御伽の住み人

佐武ろく

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第弐幕:狐日和

【48滴】黄昏

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 オレンジ色に染まった空に浮かぶのは綿あめのようにふわふわとした雲と一日の終わりを感じさせる夕陽。

「よし! 準備はいいな?」

 大門の前に立つ百鬼は大声で話し始めた。そんな彼の前には玉藻家の数え切れぬほどの兵がおり、みな百鬼へ真剣な眼差しを向けている。

「いいか! 奴らは俺様たちの大事な我が家を燃やし、多くを傷付けた。必ずや玉藻家に手を出したことを後悔させてやるぞ」

 そう言って金棒を空高く掲げた百鬼に合わせ後方で爆破した門。それと同時に武器を掲げた兵士達の爆音に負けず劣らずの雄叫びが響き渡った。

「行くぞー!」

 そう言って金砕棒を門の向こう側で待ち構えていた敵の群れへ向けた百鬼は雄叫びを上げる兵を引き連れ、勇猛果敢に城へと攻め込む。
 二つの勢力がぶつかり合った城前の広場は瞬く間に戦場と化し、戦闘の音で溢れ返った。

「向こうは始まったようやなぁ」

 一方、塀の上に立っていた玉藻前・マーリン・アゲハ・優也・ノア・レイの六人は塀から下りると城の入り口の前に並んだ。

「はい。一応これを渡しておくわ」

 マーリンが全員に手渡したのは小さな通信機。それを受け取ると各々耳に入れ始める。

「それじゃあ行きましょうか」

 そして大きな扉の前まで足を進める六人。
 すると扉は手を触れる事すらせずとも自動的に開き始めた。

「随分と歓迎されてるみてーだな」

 その声を呑み込んだ城内に広がっていたのは、数本の柱と奥に上へ続く階段が伸びる広い空間。
 そんな城内へ全員が足を踏み入れた途端、後方でこれまた自動的に閉まった扉。だが誰一人として気にせず足は前へと進む。
 しかし半分ぐらい進んだところで六人は一斉に足を止めた。その訳は眼前に立ちはだかった上半身が女性、下半身が大蛇になっている妖怪。

「一、二、三……六人ねー」

 挨拶もなく人数を数え始めた妖怪。

「誰?」
「磯女やなぁ」

 マーリンの問いかけに玉藻前が答えると磯女と呼ばれた妖怪は笑みを見せた。

「私の名前を覚えてるなんて嬉しいワ」
「ちょっとそこ通してくれないか?」
「いいワよ」

 断られることを前提で言ったレイだが意外にもあっさりと了承された。

「時間が無い僕ちゃんたちも早く隠神《いぬがみ》様のとこにいかないと行けないからね」
「そらぁどういうことや?」
「あら? 聞いてないのかな?」

 玉藻前の反応に磯女はわざとらしく焦らして見せた。

「さっさと言えよ」
「そう怒らないでほしいワ。そうねー、生き残った子どもたちワ元気にしてるかしら?」

 意味あり気な表情を浮かべる磯女。

「何したのよ!」

 そんな彼女へ感情に身を任せて叫び鋭い眼光を向けるアゲハ。
 だが磯女は思い通りだったのか怒りを露わにしたアゲハに対して優越感の笑みを浮かべていた。
 そんな二人の間に突然、大きな玉の数珠を首から提げ白い装束を身に付けた長い口ひげの狸妖怪が現れた。

「大丈夫だ。今は、だが」
「隠神刑部」

 小さいが玉藻前のその声には憎悪のような感情が含まれているようにも聞こえた。

「よく来たな玉藻前。吾輩らの誘いに乗る気になったか?」
「あれって誘いやったんかぁ。下手すぎて気が付かんかったわ」

 そんな余裕を見せつけるような返しに対し隠神刑部は鼻で笑う。

「おぬしが受けておればこんなことをせんでもよかったんだがな。吾輩も子どもに手を出すのは心が痛むんでな」

 フッフッフ、だが鼻を鳴らすように笑うその表情に心が痛んでいる様子は微塵もない。

「あの子達に何したん? 少しでも何かしたんやったら……殺すで?」
「おぉー怖い」

 そう言う玉藻前の声には紛れもない殺意が籠っていたが、隠神刑部は怖がるどころかむしろ面白がっているように笑みを浮かべる。

「だが安心しろ体内に吾輩の術を仕掛けただけのこと。大丈夫だ。今は、だがの。発動しなければ六度目の朝日と共に消える」
「発動したらどうなるんですか?」
「簡単なことだ。子どもと半径五十m内にいる奴は死ぬ。それだけだ」

