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第四章 神様の余命
神様の余命5
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「何回か言ったけど鍵を見つける為には心で強く求める必要がある。乃蒼ちゃんは鍵が欲しい?」
「うん」
「どうして?」
「助けたいから」
「誰を?」
「真君」
「じゃあ真口神を助けてあげる為にも強く、心の底から鍵が欲しいって思うんだ。さぁ、願って」
私は言われた通りちゃんと願った。真口様を助けたいと。その為に鍵が欲しいって。
だけど何かが変わった気はしなかった。
「今君は真口神を助けたいから鍵が欲しいって思ってる。それじゃあ駄目。それじゃあ君の強い想いの大部分は真口神に向いてることになる。鍵じゃないんだ」
「だってそうだもん」
彼の言葉に私は目を開けてそう言い返した。言葉通り私は鍵が欲しいんじゃなくて真口様を助けたいんだ。それは何を言われても覆る事は無い。
「分かるけど、それじゃあ見つからないんだ」
「でも――」
「おっけ。ならこうしよう。目を瞑って」
再び私の視界から寿々木さんが消え、その声だけが聞こえてくる。
「まず思い出してみて真口神と出会った時を。どうだった?」
「神様と初めて会ったの。嬉しかった。あとね。モフモフしてた」
感覚まで鮮明に思い出せる。思わず私は笑みを零した。
「それから君は彼とどうした?」
「いっぱい遊んだ」
「どうだった?」
「すっごく楽しかった」
まるで映画の上映のように私の瞼裏には真口様との想い出が流れていた。森を駆けたり、川で遊んだり、素敵な景色を見せてもらったり。どれも忘れられない、今までのどの夏よりも最高な想い出。また来年もここに来た時にはこうやって遊べたらいいなって心から思ってる。
「でも真口神は死にそうだ。酷く弱ってて今も洞窟で辛い思いをしてる」
だがついさっきまでは楽園のような景色が浮かんでいたにも関わらず、その言葉でそれは一変した。
「昨日最後に会った時はどうだった?」
「少し元気だったけど……」
「それでも最初の頃よりは元気が無かった?」
声の代わりに頷く。
「それは封印が解けたからだ。一体誰が解いた?」
寿々木さんの声は突然、低めになり口調からも穏やかさが少し消えた。
「私」
「封印の中に居れば彼は数百年前と変わらず無事でいられた。なのに君は封印を解いた。なんで?」
私の中で昨日を思い返すように恐怖と不安が湧き上がり始める。それを堪えながら私は質問に答えた。
「神様に会ってみたかったから」
「つまり単なる我が儘だ。その所為で真口神は死へと向かってる。段々と力を失い、弱り、最後は消えていく。封印が解かれたばっかりに」
さっきまで森を駆ける狼の姿やお墓を探して回った人の姿、一緒に遊んだ真口様の姿が映っていたのに。今は元気がなく洞窟でじっと動かない真口様しか思い浮かべられなかった。声は小さくて弱々しく、微かに開いた目は虚ろ。最初の頃の真口様とは大きく変わってしまっていた。
「真口神が死ぬのは――君の所為だ」
その言葉は私の中に深く突き刺さった。同時にその瞬間、両頬をなぞられるのを感じた。目から一本の線を引くように何度も頬を流れ落ちていく。喉には何かが詰まったような感じがして、息がしずらい。
――内から溢れ出すそれを私は止めることが出来なかった。
そして彼の言葉が私の中で何度も何度も繰り返される。まるで私を責め立て怒鳴りつけるかのように。この時私は自分で思うのと人に言われるのは違うということを知った。人に言われる事でより顕著にそれを感じてしまう。それがどんな感情であっても自分だけが思うより大きく強く感じさせられ、そしてそれは間違いなかったんだと思い知らされる。
