四月の忘れ事

佐武ろく

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第四章:黯の中

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 するとあの記憶の続きが脳裏へ――そこへ広がった。時間的には少し進んでいたがそこにはテーブルとそれを囲み座る少女と三人の男の子の姿。少女と違いハッキリとその顔が見えるのはその子たちを俺が知ってるからだろうか。それは子どもの夕晴と莉緒と俺だった。

「僕らここで遊んだよね?」
「オレも今、同じ事思い出してた」
「そうだな。細かくは覚えてないけど楽しっかったことはちゃんと覚えてる」
「うん。楽しかった。――でも確か、途中でその子のお母さんが帰ってきた」

 ガチャリとドアの開く音がすると鍵と袋の揺れ動く音が先行して聞こえ、それを追うように声が聞こえた。

『帰ったわよー』

 その瞬間、少女は体をビクッと跳ねさせ焦り出した。俺らはそんな少女を小首を傾げながら見てる。
 そして足音が近づいて来て襖が開くと買い物袋とカバンを持った少女の母親がそこには立っていた。顔は黒く塗りつぶされたみたいに思い出せない。

「そーいえば。なんかすっげー怒ってたよな」
「凄い怖かったんだよね。あの子のお母さん。この時も怒鳴られたし」

 床に落ちる買い物袋とカバンとは逆に上がった母親の手は俺らを指差した。

『あんたたち誰よ! 何してるの? いや! いやよ!』

 母親は取り乱しながらそう言うと少女の手を掴み部屋の外へ引っ張り出した。

『あげないわよ! この子は私だけのものなんだから! 出て行って! 早く出て行きなさい!』
『みんなごめんね。今日はもう遊べないみたい』

 俺らは母親に対して恐怖を抱きながらも訳が分からないまま立ち上がると玄関へと歩き出した。

「こーやってお母さんとあの子を見ながら玄関に歩いてた」

 警戒しながら玄関へ向かう俺らから守るように少女を後ろから抱き締めた母親からもまた鋭い警戒心を感じた。いや、それは警戒心と言うよりは敵対心と言う方が正しいのかもしれない。
 そして俺らは玄関に着くとそのまま家を出て行った。記憶ではそうだが、実際の俺らは未だ玄関に居た。

「あの時も思ったけど、何であんなに怒ってたんだ?」
「知らないよ。あの時が会ったの最初で最後だったと思うし。それに子供だったっていうのもあるけど、凄く怖かったからこれ以上会わない方がいいってのも分かってたし、深入りもしない方がいいって思ったから」
「ていうか、オレたちが感じてるのって母親との記憶の所為じゃねーのか?」
「まぁ言われればそうかも。じゃあ蓮はあの時、怖くなかったって事?」
「いや。怖かった」

 俺は夕晴に答えを返しながら和室を見つめていた。

「お前らあの少女が誰か思い出したか? 名前とかここ以外の事とか」
「んー。それがよく思い出せないんだよね」
「ここでの出来事は確かにあった気ぃすんだけどな。それ以外はなんにも」

 颯羊の名前はすぐに思い出せた。でもこの少女の事は中々思い出せない。この家に来た時の事以外は何も。
 俺は何もないこの家の玄関前に記憶と重ね合わせ少女を見ていた。俺らが玄関に入り迎えてくれた時の少女を。一歩二歩、その少女に近づくとすっかり変わってしまった目線を合わせる為にその場にしゃがみ込む。互いに手を伸ばせば届く距離を開け俺は顔の見えない少女と向かい合った。

「蓮?」

 後ろから聞こえる夕晴の声に答えるように俺は頭で考えてたことを口にした。

「お前は一体誰なんだ? 名前は?」

 だが少女は後ろで手を組み嬉しそうだが少しだけ面映げなまま。でも別に俺も記憶の中の少女が答えてくれるとは思ってない。強いて言えば尋ねてるのは自分だ。何かを思い出せと自分に言ってるだけ。

「今、お前はどこにいる?」

 まるで俺の言葉に合わせるように少女は右へ上半身を傾けた。

「夢で見た子と同じなのか?」

 次は反対側へ。

「俺らはどうして忘れてる?」

 少女の頭は正面に戻ったがまだ手は後ろのまま。

「どうやったら俺らはお前を思い出せる?」

 そして少女は後ろから持って来た小さな手をゆっくりと上げ始めた。だがそれは記憶にない行動だった。でも全く知らない事を突然思い出したりする内に、もはや今の俺にとって自分の認識している記憶には信用があまりない。だから若干の驚きを感じながらも少女を見つめていた。ゆっくりと後ろから姿を現し俺の方へ伸びてくる手。
 すると突然、それを見ていた俺の頭に複数の場面が――というより言葉が、声が響き始めた。

『いらっしゃい』
『えー! ズルしたでしょ!』
『ほら、もっと勢いよく』
『いっちばーん!』
『自分の大切な物を入れるんでしょ?』
『ごめんね』
『私は大丈夫だから』

 次々と聞こえる声は、その手に合わせるように段々と足早に過ぎていく。笑い声や嬉しそうな声、少し怒ったような声。どれもここに来た時に思い出した少女の声と同じ。
 そして少女の手が俺の方へ真っすぐ伸びたところで止まると声が止んだ。戸惑いの中、少女を真っすぐ見つめる俺。
 するとそれは他の声と重なることなくハッキリと聞こえた。目の前の少女が俺に言うように。

「助けて――蓮」
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