グレーゾーンGray Zone

佐武ろく

文字の大きさ
上 下
17 / 24
「一色 神速・T・スカリ』

15

しおりを挟む
「はぁー。めんどいし明日でいっか。それに今日は色々とやる事あるだろうし」

 店を後にしたスカリは雨の上がった中を目的もなくぶらり適当に歩いて行った。
 その日の夜。彼女はとあるバーへ。流れる一筆書きの『vemen(ウェメン)』という文字が頭上で誘惑的に煌めく入口から中へ入ると、真っすぐカウンターに足を進めた。そこそこの広さで薄暗い店内には疎らにお客がおりそれぞれがお酒と雑談を楽しんでいた。

「マスターいつもの」

 席に座りながらスカリは常連だとアピールするようにそう注文した。

「あらいらっしゃい」

 そんな彼女を迎えたのはメーナ。ベストと白いシャツにソムリエエプロン、ネクタイのない胸元では代わりに肌を背景にネックレスが顔を見せている。
 スカリはメーナに対してニコやかに手を上げて見せた。

「いつものね」

 そしてメーナはすぐ振り返るとずらり並んだボトルを視線で撫でた。ざっと端から端へ視線を走らせるとすぐに歩き出し一本のボトルを手に取る。

「じゃあこの店で一番高いお酒を――」
「あぁ! ちょっと待って。ま、まずは、えーっと。ブルームーンにしようかなぁ」

 だがすぐさま前のめりでそれを止めたスカリは、気取った注文を上書きした。

「それは残念。希少でいいお酒なのに」

 少し笑い交りに言いながらボトルを戻したメーナは、早速ブルームーンを作り始めた。当然ながらそれは慣れた手つきであっという間にスカリの前へグラスは出された。

「どうぞ」

 グラスを手に取り顔前まで上げてみると宝石を溶かしたような色合いの液体が中で小さく揺れていた。それをまるで先に目で楽しんでいると言わんばかりに見つめるスカリの双眸。

「ちょっと今、あたしって大人の女って感じじゃない?」
「じゃないと男の前に法律に捕まっちゃうわね」

 その返しにグラスをズラしたスカリは拗ねた子どものような表情を浮かべていた。

「早く呑んで次注文して」

 スカリが何か不満を口にする前にメーナはグラスを指差した。口は歪めたまま言われた通り一度、グラスを口元へ。
 それからスカリはお酒を呑みながら売り上げに貢献し、メーナは時折の来店客に対応しつつ二人は世間話を静かにしていた。その最中、スカリは最初より大分お客の増えた店内を見回しながら何杯目かのお酒を口へ流し入れる。

「メーナさんのとこって女性客多いよね?」
「まぁ私モテるし」

 そう言ってあからさまなしたり顔をする。同時にツッコミという名の否定を求める表情でもあったようだが、その期待に反しスカリは納得だと頷いた。

「多分、女性客がいるから他の女性客も入り易くてこうなったのかも。最初の頃は半々――男性客の方が多かったと思うし」
「いやぁー。さぞおモテになられたんでしょうね。先生」
「特に怪我人にはね」
「もしかして物騒な話してる?」

 すると割り込む声と共にスカリの隣へ蒼穹が腰掛けた。

「坊やにはちょーっと刺激が強いかもね」

 相手が蒼穹だと分かるとスカリは頬杖を突き色っぽく傾けた顔で見上げた。

「そんなに弱かったっけ? それともよっぽど呑んだ? それとも雰囲気で?」
「一番のモテ男に対する嫉妬って線も」
「はい。外れー。という事で、マスターいつもの」

 ニヤリとした笑みを浮かべながらスカリが指を二度連続で鳴らすと、メーナもその表情に続いた。

「かしこまりー」

 一緒になって悪戯を仕掛ける子どものようにふざけながら二人の前を離れ一本のボトルを手に戻って来た。そして瓶の顔を見せてあげながら丁寧に蒼穹の前に。

「わぁーお。これは……」

 メーナの手から離れたボトルは表情を輝かせた蒼穹の手へ渡り、まじまじと顔を合わせた。

「素晴らしいですね。ウイスキーの年代物ですよ」
「分かるの?」
「そこまで詳しくは無いですけど、確かこれは今では倍以上の値が付くとか。中々お目に掛かれるものじゃないです」
「この価値が分かるなんて流石ね」

