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第四章:黯の中
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しかし地面を蹴り俺ら三人が川の上を通過しているその最中、突如すぐ下にあったはずの川水が一瞬にして消え去ってしまった。代わりにそこへは底なしの暗闇がぽっかりと口を開けた。もし届かなくとも水に落ちるだけ。それが俺らを何の迷いもなく跳ばせたはずだったが、後出しで一気に落ちてはならない状況へと状態は変化(もしかしたらさっきみたいに戻るだけかもしれないがそんな賭けはあんな状況以外したくない)。
でもだからと言って今更どうにか出来る事はない。今はただ数秒前の自分を信じて届けと願うのみ。
そして川だった所を横断し、まず一足先に夕晴と莉緒が無事向こう岸へと着地。俺も次第に近づいて来る岸を視界に捉えていた。数秒後、両足に地面を感じたが踵は宙ぶらりん。だが何とか着地には成功したようだ。
「一体何なんだったん――」
莉緒がついさっきの怪事についてそう愚痴を零そうとしたその時、俺の足元が一部崩れ、体が吸い込まれるように後ろへと倒れ始めた。意識がその事を正常に認識する頃には、既にもう自力で戻せない角度へ。それに加え追いつき同じように跳んだケルベロスの先頭がすぐそこにいるのが見えた。このままだとケルベロスに噛み付かれ一気に暗闇の底。その瞬間、脳裏には「どうしようもない」という言葉が諦めるように浮かんだ。
だがその言葉を否定するように俺の両手から人の手の感触が伝わると後ろへ倒れていた体が打って変わり一気に前へと戻された。その後ろでケルベロスが岩壁に当たる音が聞こえる中、俺の体は勢いそのまま一歩二歩と前へ。
そして俺の足が止まると目の前では莉緒と夕晴が同時に胸を撫で下ろした。
「ビックリしたぁ」
「今のはマジで落ちると思ったわ」
俺は一度後ろを振り向き川だったそこを確認するように見た(全て落ちてしまったのかもうケルベロスの姿はない)。そして自分の無事を改めて実感すると再び顔を前へ。
「ありがとう。助かった」
「なんのなんの。それに咄嗟だったからね」
「ありゃもう反射だな」
お礼に対し二人の表情は当然だと言うようだった。
「にしてもオレたちが跳べたのにあいつらは一匹も跳べなかったのか?」
「犬の方がジャンプ力あると思うけど。なんか変だよね。――あっ」
夕晴の言葉の後、さっきまで自然の中に居たはずの俺らはまたあの黯の中へと戻されてしまっていた。
「しっかし何なんだよ全く」
「次は一体何が起こるんだろう」
「それより問題はここからどーやったら出られるか、だな」
危険が去ったのも束の間、俺らは次に辺りが一変し何かに襲われる前に手掛かりを求め、辺りを見回した。だがそこにあるのは相変わらずの黯。
「そもそも出口とかあんのか?」
「ここに来たって事は出るこ――うわっ!」
すると突然、夕晴の体に複数の真っ黒な手が巻き付いたかと思うと瞬く間にそのまま空中へとその体を連れ去ってしまった。それに反応した直後、俺と莉緒も同じように空中へ。全てが黯い所為でとだけ高く持ち上げられたかは分からない。
「ちょっ。なにこれ!」
「一体、どこから出て来たんだよ!」
夕晴と莉緒は体に巻き付く手を引き剥がそうと藻掻き、同じように少しだけ藻掻いた俺は辺りを見回した。
すると俺ら三人は手に操られるがまま同じ方向を向かされた。くるりと体を半回転させられ後ろを向かされた俺。そこに広がっているのも他同様に黯だったが、徐々に何かが姿を現し始めた。
黯の中から出て来たのは、あの人影。ここへ来る前に家で見たあの少女の母親だったもの。それは同じ黯だったが周りより濃くて黯いその姿は不思議とハッキリとその存在を確認することが出来た。そしてそんな体から俺らの方へあの真っ黒な手は伸びていた。
「モウ……コノ子ニハ、近ヅカセナイ」
