グレーゾーンGray Zone

佐武ろく

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「一色 神速・T・スカリ』

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そう、覚悟したあのときの俺の決意が。
たった三時間後に脆くも崩れ去りそうだっ


「や~ま~と~っ
一体何を考えているっ」

「いくら可愛い弟でも、他人の噛み跡に上書きなんてやらないわよ?」


俺を庇うようにして立つ菊川の背中越しに、表情を一切崩さず、けれど口調は優しく出迎えてくれていた菊川社長と。
明らかに乗り気ではなかったけど、労るように笑い掛けてくれた番になる相手、飛鳥さんが。
プライドを傷つけられ、眉間に深々と皺を刻み両者仁王立ち。
菊川に向かってくる怒りのフェロモンの余波を受け、ガタガタ身体の震えが止まらない。
俺は今まで両親の所有フェロモンに守られていたから、他のフェロモンに免疫が全くないんだっ
怖い、イヤだ、もうたくさんだ!
こんなところに居たくないっ
家に帰らせてくれっっ

菊川邸に到着し、父さんと一緒に客間に通されたときにはこんな状況に陥るなんて想像すらしていなかった。
菊川社長と飛鳥さんが父さん挨拶を交わす間、俺は三人から一歩下がり俯いていた。
緊張で喉もカラカラ、身体は軋みそうな位ガチガチ。
前もって菊川家の家族構成や性格、αとしての実力も踏まえ自分がどのように接するか心構えをしたはずなのに。
そんなものは、消し飛んでいた。
実物の凄みは桁違い。
その後ろに控える番になる相手と目があっただけで、今からこの人に抱かれるのだと身体がすくんだ。

俺は、短い挨拶以外を口にする余裕はなく、三人が話しているを上の空で聞いていて。
後ろ髪を引かれながら父が帰ると、俺は一人、別の部屋に通された。
外からしか施錠できない扉。
ベットとテーブルと二脚の椅子。
番うために用意された部屋。

菊川家で生きていくのだと、不退転の意思で番避けを外し、身体への負担が少ない遅効性の誘発剤を打った。
あの扉から飛鳥さんが入ってきたら⋯⋯⋯いよいよ。
気を抜けば泣いてしまいそうな自分を叱咤し、発情の兆候が現れるのを椅子に座ってじっと待つ。

誘発剤が入っていたケースには、抑制剤も念の為にと二本用意されていた。
父さんが、瀬戸際での中止も気にしなくて良いからと持たせてくれたけれど俺はそれを使うつもりはない。
ケースは、ベットから離れた窓枠にカーテンを閉じて隠してある。

元々菊川物産との業務提携は、資金も潤沢で安定した販路を確立している桜宮財閥にとって旨味はほぼ無い。
もしも番にならなくても、俺がΩであることを口外しない代わりに業務提携は行われる。
菊川物産にとっては、桜宮財閥のあらゆる分野と繋がれるから利点が大きい。
ただ、桜宮財閥優位に固められた契約で俺の相手をさせられる飛鳥さんには心が痛む。

そこに突然、施錠された扉をぶち破り菊川が乱入してきたんだ。
部屋に入ってきたコイツと目があったとき、お互いに「何でお前がいる!?」と驚き口を開いて向き合ったまま咄嗟に動けなかった。
我に返るのが早かったのは、菊川。
近づいてくる足音に気付き、椅子に座っていた俺の背後に瞬時に回ると抵抗する間もなく首を噛まれた。
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