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佐武ろく

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「一色 神速・T・スカリ』

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 肌を焼く日差しが容赦なく照り付ける真夏日。その日は、街を歩いているだけで砂漠にでも遭難してしまったかと思わせるような暑さだった。

「あっつー」

 半ズボンとサンダル、半袖のシャツを羽織った真壁は蝉の喧噪の中、公園のベンチで今にも溶けそうになっていた。背後に生えた木の影に守られながらもそれは無いよりはマシと言った程度。
 すると何もやる気の起きないとダラリ座る真壁の隣へ人影がゆらゆらと幽霊のように腰掛けた。微かなベンチの揺れに反応するように真壁は横目をやる。
 そこに前屈みで座っていたのは、バッグを手に長い髪を後ろで括った眼鏡の女性。頻りに汗の流れる顔を赤らめ、微かに開いた口で小さく呼吸を繰り返すその女性は吉川だった。体が火照り溢れ出した汗が肌を伝うのを感じていたが、少しぼーっとした頭にとってはどうでもいい事。兎に角今は座って――出来ることなら寝転がって休みたかった。

「えっ!」

 一方で明らかに暑さの餌食となった彼女を隣で目にした真壁は慌てて立ち上がると吉川へ駆け寄った。

「大丈夫ですか?」
「え……。あぁ……はい。ちょっと暑くて……」

 心配ないと微笑みを浮かべているつもりだったが、そのぎこちないなさは逆効果。

「ちょっと待っててください」

 真壁はそう言うと近くの自販機へ向かい冷たい飲み物を二本買った。それを持って戻ると手早く一本を開け彼女に差し出す。

「とりあえずこれ飲んでください」
「すみません」

 小さな声の後、太陽と敵対しているような白く細い腕が伸びペットボトルを手に取った。

「それとこれを首とかに」

 そしてもう一本を手渡すと、吉川は言われた通りにまず片手で首元にペットボトルを押し当てる。まるで焼け石に水の石になったかのように肌から広がる冷たさは心地好く、思わず口元が緩んでしまう程。
 そしてもう片方の手にあるペットボトルからスポーツドリンクを流し込む。喉を潤しながらも胃までを強調するように冷やしてくれるそれは今の吉川にとって魔法の液体と言っても過言ではなかった。
 一方で真壁は辺りを見回した後、シャツを脱ぐと軽く扇ごうとしたが直前でその手を止め着直していた。何か他に出来る事を探しているのか少しソワソワとしていたが、結局は素直に隣へ腰を下ろす。
 それから体を冷ます吉川を心配そうな視線を浮かべながら見守り続けた。

「ありがとうございました」

 救急車を呼ぶ程に悪化する事も無く、無事すっかり元気を取り戻した吉川は座りながら頭を下げた。

「いや、元気になったようで良かったです」
「あの飲み物代を」

 そう言ってバッグへ手を伸ばし財布を取り出した。

「全然いいですよ。気にしなくても」
「でも……」
「たった二本ですから」
「そうですか……」

 まだ腑に落ちないと言えばそうだったが、余り引き下がらないのも何だか気が引けてしまい渋々と財布をバッグに戻した。
 そしてそれを最後に途絶えてしまった会話。じんわり絞める蛇のような暑さの中、聞こえてくる蝉の鳴き声がやけに沈黙を浮き彫りにした。何を話せばいいのか分からず、段々と気まずさが居心地を悪くしていく。

「最近ずっと暑いですよね」

 するとその空気に耐えかねたのだろう、真壁は教科書のような世間話の切り出し方をしてきた。だが今回に限ってはそれも自然に聞こえる。

「夏って嫌いじゃないんですけど、暑くて外に出るのも何だか勇気いるんですよね」
「汗掻くのもずっとサウナにいるみたいな暑さも嫌ですよね。夏の雰囲気はいいのに」
「分かります。暑いからこその涼しさを感じる風物詩とか全体的に爽やかでスッキリとした感じは好きなんですけどね」

 そんな世間話は意外にも弾み、いつの間にか二人は蝉の声も気にならないぐらいに楽しそうに話していた。まだ距離感を感じる言葉とは相反して、今日会ったばかりとは思えない自然な笑みを浮かべる二人。
 その最中、吉川はふと真壁の顔が目に留まった。ずっと彼の方を見ながら話をしていたはずだが、カメラのピントが合うようにふとしたその瞬間――。
 楽しそうに笑う真壁の顔が目に留まったのだ。どこか無防備な少年のようで、それでいて大人の成熟した部分も纏い――夜空を彩り咲く花火のように浮かべられた笑顔。
 気が付けば吸い込まれるように見つめてしまっていた吉川だったが、変に思われる前に我に返るとそのまま会話へと戻っていった。

 * * * * *
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