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第一章 人喰い神獣
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だけど階段の中腹辺りで立ち止まった私は様子を伺うように一度後ろを振り返った。当然ながらもうそこに天笠さんの姿はない。言い訳をするのなら子どもは我慢が苦手で欲望に忠実だと言う事。少なくとも私はそうだったのかも。
だから階段を外れて木々が自然のまま生える整備の行き届いていない、所謂、獣道に入った。
そして誰にも見つからぬように神社をぐるりと回ると丁度あの門の向こう側に辿り着くことができた。もちろん分かってて進んだじゃなく、ただ適当に進んだら運よく辿り着いただけ。
門の向こう側には一応ちゃんとした道が伸びており私はその道に沿って歩いてゆく。それはちゃんと誰かを導く為の道だったが、その周りは手入れなどされてなくて荒れ放題。
暫く私の背ぐらい伸びた雑草と空を覆うような木々に挟まれた道を進み行きついたのは、一つの洞窟。木漏れ日の散らばる大きく開いた入り口の先は真っ暗で何も見えない。
だけどそれ以上に目を引く物がそこにはあった。それは洞窟の入り口を塞ぐように掛けられた緩い弧を描く一本の注連縄とそこに貼られた無数のお札。その雰囲気は木漏れ日も相俟って神秘的というか不気味というか、とにかく普通と違っていた。私もそれを幼いながらも感じていたが不思議と怖いというような感情はなかった。
「ここに神様がいるのかな?」
誰に尋ねる訳でもなく呟いた私は首を傾げると入り口を見上げた。
「おーい! 神様いますかー?」
とりあえず大声で尋ねる。
だけど当たり前と言えばそうだが返事はない。
「寝てるのかな?」
もう一度首を傾げる。
そして何を思ったのか私は神様に会おうと注連縄を潜り中へ入って行ってしまった。洞窟内は真っ暗で何も見えない。一歩また一歩と踏み出す度に足音が反響するそんな洞窟を進んでいくと直感としか言いようがない感覚に足が止まった。暗闇に少し目が慣れたとは言え目の前に広がるのは依然と暗闇。
だが足を止めた直後、低い声が足音の代わりに洞窟内へと響いた。
「千代か? いや、誰だ?」
「神様?」
その声にそう尋ね返す。
すると私の声に更に反応するように左右の壁にあった松明へ火が燈り始める。順に燃える松明はあっという間に辺りを明るく照らした。
そんな松明に照らされ、私の目に映ったのは――大きな体を丸め寝転がる一匹の狼。一切汚れも穢れもない白銀の毛に覆われた大きな大きな狼だった。
「誰かと思えば小娘か。どうやってここへ来た?」
「神様なの?」
相手の質問を無視し自分の疑問を投げ掛ける私は何て自分勝手だったんだろうか。
だけどその狼は文句ひとつ言わず、答えに口を開いた。
「かつてはそうだった。勝手に神と崇められ、勝手にこの場所に封じられた」
「わぁー! 本物の神様だ!」
恐らく私は半分ぐらい話を聞き流していたのだろう。ただただ本物の神様に会えた事に嬉々とし、高ぶる感情のあまり両手を上げ喜色満面となっていた。
「神様って思ったよりモフモフなんだね」
私はそのモフモフに触りたくて神様に近づこうとした。そういう類のぬいぐるみやクッションが当時から大好きだったのだ。
「寄るな!」
それは唸るように低くドスの効いた私を怖がらせる為の声。
でも私は何故か全く怖くなかった。私は特別怖がらない子どもという訳ではなかったが(怖い話やモノを見れば一人で寝られなくなる程度には怖がりだった)どういう訳かその声には全くと言っていいほど恐怖は感じず平気だった。
でも神様の言う通りその場で足は止める。
「それ以上寄ればお前を喰ってしまうぞ」
子どもの私などひと呑みで食べてしまいそうな口では尖鋭な牙がギラりと光る。
普通なら例え大人であってもここで泣き叫び腰を抜かすか、大慌てで逃げ出すんだろう。
でも私は違かった。先ほど同様に恐怖は無く平然とした顔でこう一言。
「神様は私が怖いの?」
今となって思えば何故あんなことを言ったのだろうと恐怖すら覚える。あんな煽るようなことを言って本当に喰われてしまったらどうするつもりだったんだろうか?