今回の場合は逃げ場が無くなったような感じだった。逃れる事が出来ない闇は罪悪感や混乱や全ての感情を呑み込み――ただただ怖い。
「……ごめんなさい。……ごめんなさい。ごめんなさい」
私はどうする事も出来ず、ただ只管に謝る事しか出来ない。
真口様が大好きだった分。真口様の変化を間近で見た分。私の中の罪悪感は大きかった。不安と恐怖と罪悪感と。私の中に収まり切らなかった分が今も両目から溢れ出しては頬を流れ落ちていく。何かに突っかかりながらも大きく何度も繰り返される呼吸は辛うじて酸素を取り込んでいた。
そしてそれらを包み込む闇は深く、暗い。
静かで。冷たくて。一人ぼっちで。怖くて。怖くて。怖くて。
私はもう――。
「まだ大丈夫」
それは今まで通りの優しい寿々木さんの声だった。光の様に差し込む柔らかな声。
「真口神を助けたいでしょ?」
「ぅん」
まだ涙に濡れた声で私は唸るように答えた。
「じゃあその想いと同じように鍵を求めるんだ。彼を助けたい。彼はすぐそこにいる」
言葉に導かれたのかいつの間にかそこには真口様がいた。でもどこか遠くへ行ってしまいそうな気がする。
「彼はまだ助かる。手を伸ばして。そこにいる彼に手を伸ばすんだ」
私は右手を伸ばした。
「もうすぐ届く」
ゆっくりと近づいていく私の手。
「でも彼を助ける為にはそれが必要なんだ。鍵が。大丈夫。ちゃんとそこにある」
いつしか真口様は一つの鍵へと姿を変えていた。
「彼を助けよう。君が助けるんだ。封印を解いてしまった君自身がその鍵を掴むんだ」
指がゆっくりと曲がっていくのを感じる。
「――さぁ手に取って」
私は瞼を時間をかけて開いた。目の前には寿々木さんと強く握りしめた右手。視界は僅かにぼやけてる。
でもそれだけ。それ以外は何も変わってない。
「私――」
すると言葉を遮るように一匹のカブトムシが私の左手に止まった。それは私がこの森で唯一見た生き物。鳥も鹿も猪も熊も虫も。何も見た覚えがないこの森で唯一見て触れた事のある生き物だった。あの不思議なカブトムシ。
そんなカブトムシへ戸惑いの眼差しを向けていると、それは突然だった。眩いばかりの光が視界一杯に広がる。思わず目を閉じ腕で目を守りながら顔を背けた私。
だがその光はすぐに収まり掌には先程までとは違った感触が残されていた。戸惑いの連続で何が何だか分からなかったがとりあえず私は自分の(カブトムシが乗ってきた)手へ視線を戻した。
そこにはカブトムシに代わり一本の古い鍵が置いてあった。先端の横方向への突起物がカブトムシの角と同じ三叉をしたレバータンブラー錠。これがずっと探し求めていた鍵。何故かそれは言われるまでも無く確信的な何かが胸の中にはあった。
「これだ……。これだよ!」
不意の出来事に唖然としていると寿々木さんは長年探し求めた宝を見つけたように力の籠った声を出し、鍵を真っすぐ見つめ手を伸ばし始めた。
だが直前で触れるのを止めるとそっと私の手を閉じ鍵を握らせた。
そしてそのまま私と目を合わせると残り香のように頬を流れる泪を手で拭い眉を顰めた。
「酷い事を言ってごめんね」
まだ泪の雫は一滴二滴と流れ、喉の突っかかりは小さくなったとはいえまだそこにいた。
だけど鍵を見つける為にあんな事を言った(しかもどれも私にとっては事実だ)寿々木さんを責める理由はどこにもない。
私はまだ乱れている呼吸に合わせ鼻を啜りながら彼に抱き付き、強く抱き締めた。胸の内に残る不安と恐怖を追いやってくれる安心感を求めて。
「君はとっても強い子だ。偉いよ。これで神様を助けてあげられる」
頭を撫でられながら褒められ段々と落ち着きを取り戻し始めた私はゆっくりと寿々木さんから離れた。
「大丈夫?」
「うん」
「それじゃあそれは仕舞っておいてね。落としたら大変だ」
彼にそう言われ私はずっと握り締めていた鍵をショルダーポーチにしっかりと仕舞った。
