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 ドアから顔を覗かせ廊下を確認してみるがそこにはもう人の姿は無かった。

「あの様子だとお坊ちゃまの寝室は知らない」

 でも辿り着くのも時間の問題。私はその前に片を付けようと――お坊ちゃまを起こしてはならないと自分に言い聞かせた。最悪でも不安がらせるような事はあってはならいと。心に刻み込んだ。
 そして片を付ける為に部屋を出る。


 廊下を慎重に進む九人の男たち。先頭の男が一人、流れるようにドアを開け中へ入った。初めに部屋全体を見回し更に足を踏み入れる。警戒を怠らない男の背後で閉まるドア。そのドアの陰に潜んでいた私は男が見えると横から銃を蹴り上げた。宙を舞う銃、私を横目で確認する男。
 だが男が私へ反撃をしよとした時には既に懐に潜り込み手を口へクナイを心臓へ突き刺した。私の腕を掴む男の体を押し当て最後の一押しだったドアを静かに閉める。段々と抵抗する力が無くなっていきドアで背中を滑らせながら座り込んだ男の脈が無い事を確認した私は、無音でもうひとつのドアへと急ぐ。


 そしてドアへ着くと耳を当て廊下を通る足音を聞いた。双眸を閉じ聴力へ意識を集中させる。どれだけ小さくしたところでその足音は良く聞こえた。まるでドアを透かして見えているかのように状況が分かる。
 そして私はタイミングを見計らいドアを開けると最後尾の男を静かに引きずり込んだ。口は塞いだまま静かに閉まっていくドアから数歩離れるとクナイで喉を一閃。一瞬にして命の燈火を消した。

「あと十」

 それからも私は闇夜の静寂に紛れながら掃除をしていった。一人また一人とホラー映画のように尻尾の一人を連れ去る。

「九」

 手早く的確に急所へ打撃を与え気絶させて、

「八」

 紐状のモノを使い首を絞めながら。仲間が減っていく度に更に警戒を強めるが同時に彼らの中には恐怖が生まれてくる。姿を見られないよう一人ずつ掃除するのはその為でもあるのだ。

「七」

 そして重要なのはいかに沈黙を厳守し手早く集団の中から消すか。

「六」

 でも思ったより時間が掛かり、そして思ったより彼らは鼻が利いた。


【私がメイドとしてお仕えすると決定した際、私は絶対にしてはいけない事を釘を刺されて言われた。それは、お坊ちゃまに怖い想いをさせないという事である。正統な次期当主であるお坊ちゃまを手に掛けこのままウォランス家を衰退させようと企む者がいることは既に予測済み。その者たちからお坊ちゃまをお守りするのは当然だが、自分が命を狙われていると知ってしまったり実際に襲われてしまうとまだ幼いお坊ちゃまは深く傷ついてしまう可能性がある。お父様やお母様がいらっしゃらない分、悲しい想いをされているお坊ちゃまをこれ以上、傷つけたくはないという皆様の想い。その為、私は脅威があろうともそれをお坊ちゃまに知られぬまま排除するよう言い付けられている。お坊ちゃまが伸び伸びと楽しくご成長できるようにしなければならないのだ】


 お坊ちゃまの寝室前に集まった六つの影。
 私はそのドアを開けさせてはならないと急いで駆け寄ると床を蹴り男たちの中へ飛び込んだ。空中でクナイを二本構え着地前するより先に投げ飛ばす。一本、二本とクナイは二人の男の首筋に突き刺さった。声も無く倒れていく男に合わせるように私も着地。周りには四人の男たち。


 私は一番近い男の銃を手中から床へ落とし、直後に体に忍ばせたクナイを銃を構えた別の男の手に投げ突き刺す。血と共に銃が落ちるのを見届けはせず、最初の男の腕を捩じり上げ動きを止めながら更にもう一人の銃を蹴り上げた。
 そしてまず腕を捩じり上げていた男を最後の銃を持った男の方へ押し投げる。その後、銃を蹴り上げた男の手を掴み引き寄せ、顔と腹部に一発ずつお見舞いすると手にクナイを刺した男の方へ押し投げた。透かさず体勢を立て直した最後の一人から銃を奪い取ると投げ捨て、一人を流れるように床に沈める。
 それからクナイを抜きもう一人へ狙いを定めた。

「三」

 そう呟きながらもう一本抜きつつ振り返り、後方で銃を拾おうとしていた手を止めた。
 私は手が銃から遠ざかったのを確認すると歩き出しその二人の元へ。
 だがその途中、後ろから床に沈めた男が思ったよりも早く立ち上がり私の体を抱き付くように拘束した。

「今だ!」

 男の声に手からクナイを抜いた男二人が私に襲い掛かった。両腕の使えない私目掛け一人目が握った拳を振り上げる。
 だが私はそれが振り下ろされる前にガラ空きになった横腹へ鞭のように足を振った。脇腹を直撃した足を下げると透かさずもう片方の足で男の顔を横から蹴り飛ばす。男は壁に激突しそのまま床へずり落ちて行ったが、私は既にもう一人へ。