自分の事ながら子どもというのは時に跳ねる歪なボールのように分からない事をする。いや、分からないのは私が大人になってしまった証なのかもしれない。
「何もしないから大丈夫だよ。ちょっとモフモフするだけだから」
もしかしたらこの時私は、セクハラ上司ばりの表情を浮かべていたのかも。
さすがの神様もそんな私に引いてしまったのだろうか? 何も言わずただ剥き出しの牙と鋭い目つきだけがこちらへ射貫くように向けられていた。
そんな状況の中、私は一歩一歩と神様へ忍び寄っていく。
実を言うとこの頃、私には巨大なぬいぐるみに思いっきり抱き付きたいという小さな(当時の私にとっては大きな)夢があった。だからその時の私の頭にはモフモフの事しかなかったのかもしれない。
そしてある程度まで近づいた私は「モフモフ~」と欲望に塗れた声を出しながら神様へ飛付いた。当然ながら私の何倍もある神様は小さな私が飛付いたところでビクともしない。
そして私は無事、滑らかでふわふわとした毛に受け止められた(というより突っ込んだ)。雲のようにふんわりとそれでいてお日様のように温かな天国や楽園と表現しても差し支えない心地好さが私を包み込む。
「モフモフだぁ。もふもふー」
すっかり全身でモフモフを味わう私。それはそれは幸せだったのを今でもよく覚えている。
だけど幸せな時間程あっという間に過ぎ去るのが世の常。
まだ物足りないのに神様の尻尾が体に巻き付くと、溢れんばかりの水が入ったコップを運ぶようにそっと私を離れさせた。
「あっ。モフモフー」
思わず物足りなさと名残惜しさ口から零れる。
一方、私を遠ざけた神様は何も言わずに反対側を向いてしまった。
「神様お昼寝しちゃうの?」
そう尋ねるが洞窟内に響いたのは私の声だけ。
暫くその姿を見ていたが、動く気配は無かったので寝てしまったんだと思った私はそこから立ち去ることにした。睡眠の邪魔をしても悪いというのもあるけど、何より暇だったから。
「じゃあまた明日も来るからね」
それだけを言い残し洞窟を後にした。
それから神主さんにバレないように神社の階段へと戻り、気の向くまま遊びへ走り出す。
だから階段を外れて木々が自然のまま生える整備の行き届いていない、所謂、獣道に入った。
そして誰にも見つからぬように神社をぐるりと回ると丁度あの門の向こう側に辿り着くことができた。もちろん分かってて進んだじゃなく、ただ適当に進んだら運よく辿り着いただけ。
門の向こう側には一応ちゃんとした道が伸びており私はその道に沿って歩いてゆく。それはちゃんと誰かを導く為の道だったが、その周りは手入れなどされてなくて荒れ放題。
暫く私の背ぐらい伸びた雑草と空を覆うような木々に挟まれた道を進み行きついたのは、一つの洞窟。木漏れ日の散らばる大きく開いた入り口の先は真っ暗で何も見えない。
だけどそれ以上に目を引く物がそこにはあった。それは洞窟の入り口を塞ぐように掛けられた緩い弧を描く一本の注連縄とそこに貼られた無数のお札。その雰囲気は木漏れ日も相俟って神秘的というか不気味というか、とにかく普通と違っていた。私もそれを幼いながらも感じていたが不思議と怖いというような感情はなかった。
「ここに神様がいるのかな?」
誰に尋ねる訳でもなく呟いた私は首を傾げると入り口を見上げた。
「おーい! 神様いますかー?」
とりあえず大声で尋ねる。
だけど当たり前と言えばそうだが返事はない。
「寝てるのかな?」
もう一度首を傾げる。
そして何を思ったのか私は神様に会おうと注連縄を潜り中へ入って行ってしまった。洞窟内は真っ暗で何も見えない。一歩また一歩と踏み出す度に足音が反響するそんな洞窟を進んでいくと直感としか言いようがない感覚に足が止まった。暗闇に少し目が慣れたとは言え目の前に広がるのは依然と暗闇。
だが足を止めた直後、低い声が足音の代わりに洞窟内へと響いた。
「千代か? いや、誰だ?」
「神様?」
その声にそう尋ね返す。