 悪戯っ子から一転しメーナの視線は感心を身に纏い、蒼穹の視線は僅かに照れながらもどこか誇らしげだった。

「あたしも分かるって! この店で一番高い酒でしょ?」
「ご名答。流石はミス、スカリ」
「えっ? もっと高いのあるの?」

 一驚に喫するスカリに対し辺りは沈黙に包まれた。一方で意表を突かれたと視線をスカリへやりながら揃って停止してしまっているメーナと蒼穹。
 でも何故そんな反応をされているのか意味が分からないと一足先にスカリが二人へ順に視線をやると、遅れてメーナは柔らかな笑みを浮かべた。

「可愛いわね」
「えーっと。ミスとミセスって知ってる?」

 苦笑いの蒼穹に対してスカリは数秒その顔を見つめた後、肩へ拳を飛ばした。そして軽い音を立てそのまま拳だった手はグラスを取り残りを一気に飲み干す。
 その隣で殴られた肩を摩っていた蒼穹は彼女がグラスを置くとボトルをメーナへ差し出した。

「それじゃあこれを一杯貰えますか?」
「本当に?」
「流石はミスター、蒼穹。金持ってるねぇ」

 するとスカリは頬擦りするように腕に抱き着き甘え声を出した

「あたしも一杯呑んでみたいなぁ」
「もちろん。レディと一緒に楽しめるのなら喜んで」

 そう言うと蒼穹はメーナに指を二本立てて見せた。

「あと二杯追加でお願いします」

 察した様子のメーナは先に微笑みを見せるとグラスを三つ並べた。

「お金があって」

 メーナは言葉の後、一つ目のグラスにシングル分ウイスキーを注いだ。

「イケメンで」

 二つ目のグラスを琥珀色が染める。

「優しい」

 三つ目のグラスには少しだけ多めに注がれた。

「あたしお金ー」

 メーナがボトルを閉めるとスカリは真っ先に一番最初に注がれたグラスを手に取った。

「そう言う事ならメーナさんはこれですかね」

 そう言って蒼穹が手に取ったのは三つ目のグラス。

「わぁーお。自分で自分の事そう言う風に思ってんだ」

 スカリはグラスを片手にわざとらしく軽蔑的な視線を蒼穹へ向けた。

「いやいや。余り物じゃん」
「でもそれは少し多めに入れて上げたから君が呑んでいいわよ。それに私も負けてないでしょ?」

 蒼穹が手渡す前にメーナは真ん中のグラスを手に取った。

「異議なし」
「確かにメーナさんも全部当てはまりますね」
「最初のは君が言うと嫌味ね」

 そう言いながらメーナがグラスを差し出すとそれに続いて二人もグラスを前へ。静かに心地好い音が鳴り響いた。
 そしてそのままお酒を一口。揃って舌鼓を打ったが、スカリに関しては美味しいだけで余り違いは分かっていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界よ優しく微笑んで

えくれあ
恋愛
世界一の魔力を持つといわれた少女は自分が生まれた世界に絶望し、自らの意思で異世界転移を決意します。 転移先の世界で出会ったのは、1人の侯爵様。 思わぬ形で侯爵様の恩人かのようになってしまった少女は、侯爵様のところでまるで貴族令嬢かのような生活を送ることに。転移先では思うように魔法は使えず、また、今まで貴族社会とは無縁の生活を送っていたので、少女には戸惑うことも多々あるけれど、新しい世界でちょっとずつ幸せを見つけていきます。 少女が願うのはただ1つ。この世界が自分に優しい世界であることだけ。 ※はじめて書いた小説です。生暖かい目で見守っていただけますと幸いです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

収納大魔導士と呼ばれたい少年

カタナヅキ
ファンタジー
収納魔術師は異空間に繋がる出入口を作り出し、あらゆる物体を取り込むことができる。但し、他の魔術師と違って彼等が扱える魔法は一つに限られ、戦闘面での活躍は期待できない――それが一般常識だった。だが、一人の少年が収納魔法を極めた事で常識は覆される。 「収納魔術師だって戦えるんだよ」 戦闘には不向きと思われていた収納魔法を利用し、少年は世間の収納魔術師の常識を一変させる伝説を次々と作り出す――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

処理中です...