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その夜、この事を話したら彼女はわざとらしくしかも厭味ったらしく大きな溜息を吐いた。
「はぁー。そこは、いやって言うところでしょ」
「やっぱり俺には……」
自分の情けなさを隠すように僕は乾いた笑いを零した。
するとタバコを灰皿で消した彼女は突然、俺の左手を握ってきた。挟み込まれ掌からも甲からも温もりが伝わってくる。
「な、なんで――」
「目ー瞑って」
「え?」
「ほら早く」
突然、手を握られ突然、目を瞑れと言われ――俺は少し狼狽えながらも言われた通りに目を瞑った。
「何ですか? 一体?」
「はい。それじゃあ深呼吸して。吸ってー、吐いてー」
何が何だか訳が分からないまま俺は言われた通り深呼吸をした。さっきまで彼女が吸っていたタバコの匂いが鼻腔を突く。割と匂いには慣れたかと思ってたがこうしてしっかり嗅ぐとまだ少しキツイ部分もある。
「次にそういう場面が来たら思い出してみて」
「思い出すって何を?」
「アタシを。アタシを思い出して、アタシみたいに言ってやるんだ。いや、ってね。いい?」
俺は瞑った瞼の裏で今日の事を見ていた。あの時、上司に仕事を渡されたあの時。俺はちゃんと言おうと思ってたのに、葛藤したのに結局言えなかった。多分、次もまた同じように言えないんだろう。そう思えて仕方ない。その時の自分が容易に想像できてしまって仕方ない。
「でもやっぱり俺には――」
「まぁ、俺にはでないかもね」
それは溜息交じりの呆れたような声だった。こんな俺の為にここまでしてくれてるのにやっぱり俺は情けなく期待に応えられないんだ。そう思った瞬間、自分に対する失望が鉛のように圧し掛かるのを感じた。
「でもさ。俺たち、ならどう? ちょっといけそうな気しない?」
正直、彼女の言っている意味が良く分からなかった。
「たちっていうのは?」
「そりゃあ決まってんじゃん。あんたとアタシ。ほら、この手の感触に集中して」
そう言うと温かさに包み込まれた手に少し力が加わった。優しくそれでいて勇気付けるように力強く。
「この感覚を次は思い出してみて。大丈夫。いつでも傍で応援してる。一緒に闘ってる。アタシが付いてるから」
それは羽根のように柔らかで澄んだ空気のように心へ沁み込む声でありながらも、――どこまでも心強いものだった。実際に俺の傍に立ち一緒になって上司へその言葉を突き付けてくれる訳ではないと分かっていながらも、何故か少しぐらいは頑張れる気がする。
「ありがと……」
お礼を口にしながら目を開けた俺は、目の前の光景に思わず言葉を途中で止め口を開きっぱなしのまま放置してしまった。そこについさっきまでいたはずの彼女の姿がすっかりなくなってしまっていたのだから。
誰もいないベランダで手に残った余韻の温もりが徐々に冷めていくのを感じながら俺は頻りに辺りを見回した。でもやっぱり彼女の姿はない。
俺はやっと閉じた口ごと顔を手へ向けた。そして少しの間、手の温もりとタバコの残り香越しに彼女を見つめていた。
「はぁー。そこは、いやって言うところでしょ」
「やっぱり俺には……」
自分の情けなさを隠すように僕は乾いた笑いを零した。
するとタバコを灰皿で消した彼女は突然、俺の左手を握ってきた。挟み込まれ掌からも甲からも温もりが伝わってくる。
「な、なんで――」
「目ー瞑って」
「え?」
「ほら早く」
突然、手を握られ突然、目を瞑れと言われ――俺は少し狼狽えながらも言われた通りに目を瞑った。
「何ですか? 一体?」
「はい。それじゃあ深呼吸して。吸ってー、吐いてー」
何が何だか訳が分からないまま俺は言われた通り深呼吸をした。さっきまで彼女が吸っていたタバコの匂いが鼻腔を突く。割と匂いには慣れたかと思ってたがこうしてしっかり嗅ぐとまだ少しキツイ部分もある。
「次にそういう場面が来たら思い出してみて」
「思い出すって何を?」
「アタシを。アタシを思い出して、アタシみたいに言ってやるんだ。いや、ってね。いい?」
俺は瞑った瞼の裏で今日の事を見ていた。あの時、上司に仕事を渡されたあの時。俺はちゃんと言おうと思ってたのに、葛藤したのに結局言えなかった。多分、次もまた同じように言えないんだろう。そう思えて仕方ない。その時の自分が容易に想像できてしまって仕方ない。
「でもやっぱり俺には――」
「まぁ、俺にはでないかもね」
それは溜息交じりの呆れたような声だった。こんな俺の為にここまでしてくれてるのにやっぱり俺は情けなく期待に応えられないんだ。そう思った瞬間、自分に対する失望が鉛のように圧し掛かるのを感じた。
「でもさ。俺たち、ならどう? ちょっといけそうな気しない?」
正直、彼女の言っている意味が良く分からなかった。
「たちっていうのは?」
「そりゃあ決まってんじゃん。あんたとアタシ。ほら、この手の感触に集中して」
そう言うと温かさに包み込まれた手に少し力が加わった。優しくそれでいて勇気付けるように力強く。
「この感覚を次は思い出してみて。大丈夫。いつでも傍で応援してる。一緒に闘ってる。アタシが付いてるから」
それは羽根のように柔らかで澄んだ空気のように心へ沁み込む声でありながらも、――どこまでも心強いものだった。実際に俺の傍に立ち一緒になって上司へその言葉を突き付けてくれる訳ではないと分かっていながらも、何故か少しぐらいは頑張れる気がする。
「ありがと……」
お礼を口にしながら目を開けた俺は、目の前の光景に思わず言葉を途中で止め口を開きっぱなしのまま放置してしまった。そこについさっきまでいたはずの彼女の姿がすっかりなくなってしまっていたのだから。
誰もいないベランダで手に残った余韻の温もりが徐々に冷めていくのを感じながら俺は頻りに辺りを見回した。でもやっぱり彼女の姿はない。
俺はやっと閉じた口ごと顔を手へ向けた。そして少しの間、手の温もりとタバコの残り香越しに彼女を見つめていた。
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