 その言葉に思わず息を呑む六人。

「だが、吾輩も良心が無いわけじゃない。日が沈む前に吾輩の所に辿り着いたら術を解いてやってもいい。精々頑張るんだな」

 そう言うと隠神刑部は嘲笑いながら霧のように消えていった。
 そんな城の外ではタイムリミットの針を進めるように今も徐々に沈んでいくオレンジ色の夕陽。

「良かったワね。隠神様が寛大な方で。さぁ、時間もないから早くここを通らないといけないワね」

 すると、数本の柱から上半身が男性で下半身が大蛇の妖怪が数体出てきた。背は磯女よりも小さいが人の部分の上半身ははち切れんばかりに鍛え上げられている。

「通れるならだけど」

 だが磯女が言い終わるのが先か、柱から出てきた妖怪は全員天井まで伸びる氷の柱に飲み込まれた。
 その直後、二~三歩と前へ出るマーリン。

「先に行っていいわよ」

 彼女の行動を追い五人の視線はマーリンの背中へと集中していた。

「行くぞ」

 少ししてレイがそう言って走り出すとマーリンの横を通り、磯女の横も通り階段へ向かった。それに四人も続く。横を走り抜けていく四人を磯女はマーリンをまっすぐ見ながら見送った。

「行かせてくれるなんて意外ね。もしかしてさっきの言葉本当だったのかしら?」
「だってこんな状態だからしょうがないじゃない」

 そう言う磯女の頭上には円を描き浮く剣や刀・槍などの無数の武器が色を持ったように姿を現した。かと思うと磯女に刃先を向けている無数の武器は一斉に襲い掛かった。
 だがそれをスルリと跳んで躱す磯女。そして彼女は空中に跳び両手を背に伸ばすと斧を取り出した。それからそのまま斬りかかり落下していくが、マーリンもやられた分をやり返すように容易く避けて見せる。しかしマーリンは避けながらも空中で自分の周りに光の玉を出しては彼女目掛け飛ばし攻撃を仕掛けていた。とは言えそれは全て漏れなく斧で弾き飛ばされ失敗に終わってしまったが。
 それから着地したマーリンは警戒の視線を磯女へ向けるが、それと同時に横から強い衝撃に襲われ氷柱まで飛ばされてしまった。

「いったいわね」

 ニヤける磯女の方を見遣るとマーリンを飛ばしたであろう大蛇の尻尾が地面を鞭打っていた。
 そう余裕そうな表情を浮かべていた磯女だが、真下から見ているだけで焼けてしまいそうな火柱が巻き上がると一瞬にして呑み込まれていった。

「これでお相子ね」

 すると氷の柱を背にし腕組みして立つマーリンへ向かって燃え盛る火柱の中から斧が一本飛んできた。しかしそれは躱すまでもなく狙いは外れており後ろの氷柱――顔の真横へと突き刺さる。
 だが横の斧に一度視線を向けた後、正面へ視線を戻すといつの間にか斧を振り上げた磯女が眼前まで迫っていた。振り下ろされた斧へ咄嗟に左手をかざし透明なバリアのようなもので受け止めるマーリン。そこから鍔迫り合いのようになると磯女は右手の力を緩めずに空いた左手で氷柱に刺さった斧を引き抜き脇腹を狙い振った。
 それを左手の下から伸びた右手が防ぐ。磯女に比べ力に劣るマーリンは徐々に押し込まれていくがその表情には笑みが浮かんでいた。磯女は自分の方が優勢なはずだが笑みを浮かべている彼女に対し眉を顰める。
 だが、ハッとしたような表情を浮かべると優位な状況を捨てその場を離れた。直後、その選択が正しかったと答え合わせするように磯女と入れ違い天井から降ってきた氷山のような氷柱。尖鋭なそれが地面に刺さるとその重量を表す地響きが辺りを揺らした。
 分断する形で間に落ちた氷柱だったが磯女の斧で斜めに切られ再び顔を合わせる二人。
 一方、先に進んだ五人は橋のような作りの廊下を走っていた。左右の欄干の向こう側に広がる底の見えない暗闇は、まるで獲物を待ち大きな口を開けているようだった。
 そんな暗闇を走りながら見下ろすレイ。

「落ちたくはないな」

 するとレイの声を聞きつけたようなタイミングで右横から疾強風が吹く。
 その所為で五人は足を止めざるを得なかった。そして立ち止まり腰辺りの高さの欄干に掴まり疾強風に耐える。が、しかし、小柄な所為か背にしていた欄干を中心に回転しながら落ちていってしまったアゲハ。
 それを見たレイは舌打ちをしながらも欄干を乗り越え後を追う。暗闇は二人を瞬く間に呑み込み、それが狙いだったと言うように疾強風は止んだ。

「レイ! アゲハちゃん!」

 風が止むと優也は欄干から身を乗り出し叫んだ。

「おい。行くぞ」

 だがそんな優也に対しノアと玉藻前は先を急ごうとしていた。

「でも、二人が……」
「お前がここにいても仕方ねーだろ。俺たちがやるべきことは先に進むことだ。それに、俺の知ってるレイはそう簡単にやられる奴じゃねーと思うぜ」
「アゲハもそう簡単にやれれる子ちゃうから大丈夫やで」

 そこにあったのは信頼と確信。二人の言葉に優也も心配する気持ちを脇へと寄せた。

「――そうですね」

 そして玉藻前・ノア・優也の三人は先へと急いだ。
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