そう不気味な声が聞こえるとその体の前には小さな影が現れた。まるでわが子を抱き締めるように手が回っている。
すると体に巻き付いていた手から別の手が生え体を這いながら俺の首まで伸びてくるとぐるりと一周し、そのまま蛇が獲物を絞め殺すように首を絞め始めた。後ろから莉緒と夕晴の呻吟する声が聞こえる。締まりは徐々に強まりそれに合わせ意識が遠のいていく。
その間も俺はあの影を見ていた。大きな影と小さな影。俺はどこかこの景色を見た事があるような気がした。朦朧とした意識の所為で混乱してるだけなのかもしれない。でも俺は薄れゆく意識の中でその引っ掛かりの記憶を探した。
* * * * *
「颯羊!」
前を走る背中。後ろは一度も振り返らず真っすぐ前へ走っている。向こうにはよく分からない――とにかく大きな影がいた。上半身は人のようだが下半身が大樹のようになったそれはもはや化ケ物。更にその化ケ物からは無数の真っ黒な手が生えている。それらは俺らを阻む為、上空から次々と降り注いでくた。
でも俺らはそれを躱し避けながら前へ。
そしてついに俺らはその化ケ物へと辿り着いた。そこには化ケ物に呑み込まれていく少女の姿があって、少女は藻掻きながら必死に手を伸ばしていた。そんな少女へ向け颯羊も手を伸ばす。
「〇〇〇!」
颯羊が少女の名前を呼んでる。それは分かるけどなんて名前かは分からない。
でも颯羊の手を避けるように少女の手はどんどん遠ざかって行く。それを追う颯羊の手。そしてついには指先がすれ違い少女は化ケ物に吞み込まれてしまった。その現実が信じられないと自分の手を見つめ唖然とする颯羊。
すると少女が呑み込まれた場所から無数の手が伸び颯羊を引きずり込もうとその体に巻き付いた。
「おい! 颯羊! 早く手ー掴め!」
追いついた俺はそんな颯羊に手を伸ばしたが、結局彼は呑み込まれてしまった。
* * * * *
「俺は前にここへ来たことがある」
少年の頃、この場所へ来た事がある。あの少女を助けようとしたんだ。みんなで。でもダメだった。最後の最後で颯羊が少女の手を掴み損ね、そのまま吞み込まれてしまった。二人共あの化ケ物に。
霞んだ視界の中、俺は目の前の影に手を伸ばした。
「次こそは助け……」
そして俺の意識は途切れた。
でもだからと言って今更どうにか出来る事はない。今はただ数秒前の自分を信じて届けと願うのみ。
そして川だった所を横断し、まず一足先に夕晴と莉緒が無事向こう岸へと着地。俺も次第に近づいて来る岸を視界に捉えていた。数秒後、両足に地面を感じたが踵は宙ぶらりん。だが何とか着地には成功したようだ。
「一体何なんだったん――」
莉緒がついさっきの怪事についてそう愚痴を零そうとしたその時、俺の足元が一部崩れ、体が吸い込まれるように後ろへと倒れ始めた。意識がその事を正常に認識する頃には、既にもう自力で戻せない角度へ。それに加え追いつき同じように跳んだケルベロスの先頭がすぐそこにいるのが見えた。このままだとケルベロスに噛み付かれ一気に暗闇の底。その瞬間、脳裏には「どうしようもない」という言葉が諦めるように浮かんだ。
だがその言葉を否定するように俺の両手から人の手の感触が伝わると後ろへ倒れていた体が打って変わり一気に前へと戻された。その後ろでケルベロスが岩壁に当たる音が聞こえる中、俺の体は勢いそのまま一歩二歩と前へ。
そして俺の足が止まると目の前では莉緒と夕晴が同時に胸を撫で下ろした。
「ビックリしたぁ」
「今のはマジで落ちると思ったわ」
俺は一度後ろを振り向き川だったそこを確認するように見た(全て落ちてしまったのかもうケルベロスの姿はない)。そして自分の無事を改めて実感すると再び顔を前へ。
「ありがとう。助かった」
「なんのなんの。それに咄嗟だったからね」
「ありゃもう反射だな」
お礼に対し二人の表情は当然だと言うようだった。
「にしてもオレたちが跳べたのにあいつらは一匹も跳べなかったのか?」
