BLOOD RAIN

佐武ろく

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「そこまでだ」

 その声は空切の背後から割り込んできた。彼女は足を止めると、そのままくるっと視線を後ろの方へ。
 そこに居たのは、ハンドガンを構えたマルドだった。更にその後ろには五名のスーツを着た部下がマシンガンを構えている。そしてそこには両手を上げるラウルの姿も。
 マルドは五人の部下を背後に空切と距離を置いた正面で立ち止まり、ラウルは彼女の横へ。

「全く。番犬も出来ないなんてダメな子ね」

 銃を向けられながらも悠々とした様子の空切は、隣で両手を上げ続けるラウルへ溜息を零した。

「ご主人からは待てと言われてましたので」
「少しは自分の考えで動いて欲しいものだわ」
「お喋りはそこまでだ」

 マルドの言葉にラウルは返事をせず、そこで会話は終わりを迎えた。

「さて。この状況、どうしたものか……」

 わざとらし口調でそう言うとマルドは二人の間から奥の中佐を覗き込んだ。

「お前を助けてやってもいいぞ中佐。その代わり俺の下につけ。ファミリーに入る必要は無い。いや、働き次第では迎え入れてもいいがな」

 ニヤリ、嫌な笑みが浮かぶ。

「なるほど。そう言う事でしたか」

 納得したと話し始めたラウルだったが、マルドに銃を向けられ口を噤むと代わりに依然と上げ続けていた両手を更に少し上げて見せる。
 すると二人の背後から鼻で笑う声が聞こえた。

「報酬は?」
「この状況で金か。安心しろ。仕事をすれば相応の額をくれてやる」
「ならいいだろう」
「偉そうに」

 マルドは小さく呟くと銃口を空切へと向けた。

「そう言う事だ。悪いな――やれ」

 その言葉を合図にマルドを含め五名の部下は一斉に引き金を引いた。部屋中を縦横無尽に駆け回る銃声。
 だがマルドの言葉と共に動き出した人物はもう一人いた。言葉の後、ラウルは空切の前へと飛び出していたのだ。身を回転させながら彼女と向き合うように間へと割り込むラウル。直後、彼は一人でその銃弾の嵐を全て受け止めた。
 背中に空いた無数の穴から溢れる血がベストを濡らしシャツをを染め上げていく。両肩に手を添えられながら空切は口から血を流すそんな彼をただじっと見上げていた。
 そしてラウルはニッコリ口角を上げて一言。

「ワン」

 その言葉に空切は笑みを返しながら彼の頬へと手を伸ばした。

「良い子ね」

 そして銃声の止んだ寂しげな部屋の中で、ラウルは最後の力を振り絞るように身を翻しては彼女を避けそのまま背中から地面へと倒れていった。

「安心しろ。お前もすぐにアイツ――」

 銃を向けたまま余裕の笑みを浮かべるマルドだったが、空切は彼の言葉を待たずして刀を投げ飛ばした。矢のように直線を描き飛んでいった刀は見事のマルドの頭部に命中。
 部下が目を見張り動揺する中、柄を握った空切はそのまま横へ切り裂きながら刀を抜くと流れる動きで首を斬り落とした。
 その光景でようやく我に返った部下は一斉に空切へと銃を向ける。
 だが彼女は首を失った体を盾にしその銃弾の雨を凌いだ。そしてその状態で接近していくと、体を投げ捨て一人また一人と部下も斬り捨てていった。
 それはあっという間の出来事。つい先程までこの場を掌握していたと思われていたマルド率いるカノーチェファミリーが、今となっては屍と化し地面に転がっている。その六人分の血液で出来た大きな血溜まりは、まるで絨毯のように地面を覆っていた。
 そして僅かに粘着質な液体を踏む足音を立て、空切はラウルの横を通り過ぎると血の滴る刀を右手に中佐の元まで足を進めた。

「あんなことを豪語しながらあっけないものだ」
「安心して君はちゃーんとあたしの手で終わらせてあげるから」

 言葉の直後、返事代わりのように中佐の二本の触刃手が左右から空切へと襲い掛かる。しかしそれは一瞬の内に斬り捨てられ刃を失った触刃手は力なく地面へと落ちていった。
 そしてゆっくりと振り上げた刀を顔横で構える空切。
 するとその時――彼女が刀を振り下ろすより先に中佐の影から更にもう一本の触刃手が飛び出してきた。

「それはもう飽きたわ」

 だが冷めた口調で呟いた空切はそれが自分へと届く前に他の二本と同じように斬り落とした。

「別に四本目も五本目もあっていいけど、意味ないわよ」

 切先の峰部分で顎を持ち上げ自分を見上げさせると彼女は忠告のようにそう告げた。

「それと、それをするならもう一本の腕も無くなっちゃって余計に痛い思いすることになるだけよ?」

 もはや心配そうな空切だったが、中佐は彼女の忠告を無視し握ったナイフを振り始める。
 だが言葉通りナイフが彼女の血を浴びることは無く、握られたまま腕ごと宙を舞った。交じり合う金属と肉の落下音を他所に堪え切れない分の唸り声が微かに響く。
 そして全身に力を入れ少し顔を俯かせた中佐を見下ろしながら、空切は刀を振り上げる。

「久々に楽しかったわ。ありがとう」

 お礼に顔を上げる中佐は最早、彼女を見上げる事しか出来なかった。
 そして今度こそ何にも邪魔されず――空切の一刀はその首を撥ねた。
 それから流れるように血払いしながら振り返った空切は、重さと液体の落ちる音を背に歩き出しラウルの元へと足を進めた。
 立ち止まり仰向けで小さな血溜まりの中に倒れるラウルを見下ろす空切。ただじっと双眸を閉じ、倒れているラウルを彼女は見つめ続けた。何を想い――何を感じているのか数秒の間、空切はまるで時間が止まったようだった。
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