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第弐幕:狐日和
【41滴】金色の麦畑
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麦畑に佇んでいた人影は女性だった。両肩を晒した花魁衣装を着て、結われた髪は簪などで飾られている。金色の麦畑の所為か露わになった首筋や項、肩などの美白肌はより一層艶美に見え、一目で心も目も奪われてしまう程の解語花。
だが人とは異なり頭からは二つの狐耳が顔を覗かせていた。
そんな男性だけでなく女性でさえも見惚れてしまうであろう彼女に、例外なく気が付けば魅入ってしまっていた優也。あまりの美しさに吸い込まれるように彼の足は前へと出た。
「それ以上はこーへんほうがええと思うで」
二~三歩進んだ所で女性は蝶を見つめたまま、肌に触れた手でゆっくりと擁くような声で話かけてきた。
すると、女性が言葉を言い終えるのと同時に優也の喉元に刃が添えられた。一瞬、体をビクつかせた優也の後方で刀を握っていたのは森前で襲ってきたのと同じ鎧武者。喉元の冷たい感覚に優也は反射的に両手を上げる。
静寂の中、女性の顔が静かに優也へ向くと艶やかな赤紅の唇と共に口角が少し上がった。元々の端麗な顔立ちに加えメークアップされた顔は、操られてしまいそうに妖艶的。しかしながら全体的に艶めかしさを纏いながらも一本の線を引くように気品をそこには兼ね備えていた。
「ん~? ここはあの子らも入れたことあらへんのに、どないしてきたんやろうかぁ」
「いや……。その蝶を追いかけて来たというか。なんと言うか……」
事実であるが信じがたいであろう答えに優也自身も自信が無く、それは声にも明確に現れていた。
一方、そんな優也を導いた張本人は(いやこの場合は張本蝶とでも言うべきか)、女性の周りを飛んでおりひらひらと舞うと再び指に止まった。同時に女性の双眸も優也から蝶へ
「ふ~ん。この子がなぁ」
「あのー、これ納めてもらうことって……」
優也は自身から安心感を取り上げている刀を指差す。
「今はできひんなぁ」
「ですよね~」
もしかしたらという期待の元で訊いてみたが返事は予想通りだった。
すると女性は指に蝶を乗せたまま再度、優也を見遣ると前後左右、周りを回りながらじっくりと観察し始めた。
「吸血鬼やろお兄はん。いや、吸血鬼やから鬼ーはんやなぁ」
「はい、そうです」
「鬼ーはんはスルーかいな」
「気が付きませんでした。喉元に刀が無ければ気が付きましたよ。きっと」
言われてみれば『お兄』と『吸血鬼の鬼』をかけてることは明白。それに大学生の時に読んだある小説の登場人物が同じこと言っていたな、とまで思い出せた。だが気が付かなったのを刀の所為にしたのは、気が付かなった自分に対しての言い訳と玉藻前に対して刀を納めて欲しいというお願いを兼ねたからだ。
「まぁ、ええわ。せやけど偶然やとしても幻術結界に入られたんは少しヘコむなぁ」
だが依然と刀は喉元。玉藻前へのメッセージは届かなかったもしくは仕返しの様にスルーされたようだ。
「それは僕にですか? それとも蝶に?」
「両方や」
そんな冗談めいた事を言えるぐらいには冷静さを取り戻した優也は、そこでやっと花魁衣装から耳と同じように顔を出す九本の金色尾に気が付いた。
「九本の狐尾……。――もしかしてあなたが玉藻前さん?」
「そうやでぇ」
するとまるで正解したご褒美と言わんばかりに鎧武者とその手に握っていた刀が霧のように消えた。
「――いいんですか?」
優也にとってそれは望ましい事ではあったが、同時に疑問も残った。
「危険要素は無さそうやからな。それにそちじゃわらわを殺せへんから大丈夫や」
そう語る玉藻前が手を下ろすと同時に蝶も飛び立った。
「お兄ーはん、今日お仲間と一緒にわらわの森に侵入したやろ?」
「でも僕達は別にあなたを狙って来たわけじゃないんです」
