グレーゾーンGray Zone

佐武ろく

文字の大きさ
上 下
9 / 24
「一色 神速・T・スカリ』

7

しおりを挟む
「不意打ちとは言え中々やるな」

 すると男は全身に力を込め――その上半身は服を破りながら蜥蜴へと姿を変えた。

「ブチのめしてやる!」

 大きく吠えた男は太く尖鋭な爪を振り上げ――その一振りは消えたスカリの背後にあった壁へ深い爪痕を刻んだ。
 一方でスカリは既に男の眼前へと迫っていた。そして男の視界に潜り込みそのまま拳を顔面へと放つ。しかしその一撃は易々と倍はある蜥蜴の手に掴まれ防がれてしまった。
 だがスカリの表情は動だにしない。対してニヤり余裕の笑みを浮かべる男。
 そして男は大きく口を開き掴んだ手を引きながら傷一つない顔へ噛み付こうと牙を伸ばす。しかし空いたもう片方の掌底が下から顎を突き上げた。眼前で強制的に閉じられた口に広がるのは嫌な血の味。同時に緩んだ手から拳は脱し、男は天井を仰ぐ。
 一歩で後退したスカリだったが、透かさず一歩で再度間合いを詰めた。その間に依然と天井へ向けられた顔の両脇で降参と言うように上がった左右の手。視覚以外の何かで彼女との距離を感じ取っていたのか、見る事なく完璧タイミングでその両手は振り下ろされた。
 しかし両爪は空を切り裂き、スカリの姿は傍の壁へ。地面代わりの足場として壁を蹴ると真っすぐ男へ接近。その勢いに乗せられた蹴りは顔面を捉えた。彼女よりも大きな体は宙を舞い反対の壁まで――それがその一撃の強烈さを物語っていた。
 そして地面に倒れるとその男が立ち上がる事は無かった。

「この弱さは力の元と契約者、どっちの所為なんだか」

 呆れ声で呟いたスカリにとってはまだ、中々叩けない蚊の方が強敵だったのかもしれない。
 それから再び壁に凭れながら警官の到着を待った。スマホを片手にただただ待ち続けること五分。無事に気絶した七人の男と薬物を警察に引き渡した彼女は、スマホを耳に当てたままビルを出た。

「これだけでいいの?」
「あぁ。拠点候補の一つで一番の外れかと思ったんだがな。思わぬ収穫――じっとしてろ!」

 須藤の声が少し離れたかと思うと怒声に加え、何がぶつかる音と更に遠くから堪え切れない声が弾けた。

「悪い。どうやらこっちが当たりだったみたいだな」
「それじゃあ今回の依頼は終わり?」
「ご苦労さん」
「えぇ~、こんなんであの報酬貰っちゃっていいの~?」

 その口調は笑み同様に少し蕩けていた。

「なんだ。まだ見てないのか?」
「え? どーゆーこと?」
「いや、何でもない。とにかく助かった。また何かあったら頼んだ」
「いつでもご利用お待ちしておりまーす」

 やけに明るく営業的な声を最後に通話を終え、彼女はその場を離れた。

 * * * * *

 公園の一本の木を背にしたベンチへ豪快だがまるで等身大の縫い包みのように脱力し座るスカリは、

「はぁー」

 聞こえてくる子ども達の活気溢れる声とは相反した大人な溜息を零していた。

「あのくそジジイ」

 更にそう曇天へ呟くと顔を戻し、脚の上に置いてあった茶封筒を手に取った。そして再度、中身を引っ張り出す。
 茶封筒から出てきたのは札束。しかしそれは全て千円札だった。

「めっちゃオイシイ仕事だと思ったのに! 昨日見てたらとんずらしてたわ」

 愚痴を吐き捨てながら札束を戻した封筒を仕舞った彼女は、声交じりの溜息を追加で零し心を映し出したような曇天を見上げた。
 するとそんなスカリの隣へ誰かがそっと腰を下ろした。その気配に顔だけで横を見遣る。そこには依頼人である吉川の姿があった。

「突然すみません。偶然、見かけたもので」
「いえいえ」

 そう言いながらだらけた姿勢を正す。

「あの、調査の方はどうでしょうか?」
「別にサボってる訳じゃないですよ?」

 揶揄う微笑みを浮かべるスカリに対し、遅れて吉川の表情も和らぐ。

「今のとこはまだ断定する事は出来ないですね」
「そうですか」

 笑みの余韻を残しながらも同時に不安げな吉川は少しばかり顔を俯かせた。

「何か秘密があるだなんて考えた事も無かったです――ってまだ決まった訳じゃないですけど」
「今回がどうかは置いておいて、誰にだって秘密はあるもんですよ。あなたにも一つぐらいあるんじゃないですか?」
「秘密ですか……」

 呟きながら僅かに俯かせた顔は頭上と同じで曇り模様。

「神速さんにもあるんですか?」
「そりゃまぁ。良い女に秘密は付き物ですから」

 スカリはそう言いながら軽く髪を掻き上げ彼女なりの良い女を演じて見せた。それを見た吉川はクスっと一足先に太陽を覗かせた。

「確かにお仕事的にも秘密は多そうですね」
「人には秘密がある――そして時にその秘密を暴くのが探偵、神速スカリ」

 スカリはキメ顔でそう言った。どこかの物語の登場人物のように。

「改めてよろしくお願いします」
「調査がまとまり次第報告するので待ってて下さい」
「はい」

 会話が終わり、静けさに包み込まれた二人はそれぞれ視線を正面へと移した。どちらかが立ち上がりそのまま別れてしまいそうな沈黙の中。吉川は微笑みを浮かべながら和やかな声で話し始めた。

「実はここ、私と彼が初めて出会った場所なんです」

 懐旧の情に染まった表情は導かれる様に鉛色の空と顔を合わせた。

「今日とは違って雲一つなく、焦がすように照り付ける物凄く暑い日でした」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界よ優しく微笑んで

えくれあ
恋愛
世界一の魔力を持つといわれた少女は自分が生まれた世界に絶望し、自らの意思で異世界転移を決意します。 転移先の世界で出会ったのは、1人の侯爵様。 思わぬ形で侯爵様の恩人かのようになってしまった少女は、侯爵様のところでまるで貴族令嬢かのような生活を送ることに。転移先では思うように魔法は使えず、また、今まで貴族社会とは無縁の生活を送っていたので、少女には戸惑うことも多々あるけれど、新しい世界でちょっとずつ幸せを見つけていきます。 少女が願うのはただ1つ。この世界が自分に優しい世界であることだけ。 ※はじめて書いた小説です。生暖かい目で見守っていただけますと幸いです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

収納大魔導士と呼ばれたい少年

カタナヅキ
ファンタジー
収納魔術師は異空間に繋がる出入口を作り出し、あらゆる物体を取り込むことができる。但し、他の魔術師と違って彼等が扱える魔法は一つに限られ、戦闘面での活躍は期待できない――それが一般常識だった。だが、一人の少年が収納魔法を極めた事で常識は覆される。 「収納魔術師だって戦えるんだよ」 戦闘には不向きと思われていた収納魔法を利用し、少年は世間の収納魔術師の常識を一変させる伝説を次々と作り出す――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...