――そうか。私としたことが焦った結果がこの様か」
「おい。連れていけ」

 西城は高見に男を任せ、高見は数人の捜査官と共に男を連行した。

「少々遅かったのではないですか?」

 連行される犯人を少し見送った後、桃は思わわず不満を零した。

「いやぁ、すまんすまん。だがお前なら問題ないだろ」
「私も撃たれれば死ぬことを忘れなく」

 そう言いながら桃は奪った銃を手渡した。

「覚えとくよ。まぁとりあえず今回もご苦労だったな」
「桃さんお疲れ様です」

 高見と捜査官に連れていかれた男とすれ違い中へ入ってきた蘭玲は西城の横に並んだ。そしてその言葉と共に預かっていた刀を返す。

「ありがとうございます」
「そんじゃ、俺はまだ仕事が残ってるから早くこの部屋出るぞ」
「今度来るときはゆっくりと過ごしたいものですね」

 少し名残惜しを胸に桃は最後に部屋を見渡す。

「こんだけ高級だと逆に落ち着かねーけどな」
「あー! 西城さんビンボー」

 西城を指差しながら蘭玲はニヤリとした表情を浮かべた。

「やかましいわ。ほら、さっさと出るぞ」

 そんな蘭玲の指を軽く払うように叩くと西城はドアへ歩き出し、桃と蘭玲もその後に続いた。
 そして西城は高見らと一緒にEOCBへと戻り、桃と蘭玲はAOFへと戻った。ドアを開くとAOF事務所内には既にリオと陽咲がそれぞれデスクとソファに座っていた。

「おかえりなさい」
「早かったじゃねーか」

 眼鏡をかけた陽咲はデスクでの仕事を一旦止め、リオはゲームからほんの一瞬だけ視線を外すとそう言った。

「戻っていたんですね」

 そんな二人に一言返しながら桃は自分のデスクへ蘭玲はリオの座るソファへ足を進めた。刀を刀掛けに置きデスクに座った桃。リオとはひとつスペースを空けて腰を下ろした蘭玲。桃と蘭玲二人が座ったのに対し眼鏡を外した陽咲は立ち上がり給湯室へと向かう。
 少しして陽咲はコーヒーを二つとココア、炭酸ジュースを乗せたトレイを持って給湯室から出て来た。
 そしてコーヒーを桃へ。

「ありがとうございます」

 ココアを蘭玲へ。

「やったー! ありがとうございまーす!!」

 炭酸ジュースをリオへ。

「さんきゅー」

 残ったコーヒーを自分のデスクに置くとトレイを片付けに再び給湯室へ。
 そらからデスクに戻ると眼鏡を掛け仕事を再開した。

「リオ。大家さんの猫は見つかりましたか?」

 一瞬の静けさを挟み、桃は珈琲を片手に二人の仕事の首尾を尋ねた。リオを名指ししたのは陽咲は仕事をしているからだ。

「――あー、おん」

 すっかりゲームに夢中なリオはこっちの話を聞いているのか分からないような返事をした。

「聞いていますか?」
「――あー、おん」

 だがそれはただ言葉を発しているだけで返事とは言えなかった。

「リオ。適当に返事するのは止めてください」
「――あー、おん」
「はぁ、全く……。蘭玲」

 蘭玲は食べていたお菓子を口に咥えると右手で拳を握りリオの腕へ一撃。

「ぃって! なにすんだこのやろ!」

 突然の肩パンにリオは睨みつけながら体ごと蘭玲の方を向いた。

「あなたが紛らわしい返事ばかりするからでしょう。聞いてないのに何か聞こえたからと言って適当に返事しないでください」
「わりぃわりぃって」

 リオは謝りながらゲーム機を隣に置こうとするがソファに着陸する前に蘭玲が受け取った。

「それで。なんの話だっけ?」
「大家さんの猫は見つかりましたか?」
「それがよ。二日も探し回ったってーのに結局は家に居たんだぜ? マジであのばーさん信じられんわ」
「無事見つかったのならよかったです」
「しかもこれがタダ働きって考えたら溜息が止まらねー。なぁ、陽咲」