「ふーん、そうなんやなぁ」
それは知っていたのか予想通りだったのか、素っ気ない返事だった。
「ただ協力をお願いしにきただけなんです」
「すまへんけど、断らせてもらうわぁ」
「え? でもまだ何も……」
玉藻前はその言葉を切り捨てるように無視すると優也を背に歩みを進め始めた。その後姿を少し見つめていた優也だったが、我に返ると開いた距離を早足で埋め横に並ぶ。
「あの、話ぐらい聞いてくれませんか?」
だが玉藻前は無反応のまま歩き続ける。
「話だけでもいいッ――」
すると突然、言葉を遮り近くの麦が体や首へと巻付き優也を地面に引き寄せ倒した。そして仰向けで地面に縛られた優也の横を紅葉色に彩られた爪の素足が横切る。足が顔の横で立ち止まると玉藻前はしゃがんだ。
「そういえば、そちの名前を聞いてへんかったなぁ」
「六条優也です」
自分の名前をハッキリと答える優也は不思議と落ち着いていた。
「優也はん。そちは何か勘違いしてるようやなぁ。そち達は勝手に侵入してきたんやでぇ? 殺す理由はあっても」
言葉が止まると優也の眼前には、刀が一本現れた。浮いた刀の鋒は真っすぐ額へと向いている。
「生かす理由はあらへんってことや。友人でも家族でも知り合いでも仲間でもあらへんそちをなぁ」
「だけど敵でもないですよね」
「そらどうやろうなぁ」
「でもあなたは殺さない」
優也は自信に満ちた声で言い切った。だが彼自身その自信が一体どこから湧いているのか、その根拠は分からない。それでも自信はあった。
「どうして言い切れるん?」
「そんな気がするんです。直感っていうんですかね。それに人を見る目には自信があるんですよ」
「自信と実力は必ずしも比例するわけちゃうんやでぇ」
「そうだとしても僕は自分を信じますよ」
その双眸は射貫くように真っ直ぐと玉藻前を見ていた。
「誰かに騙されて死ぬんやなくて自分を信じて死ねるんやから良かったやないの」
それ以上は何も言わず優也は刀の方を見ると静かに目を閉じた。
「会ったばかりやけどお別れやなぁ」
そして玉藻前が立てた手を倒すのに従い刀は重力に導かれ落ちていく。真っすぐ下へ、自分が何を突き刺そうとしてるのかも知らずに。
だが人とは異なり頭からは二つの狐耳が顔を覗かせていた。
そんな男性だけでなく女性でさえも見惚れてしまうであろう彼女に、例外なく気が付けば魅入ってしまっていた優也。あまりの美しさに吸い込まれるように彼の足は前へと出た。
「それ以上はこーへんほうがええと思うで」
二~三歩進んだ所で女性は蝶を見つめたまま、肌に触れた手でゆっくりと擁くような声で話かけてきた。
すると、女性が言葉を言い終えるのと同時に優也の喉元に刃が添えられた。一瞬、体をビクつかせた優也の後方で刀を握っていたのは森前で襲ってきたのと同じ鎧武者。喉元の冷たい感覚に優也は反射的に両手を上げる。
静寂の中、女性の顔が静かに優也へ向くと艶やかな赤紅の唇と共に口角が少し上がった。元々の端麗な顔立ちに加えメークアップされた顔は、操られてしまいそうに妖艶的。しかしながら全体的に艶めかしさを纏いながらも一本の線を引くように気品をそこには兼ね備えていた。
「ん~? ここはあの子らも入れたことあらへんのに、どないしてきたんやろうかぁ」
「いや……。その蝶を追いかけて来たというか。なんと言うか……」
事実であるが信じがたいであろう答えに優也自身も自信が無く、それは声にも明確に現れていた。
一方、そんな優也を導いた張本人は(いやこの場合は張本蝶とでも言うべきか)、女性の周りを飛んでおりひらひらと舞うと再び指に止まった。同時に女性の双眸も優也から蝶へ
「ふ~ん。この子がなぁ」
「あのー、これ納めてもらうことって……」
優也は自身から安心感を取り上げている刀を指差す。
「今はできひんなぁ」
「ですよね~」
もしかしたらという期待の元で訊いてみたが返事は予想通りだった。
すると女性は指に蝶を乗せたまま再度、優也を見遣ると前後左右、周りを回りながらじっくりと観察し始めた。