 手から抜いたクナイを振り下ろそうとしていた男に対し、私は金的をひとつ。全力で蹴り上げると男はクナイを手放し膝から崩れ落ちた。そして顎を蹴り上げると男は体を反らせながら後ろへ倒れていった。
 後ろの男をどうしようか。次にそれを考えていると壁へ蹴り飛ばした男が、銃を片手に立ち上がっていた。壁に体を預け鼻や口からは血が流れている(それなりのダメージはあるようだ)。


 そしてゆっくりと銃口を私の方へ。その最中、私は顔を俯かせ――勢いをつけて後ろの男へ頭突きをお見舞いした。体を拘束する力が僅かに弱まったのを感じながら上げた足裏を男の足へ急降下。指先を踵で踏み付けると一気に力を加え男ごと体を回転させた。
 丁度、私が後ろを向いたタイミングで一発二発と廊下を駆け抜ける銃声。再び静まり返ると男は私の体から離れ床へと倒れた。


 一方で私はすぐさま振り返ると男の手から銃を蹴り飛ばす。そしてそのまま、と思ったが視界の端で顎を蹴り飛ばしたはずの男が力を振り絞りながら手を近くの銃へ伸ばしているのが見え、先にその男へ取り出したクナイを投げ飛ばした。


 だがそっちを優先させた所為で壁に凭れかかっていた男が私へ突っ込んできたのを止める事が出来なかった。勢いに呑まれそのまま後ろへ下がる私の背は最悪な事にお坊ちゃまの寝室のドアに当たる。


 そしてそのままドアを蹴破るように開け、寝室の中へ転がり込んでしまった。不幸中の幸いか私たちは勢いのあまりベッドのフットボードの陰へ隠れるように入り込んだ。更に男に覆い被さるような態勢を確保できたのも幸いだ。
 私は男の口を塞ぎながら暴れないように脚を押さえ付け、喉に腕を乗せて意識を奪おうと試みる。
 するとお坊ちゃまの唸るような声が聞こえたかと思うと、

「まこと?」

 眠気が酷く絡み付いた声が私の名前を呼んだ。

「お坊ちゃま。起こしてしまい大変申し訳ございません」
「何してるの?」
「いえ、その。お坊ちゃまのご様子を――」

 私が平然を装い説明しているというのに、抵抗する男の手がガウンの隙間から腿へと伸びてきた。

「少しばかり伺おうとしたのですが」

 手は内腿へ伸びる。それ以上はやばい。そう思いながらもお坊ちゃまへの説明を続ける。

「不注意により誤って転倒してしまいて」

 そしてついに男の手は私の内腿にあるクナイを発見してしまった。
 仕方なく喉から腕を離しその手を遠ざけようと思ったが、一歩先にクナイを引き抜いく男の手。

「大変申し訳ございません」
「大丈夫?」

 だが抵抗されながらもクナイを持った手を何とか(男の)顔の横まで持ち上げ床に押さえ付けることが出来た。
 しかしクナイの刃先は真っすぐ私へ向いている。

「痛いんだったら僕が――」
「大丈夫です!」

 今、お坊ちゃまが近づいて来てしまうのはまずい。私は少しばかり声を上げる事になってしまったが、それをなんとか回避しようとした。
 それに喉から腕を離す際に口に加え鼻も手で覆い押さえ付けてたから、そろそろ意識が遠のくはず。

「お気遣いいただきありがとうございます。私は平気ですので、安心してお休み下さい」
「んー。じゃあ、お休み」

 まだ少し気になるといった様子だったがお坊ちゃまはそのままお休みになられた。
 そしてこの男も意識が遠のき始めクナイを持つ手が力を失い始める。私はその手から容易にクナイを取ると男の喉に突き立てた。

「お休みなさいませ」

 顔に生暖かいモノが掛かるのを感じながらそう返した。
 そして数秒じっとし、お坊ちゃまの寝息が聞こえ始めると私はそっと顔を上げ下の方からベッドを覗き込む。そこでは横を向いたお坊ちゃまがぐっすりとお休みになられていた。

「ふぅー」

 何とか何事も無く全てを終えた私は安堵の溜息を零した。
 だが視線を落とした後に後ろのドアを見れば今度は別の溜息が零れてまう。

「掃除しないと……」


         * * * * *

「おはようございます。お坊ちゃま」

 翌日、いつも通りお坊ちゃまを起こし洗面台へ向かう途中、私は横目をフットボードの下へ向けた。
 そこには昨日まで無かった絨毯が置かれおり、一滴でも拭き残しが無い事を改めて確認した。

『しっかりと掃除しなければあのような男の血が流れた上をお坊ちゃまに歩かせるわけにはいかない』

 そして今日もメイドとしてお坊ちゃまにお仕えする一日が始まった。
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