「犬の方がジャンプ力あると思うけど。なんか変だよね。――あっ」
夕晴の言葉の後、さっきまで自然の中に居たはずの俺らはまたあの黯の中へと戻されてしまっていた。
「しっかし何なんだよ全く」
「次は一体何が起こるんだろう」
「それより問題はここからどーやったら出られるか、だな」
危険が去ったのも束の間、俺らは次に辺りが一変し何かに襲われる前に手掛かりを求め、辺りを見回した。だがそこにあるのは相変わらずの黯。
「そもそも出口とかあんのか?」
「ここに来たって事は出るこ――うわっ!」
すると突然、夕晴の体に複数の真っ黒な手が巻き付いたかと思うと瞬く間にそのまま空中へとその体を連れ去ってしまった。それに反応した直後、俺と莉緒も同じように空中へ。全てが黯い所為でとだけ高く持ち上げられたかは分からない。
「ちょっ。なにこれ!」
「一体、どこから出て来たんだよ!」
夕晴と莉緒は体に巻き付く手を引き剥がそうと藻掻き、同じように少しだけ藻掻いた俺は辺りを見回した。
すると俺ら三人は手に操られるがまま同じ方向を向かされた。くるりと体を半回転させられ後ろを向かされた俺。そこに広がっているのも他同様に黯だったが、徐々に何かが姿を現し始めた。
黯の中から出て来たのは、あの人影。ここへ来る前に家で見たあの少女の母親だったもの。それは同じ黯だったが周りより濃くて黯いその姿は不思議とハッキリとその存在を確認することが出来た。そしてそんな体から俺らの方へあの真っ黒な手は伸びていた。
「モウ……コノ子ニハ、近ヅカセナイ」
そう不気味な声が聞こえるとその体の前には小さな影が現れた。まるでわが子を抱き締めるように手が回っている。
すると体に巻き付いていた手から別の手が生え体を這いながら俺の首まで伸びてくるとぐるりと一周し、そのまま蛇が獲物を絞め殺すように首を絞め始めた。後ろから莉緒と夕晴の呻吟する声が聞こえる。締まりは徐々に強まりそれに合わせ意識が遠のいていく。
その間も俺はあの影を見ていた。大きな影と小さな影。俺はどこかこの景色を見た事があるような気がした。朦朧とした意識の所為で混乱してるだけなのかもしれない。でも俺は薄れゆく意識の中でその引っ掛かりの記憶を探した。
* * * * *
「颯羊!」
前を走る背中。後ろは一度も振り返らず真っすぐ前へ走っている。向こうにはよく分からない――とにかく大きな影がいた。上半身は人のようだが下半身が大樹のようになったそれはもはや化ケ物。更にその化ケ物からは無数の真っ黒な手が生えている。それらは俺らを阻む為、上空から次々と降り注いでくた。
でも俺らはそれを躱し避けながら前へ。
そしてついに俺らはその化ケ物へと辿り着いた。そこには化ケ物に呑み込まれていく少女の姿があって、少女は藻掻きながら必死に手を伸ばしていた。そんな少女へ向け颯羊も手を伸ばす。
「〇〇〇!」
颯羊が少女の名前を呼んでる。それは分かるけどなんて名前かは分からない。
でも颯羊の手を避けるように少女の手はどんどん遠ざかって行く。それを追う颯羊の手。そしてついには指先がすれ違い少女は化ケ物に吞み込まれてしまった。その現実が信じられないと自分の手を見つめ唖然とする颯羊。
すると少女が呑み込まれた場所から無数の手が伸び颯羊を引きずり込もうとその体に巻き付いた。
「おい! 颯羊! 早く手ー掴め!」
追いついた俺はそんな颯羊に手を伸ばしたが、結局彼は呑み込まれてしまった。
* * * * *
「俺は前にここへ来たことがある」
少年の頃、この場所へ来た事がある。あの少女を助けようとしたんだ。みんなで。でもダメだった。最後の最後で颯羊が少女の手を掴み損ね、そのまま吞み込まれてしまった。二人共あの化ケ物に。
霞んだ視界の中、俺は目の前の影に手を伸ばした。
「次こそは助け……」
そして俺の意識は途切れた。
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