「吸血鬼やろお兄はん。いや、吸血鬼やから鬼ーはんやなぁ」
「はい、そうです」
「鬼ーはんはスルーかいな」
「気が付きませんでした。喉元に刀が無ければ気が付きましたよ。きっと」
言われてみれば『お兄』と『吸血鬼の鬼』をかけてることは明白。それに大学生の時に読んだある小説の登場人物が同じこと言っていたな、とまで思い出せた。だが気が付かなったのを刀の所為にしたのは、気が付かなった自分に対しての言い訳と玉藻前に対して刀を納めて欲しいというお願いを兼ねたからだ。
「まぁ、ええわ。せやけど偶然やとしても幻術結界に入られたんは少しヘコむなぁ」
だが依然と刀は喉元。玉藻前へのメッセージは届かなかったもしくは仕返しの様にスルーされたようだ。
「それは僕にですか? それとも蝶に?」
「両方や」
そんな冗談めいた事を言えるぐらいには冷静さを取り戻した優也は、そこでやっと花魁衣装から耳と同じように顔を出す九本の金色尾に気が付いた。
「九本の狐尾……。――もしかしてあなたが玉藻前さん?」
「そうやでぇ」
するとまるで正解したご褒美と言わんばかりに鎧武者とその手に握っていた刀が霧のように消えた。
「――いいんですか?」
優也にとってそれは望ましい事ではあったが、同時に疑問も残った。
「危険要素は無さそうやからな。それにそちじゃわらわを殺せへんから大丈夫や」
そう語る玉藻前が手を下ろすと同時に蝶も飛び立った。
「お兄ーはん、今日お仲間と一緒にわらわの森に侵入したやろ?」
「でも僕達は別にあなたを狙って来たわけじゃないんです」
「ふーん、そうなんやなぁ」
それは知っていたのか予想通りだったのか、素っ気ない返事だった。
「ただ協力をお願いしにきただけなんです」
「すまへんけど、断らせてもらうわぁ」
「え? でもまだ何も……」
玉藻前はその言葉を切り捨てるように無視すると優也を背に歩みを進め始めた。その後姿を少し見つめていた優也だったが、我に返ると開いた距離を早足で埋め横に並ぶ。
「あの、話ぐらい聞いてくれませんか?」
だが玉藻前は無反応のまま歩き続ける。
「話だけでもいいッ――」
すると突然、言葉を遮り近くの麦が体や首へと巻付き優也を地面に引き寄せ倒した。そして仰向けで地面に縛られた優也の横を紅葉色に彩られた爪の素足が横切る。足が顔の横で立ち止まると玉藻前はしゃがんだ。
「そういえば、そちの名前を聞いてへんかったなぁ」
「六条優也です」
自分の名前をハッキリと答える優也は不思議と落ち着いていた。
「優也はん。そちは何か勘違いしてるようやなぁ。そち達は勝手に侵入してきたんやでぇ? 殺す理由はあっても」
言葉が止まると優也の眼前には、刀が一本現れた。浮いた刀の鋒は真っすぐ額へと向いている。
「生かす理由はあらへんってことや。友人でも家族でも知り合いでも仲間でもあらへんそちをなぁ」
「だけど敵でもないですよね」
「そらどうやろうなぁ」
「でもあなたは殺さない」
優也は自信に満ちた声で言い切った。だが彼自身その自信が一体どこから湧いているのか、その根拠は分からない。それでも自信はあった。
「どうして言い切れるん?」
「そんな気がするんです。直感っていうんですかね。それに人を見る目には自信があるんですよ」
「自信と実力は必ずしも比例するわけちゃうんやでぇ」
「そうだとしても僕は自分を信じますよ」
その双眸は射貫くように真っ直ぐと玉藻前を見ていた。
「誰かに騙されて死ぬんやなくて自分を信じて死ねるんやから良かったやないの」
それ以上は何も言わず優也は刀の方を見ると静かに目を閉じた。
「会ったばかりやけどお別れやなぁ」
そして玉藻前が立てた手を倒すのに従い刀は重力に導かれ落ちていく。真っすぐ下へ、自分が何を突き刺そうとしてるのかも知らずに。
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