 リオに話を振られ陽咲は目の前に浮かんでいた半透明の画面を払うように横にずらした。

「私は色々な所を探し回るのも楽しかったですよ。それに猫ちゃんが無事でよかったですし。あと、お茶と茶菓子も頂いたのでタダ働きじゃなかったですよ」
「それは報酬とは言わねーよ」
「あなたも大家さんにはお世話になっているのですからたまにはいいじゃないですか」
「まぁ、そーだけどな」

 するとまだ納得いってなさそうなリオの肩を叩き隣の蘭玲が呼んだ。

「ねぇ、これどうやんの?」

 そう言ってゲームの画面を見せる。それに対しリオはそんなことかと言いたげに教え始めた。

「そういえば、お二人が戻って来る前にルチアーノさんがいらしてましたよ」

 仕事に戻ろうとした陽咲はだったが手を止めると思い出したと桃にそれを伝えた。

「珍しいですね」
「近くを通ったついでに寄ったそうです。ですがお忙しいようで伝言だけ残して行ってしまいました。『忘れずに結末を聞かせろよ』だそうです」

 あまり似てはいなかったもののルチアーノの真似をして伝言を伝えた陽咲の表情はいたって真面目だった。

「では今夜にでも彼の店に行きますかね」
「おっ! いいねぇ。俺も行く」

 蘭玲にゲームのことを教えていたリオは機嫌良さそうな表情を浮かべながら桃へ顔を向けた。

「ではそれは夜ということで私はそれまで出てきます」
「おう。また図書館か?」
「はい。まだ調べてない文献がありますので」

 デスクから立ち会がった桃は刀は持たずにドアへと歩き出した。

「では何かあれば連絡をいれてください」
「分かりました」

 それにはすっかり蘭玲と共にゲームに夢中になったリオではなく陽咲が手を止め返事をした。

「いってらっしゃい」

 ドアを開け外に出て行く桃を陽咲の声だけが見送る。
 それからその日は一日中AOFに来客は訪れず、桃は夜まで国立図書館で過ごした。

 そして夜になれば事前にルチアーノへ連絡を入れしていた約束通り、エリアLのArodiを桃はリオと共に訪れていた。
 VIP席の円形ソファでお酒を呑むリオ、桃、ルチアーノの三人。それに加え桃とルチアーノ間にマリ、リオと桃の間に黒髪のショートヘアに童顔の女性ルミが座っていた。るみの見た目は人間と殆ど変わらなかったが、一見しただけで分かるような異なる部分が一つ。それは頭の上に生えた犬耳。
 片足を胡坐をかくようにソファに乗せ、重心を桃へと向けていたマリはお客というより友人としてラフな感じで座っていた。
 そんなリオ、桃、ルチアーノの前にはお酒の入ったグラス。マリの前にはお酒とソフトドリンクの入ったグラスとコップ。ルミの前にはソフトドリンクの入ったコップが置いてある。そしてテーブルの上にはフルーツの盛り合わせやおつまみなどが乗った皿がいくつか置いてあった。

「……というのが今回の結末ですよ」

 望む通り事件の結末を聞かせた桃だったがルチアーノはあまりいい反応ではなかった。それはどこか落胆したような様子。

「話としては思ったよりつまらんな」
「何事もなく無事解決できてよかったじゃないですか」
「にしてもそこまでやるか? ふつー」
「殺人に発展しなかっただけでも少しばかりはマシというやつですよ。本人自身、あの娘を無事に帰す気もあったようですし」
「でもどうしてその子だけを攫ったんですかね? 他の入賞しそうな子も攫えば一位だって取らせてあげられるじゃないですか」

 ルミは空になったリオのグラスにお酒を注ぎながら疑問を口にした。

「それはさすがに複数の子が同時に被害にあったら怪しいからだろ」
「それもあると思いますが、恐らく瑠璃さんが息子さんと比べて練習量が少ないのにも関わらず息子さんよりいい成績を取っていたからではないでしょうか」
「勝手な嫉妬のせいでターゲットにされちまったのかよ。可哀想だな」
「他にも要因はあるかもしれませんが私には分かりません」

 桃はそう言うとグラスに手を伸ばしウィスキーを一口。分からない。そう言ったものの正直なところは知りたいとすら思っていなかった。細かな動機など犯人の詳細を普段から必要以上に聞かないのは、どういう経緯を経て事件が起こったのかということに興味が無いという部分の他に、起こってしまった事件を一秒でも早く解決してあげたいという考えがあったからだった。
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