BLOOD RAIN

佐武ろく

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 だが決して空切にとって優勢とは言えないその状況は余り長く続かなかった。
 スクルスの一振りを躱した先で絶触の攻撃を更に躱した空切は、そのまま二人と大きく間合いを空けた。

「片方が斬れないのは思った以上に面倒ねぇ」

 溜息交じりで腰に手を当てた空切は、そう言うと刀を肩に担いだ。

「君もたまには手伝ったらどう? いつも見てばかりいないで」

 すると視線は二人へ向けたまま誰に言っているのか空切は大きめの声を出した。
 だがそれに対する返事はない。

「さっさと片付けるぞ」
「殺す! 殺す!」

 そして小さく飛び跳ねる絶触を他所に一足先に接近するスクルス。そのまま動かない空切へと振り上げた拳を叩き付けようとしたが――明らかに空切ではない何かが、スクルスの顔面へ横から強烈な一撃を喰らわせた。
 頬に減り込む革靴を履いた足――それはラウルだった。不意の横槍ならぬ横足に防御すらままならなかったスクルスは、無抵抗で蹴り飛ばされ空切の前から消えるとそのまま暗闇の中へ。
 一方、その場に着地したラウルは帽子を直しながら空切へ視線を向けた。

「僕はただお邪魔しないようにしてるだけですよ。今回もあなたをここまで運んでずっと見守ってましたから」

 そう言ってラウルは上を指差した。

「そう。なら今回は特別に遊ばせてあげる」
「では、僕はあの大きい方を」
「分かってるじゃない」
「ですが最後はお願いしますよ。じゃないと割に合わないので」
「それまでいい子に遊んでるのよ」

 その言葉を耳にしながらラウルは暗闇へと足を進め消えていった。

「早く! 殺す! 早く! 殺す!」
「そう焦っちゃダメよ。じっくり楽しまなきゃ」

 だが絶触は背中の舌を二本、空切の言葉の途中で聞いていないと返すように伸ばした。左右の上方からそれぞれ挟み込むような舌。それを手遅れの一歩手前という針の穴を通すようなタイミングで躱した空切は、そのまま絶触との間合いを詰め始めた。
 絶触はそんな彼女へ更に背中の舌を伸ばしていく。
 一歩一歩着実に距離を縮めていく空切へ、正面から襲い掛かる二本の舌。だがそんな正々堂々とした舌をどうにか出来ない訳も無く、空切はまず一本。刀で弾くと、そのままもう一本も弾き飛ばし足を止める事なく更に間合いを詰めて行った。
 しかし二本目を弾いた直後、依然と止まらぬ空切を狙い残り二本の舌が鋏のように左右から襲い掛かる。
 それを地を蹴り上空へ躱した空切は、刀を構え一気に絶触の元へ。そのまま刀を振り下ろそうとしたが、絶触は大口を開くと口中から本体とでも言うのか舌を弾丸のように突き出した。
 咄嗟にそれを刀で受けるが、その衝撃を耐える事の出来ない空中の空切はそのまま突き飛ばされてしまった。空中を強制的に後退した彼女は、クルッと身を回転させ体勢を立て直しては着地。ゴール直前で振出しに戻され最初の場所へ。
 するとその時、ライトに照らされた部分を除き真っ暗闇だった倉庫内へ天井の照明より光が降り注いだ。一瞬にして全体が見渡せるようになり空切の目には、絶触越しに向こうのドア付近で戦うラウルの姿が映った。

「ダメじゃない。ちゃんと我慢しなくちゃ」

 一人そう呟いた空切は視線を絶触へと戻すや否やその間合いを詰め攻撃を仕掛けた。
 一方で空切の視線先で今正に戦闘を繰り広げていたラウルだったが、彼はただ只管にスクルスの攻撃を躱し続けているだけ。殴られ屋宛ら向かってくる拳を時に間一髪で、時に悠々と躱して避けるだけだった。それはまるでひらり舞い散る花弁を掴もうとするかのよう。
 しかも直後に攻撃へ転じる事も可能だったはずだが、ラウルはただ帽子が落ちぬよう気にしながら直接的な攻撃は一切していない。
 だが逃げ続けるラウルをスクルスの手がついに捕らえる。それは連打の中に生じた僅かな隙というよりタイミングのズレ。それを突きスクルスの手は足首を犇と掴んだ。
 そしてそれまでの鬱憤を晴らす様にスクルスは、ラウルを壁へと思いっきり投げ飛ばした。まるで玩具でもを投げるか如く、ラウルの体は壁へと一弾指。
 ラウルは壁へ激突し瞬く間に埃塵へと呑み込まれた。その轟音からもかなりの衝突だったことは想像に難くない。

「やれやれ。あまりやり過ぎても怒られてしまいそうですし」

 だが大きく凹んだ壁から立ち上がったラウルは平然としていた。溜息交じりで愚痴るように一人呟き服の汚れを叩き落とす程には。
 すると彼は身嗜みを整える手を止め、身を守る為に腕を顔前へ。それを伸びてきたスクルスの手が握り締めた。

「これは……やってしまいましたね」

 彼の言葉の後、スクルスが手を握り締めるとその握力にラウルの腕は嫌な音を立てた。折れるというよりそれは砕ける。
 直後、その場でひと跳びしたラウルは上手く足と体を使って勢いをつけた蹴りをスクルスへとお見舞い。初めて攻撃を仕掛けた。偶然にも最初と同じ頬を蹴り飛ばされるとその大きな体はラウルの腕を手放し、彼の前から一瞬にして消え去った。
 一方で宙からその場に戻って来たラウルは自分の腕を見遣る。服で皮膚の状況は見えなかったが、確認するまでも無く握られた箇所から先が釣り糸を失った傀儡の腕のようにぶらり垂れ下がり、指先からは鮮血が滴っていた。明らかに無事とは言い難く、当然と言うべきか感覚もない。

「痛いのは苦手なんですけどねぇ」

 溜息交じりで腕を眺めながら呟くラウルは怪我の具合に比べれば沈着としていた。
 すると、そんな彼の視線を浴びながら突如、腕が独りでに動き出す。奇っ怪な動作で一人世界を逆走するように、在るべき位置へと戻っていった。そしてあっという間にとぼけ顔でもするように肘から一直線、平然と伸びる腕。感覚もしっかりとありラウルが握ろうとすれば手は拳を握った。

「でもまぁほんの一瞬程度なだけマシですね」

 改めて腕を確認するが、折れているどころか血一滴すらない。腕は完全に元通りとなっていた。
 そんなラウルの前へ首を左右へ曲げながら戻って来たスクルスにも特にダメージの類は見当たらない。

「あれは不可抗力ですよ」

 仕方が無いそう言いたげなラウルへ無言のままスクルスは拳を振り上げた。
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