「よし。良い子だ」
すると突然――その言葉の直後、全身から力が一気に抜け眠りに落ちるように瞼が視界を遮った。
「うん」
「どうして?」
「助けたいから」
「誰を?」
「真君」
「じゃあ真口神を助けてあげる為にも強く、心の底から鍵が欲しいって思うんだ。さぁ、願って」
私は言われた通りちゃんと願った。真口様を助けたいと。その為に鍵が欲しいって。
だけど何かが変わった気はしなかった。
「今君は真口神を助けたいから鍵が欲しいって思ってる。それじゃあ駄目。それじゃあ君の強い想いの大部分は真口神に向いてることになる。鍵じゃないんだ」
「だってそうだもん」
彼の言葉に私は目を開けてそう言い返した。言葉通り私は鍵が欲しいんじゃなくて真口様を助けたいんだ。それは何を言われても覆る事は無い。
「分かるけど、それじゃあ見つからないんだ」
「でも――」
「おっけ。ならこうしよう。目を瞑って」
再び私の視界から寿々木さんが消え、その声だけが聞こえてくる。
「まず思い出してみて真口神と出会った時を。どうだった?」
「神様と初めて会ったの。嬉しかった。あとね。モフモフしてた」
感覚まで鮮明に思い出せる。思わず私は笑みを零した。
「それから君は彼とどうした?」
「いっぱい遊んだ」
「どうだった?」
「すっごく楽しかった」
まるで映画の上映のように私の瞼裏には真口様との想い出が流れていた。森を駆けたり、川で遊んだり、素敵な景色を見せてもらったり。どれも忘れられない、今までのどの夏よりも最高な想い出。また来年もここに来た時にはこうやって遊べたらいいなって心から思ってる。
「でも真口神は死にそうだ。酷く弱ってて今も洞窟で辛い思いをしてる」
だがついさっきまでは楽園のような景色が浮かんでいたにも関わらず、その言葉でそれは一変した。
「昨日最後に会った時はどうだった?」
「少し元気だったけど……」
「それでも最初の頃よりは元気が無かった?」
声の代わりに頷く。
「それは封印が解けたからだ。一体誰が解いた?」
寿々木さんの声は突然、低めになり口調からも穏やかさが少し消えた。
「私」
「封印の中に居れば彼は数百年前と変わらず無事でいられた。なのに君は封印を解いた。なんで?」
私の中で昨日を思い返すように恐怖と不安が湧き上がり始める。それを堪えながら私は質問に答えた。
「神様に会ってみたかったから」
「つまり単なる我が儘だ。その所為で真口神は死へと向かってる。段々と力を失い、弱り、最後は消えていく。封印が解かれたばっかりに」
さっきまで森を駆ける狼の姿やお墓を探して回った人の姿、一緒に遊んだ真口様の姿が映っていたのに。今は元気がなく洞窟でじっと動かない真口様しか思い浮かべられなかった。声は小さくて弱々しく、微かに開いた目は虚ろ。最初の頃の真口様とは大きく変わってしまっていた。
「真口神が死ぬのは――君の所為だ」
その言葉は私の中に深く突き刺さった。同時にその瞬間、両頬をなぞられるのを感じた。目から一本の線を引くように何度も頬を流れ落ちていく。喉には何かが詰まったような感じがして、息がしずらい。
――内から溢れ出すそれを私は止めることが出来なかった。
そして彼の言葉が私の中で何度も何度も繰り返される。まるで私を責め立て怒鳴りつけるかのように。この時私は自分で思うのと人に言われるのは違うということを知った。人に言われる事でより顕著にそれを感じてしまう。それがどんな感情であっても自分だけが思うより大きく強く感じさせられ、そしてそれは間違いなかったんだと思い知らされる。
今回の場合は逃げ場が無くなったような感じだった。逃れる事が出来ない闇は罪悪感や混乱や全ての感情を呑み込み――ただただ怖い。
「……ごめんなさい。……ごめんなさい。ごめんなさい」
私はどうする事も出来ず、ただ只管に謝る事しか出来ない。