すると私の声に更に反応するように左右の壁にあった松明へ火が燈り始める。順に燃える松明はあっという間に辺りを明るく照らした。
そんな松明に照らされ、私の目に映ったのは――大きな体を丸め寝転がる一匹の狼。一切汚れも穢れもない白銀の毛に覆われた大きな大きな狼だった。
「誰かと思えば小娘か。どうやってここへ来た?」
「神様なの?」
相手の質問を無視し自分の疑問を投げ掛ける私は何て自分勝手だったんだろうか。
だけどその狼は文句ひとつ言わず、答えに口を開いた。
「かつてはそうだった。勝手に神と崇められ、勝手にこの場所に封じられた」
「わぁー! 本物の神様だ!」
恐らく私は半分ぐらい話を聞き流していたのだろう。ただただ本物の神様に会えた事に嬉々とし、高ぶる感情のあまり両手を上げ喜色満面となっていた。
「神様って思ったよりモフモフなんだね」
私はそのモフモフに触りたくて神様に近づこうとした。そういう類のぬいぐるみやクッションが当時から大好きだったのだ。
「寄るな!」
それは唸るように低くドスの効いた私を怖がらせる為の声。
でも私は何故か全く怖くなかった。私は特別怖がらない子どもという訳ではなかったが(怖い話やモノを見れば一人で寝られなくなる程度には怖がりだった)どういう訳かその声には全くと言っていいほど恐怖は感じず平気だった。
でも神様の言う通りその場で足は止める。
「それ以上寄ればお前を喰ってしまうぞ」
子どもの私などひと呑みで食べてしまいそうな口では尖鋭な牙がギラりと光る。
普通なら例え大人であってもここで泣き叫び腰を抜かすか、大慌てで逃げ出すんだろう。
でも私は違かった。先ほど同様に恐怖は無く平然とした顔でこう一言。
「神様は私が怖いの?」
今となって思えば何故あんなことを言ったのだろうと恐怖すら覚える。あんな煽るようなことを言って本当に喰われてしまったらどうするつもりだったんだろうか?
自分の事ながら子どもというのは時に跳ねる歪なボールのように分からない事をする。いや、分からないのは私が大人になってしまった証なのかもしれない。
「何もしないから大丈夫だよ。ちょっとモフモフするだけだから」
もしかしたらこの時私は、セクハラ上司ばりの表情を浮かべていたのかも。
さすがの神様もそんな私に引いてしまったのだろうか? 何も言わずただ剥き出しの牙と鋭い目つきだけがこちらへ射貫くように向けられていた。
そんな状況の中、私は一歩一歩と神様へ忍び寄っていく。
実を言うとこの頃、私には巨大なぬいぐるみに思いっきり抱き付きたいという小さな(当時の私にとっては大きな)夢があった。だからその時の私の頭にはモフモフの事しかなかったのかもしれない。
そしてある程度まで近づいた私は「モフモフ~」と欲望に塗れた声を出しながら神様へ飛付いた。当然ながら私の何倍もある神様は小さな私が飛付いたところでビクともしない。
そして私は無事、滑らかでふわふわとした毛に受け止められた(というより突っ込んだ)。雲のようにふんわりとそれでいてお日様のように温かな天国や楽園と表現しても差し支えない心地好さが私を包み込む。
「モフモフだぁ。もふもふー」
すっかり全身でモフモフを味わう私。それはそれは幸せだったのを今でもよく覚えている。
だけど幸せな時間程あっという間に過ぎ去るのが世の常。
まだ物足りないのに神様の尻尾が体に巻き付くと、溢れんばかりの水が入ったコップを運ぶようにそっと私を離れさせた。
「あっ。モフモフー」
思わず物足りなさと名残惜しさ口から零れる。
一方、私を遠ざけた神様は何も言わずに反対側を向いてしまった。
「神様お昼寝しちゃうの?」
そう尋ねるが洞窟内に響いたのは私の声だけ。
暫くその姿を見ていたが、動く気配は無かったので寝てしまったんだと思った私はそこから立ち去ることにした。睡眠の邪魔をしても悪いというのもあるけど、何より暇だったから。
「じゃあまた明日も来るからね」
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