真口様が大好きだった分。真口様の変化を間近で見た分。私の中の罪悪感は大きかった。不安と恐怖と罪悪感と。私の中に収まり切らなかった分が今も両目から溢れ出しては頬を流れ落ちていく。何かに突っかかりながらも大きく何度も繰り返される呼吸は辛うじて酸素を取り込んでいた。
そしてそれらを包み込む闇は深く、暗い。
静かで。冷たくて。一人ぼっちで。怖くて。怖くて。怖くて。
私はもう――。
「まだ大丈夫」
それは今まで通りの優しい寿々木さんの声だった。光の様に差し込む柔らかな声。
「真口神を助けたいでしょ?」
「ぅん」
まだ涙に濡れた声で私は唸るように答えた。
「じゃあその想いと同じように鍵を求めるんだ。彼を助けたい。彼はすぐそこにいる」
言葉に導かれたのかいつの間にかそこには真口様がいた。でもどこか遠くへ行ってしまいそうな気がする。
「彼はまだ助かる。手を伸ばして。そこにいる彼に手を伸ばすんだ」
私は右手を伸ばした。
「もうすぐ届く」
ゆっくりと近づいていく私の手。
「でも彼を助ける為にはそれが必要なんだ。鍵が。大丈夫。ちゃんとそこにある」
いつしか真口様は一つの鍵へと姿を変えていた。
「彼を助けよう。君が助けるんだ。封印を解いてしまった君自身がその鍵を掴むんだ」
指がゆっくりと曲がっていくのを感じる。
「――さぁ手に取って」
私は瞼を時間をかけて開いた。目の前には寿々木さんと強く握りしめた右手。視界は僅かにぼやけてる。
でもそれだけ。それ以外は何も変わってない。
「私――」
すると言葉を遮るように一匹のカブトムシが私の左手に止まった。それは私がこの森で唯一見た生き物。鳥も鹿も猪も熊も虫も。何も見た覚えがないこの森で唯一見て触れた事のある生き物だった。あの不思議なカブトムシ。
そんなカブトムシへ戸惑いの眼差しを向けていると、それは突然だった。眩いばかりの光が視界一杯に広がる。思わず目を閉じ腕で目を守りながら顔を背けた私。
だがその光はすぐに収まり掌には先程までとは違った感触が残されていた。戸惑いの連続で何が何だか分からなかったがとりあえず私は自分の(カブトムシが乗ってきた)手へ視線を戻した。
そこにはカブトムシに代わり一本の古い鍵が置いてあった。先端の横方向への突起物がカブトムシの角と同じ三叉をしたレバータンブラー錠。これがずっと探し求めていた鍵。何故かそれは言われるまでも無く確信的な何かが胸の中にはあった。
「これだ……。これだよ!」
不意の出来事に唖然としていると寿々木さんは長年探し求めた宝を見つけたように力の籠った声を出し、鍵を真っすぐ見つめ手を伸ばし始めた。
だが直前で触れるのを止めるとそっと私の手を閉じ鍵を握らせた。
そしてそのまま私と目を合わせると残り香のように頬を流れる泪を手で拭い眉を顰めた。
「酷い事を言ってごめんね」
まだ泪の雫は一滴二滴と流れ、喉の突っかかりは小さくなったとはいえまだそこにいた。
だけど鍵を見つける為にあんな事を言った(しかもどれも私にとっては事実だ)寿々木さんを責める理由はどこにもない。
私はまだ乱れている呼吸に合わせ鼻を啜りながら彼に抱き付き、強く抱き締めた。胸の内に残る不安と恐怖を追いやってくれる安心感を求めて。
「君はとっても強い子だ。偉いよ。これで神様を助けてあげられる」
頭を撫でられながら褒められ段々と落ち着きを取り戻し始めた私はゆっくりと寿々木さんから離れた。
「大丈夫?」
「うん」
「それじゃあそれは仕舞っておいてね。落としたら大変だ」
彼にそう言われ私はずっと握り締めていた鍵をショルダーポーチにしっかりと仕舞った。
「よし。良い子だ」
すると突然――その言葉の直後、全身から力が一気に抜け眠りに落ちるように瞼が視界を遮った。
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