御伽の住み人

佐武ろく

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第弐幕:狐日和

【31滴】ミヤコワスレ

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 それは優也が悪夢を見た日から数日後の事。部屋へと入ってきたマーリンから彼へ朗報が伝えられた。

「え!? ノアが目覚めたんですか!?」
「えぇ。だけど……」

 だが言い淀んむマーリンは先を言いたく無さそうな表情を浮かべていた。

「どうしたんですか?」
「アタシと出会った少し後以降の記憶が無いみたいなの。その代わり、今まで無かった昔の記憶が戻ってるわ」

 ノアのいる部屋の前に立っていた優也は先程したマーリンとの会話を思い出していた。その所為でドアノブに手を伸ばすが開けるのに少し躊躇う。
 だが意を決すとドアノブを下ろし中へと入った。部屋の中ではノアがベッドの上で胡坐をかいて座っていた。でもまだ点滴は外れていない。
 そんなノアはドアの音に反応し顔を優也の方へ向ける。

「ん? 誰だ? あー、もしかしてお前、マーリンが言ってた人間辞めて吸血鬼になってヤツか?」

 話を聞いてはいたものの忘れられているという事実をいざ突きつけられ心に痛みが走る。
 だが優也はそのショックにより少し固まってしまったもののすぐに持ち直しベッド近くの椅子まで足を進めた。

「確かにそれは僕のことかも」
「とんだ変人だなぁ」
「そうかもね。――初めまして、六条優也です」

 優也は色々と渦巻く感情をグッと抑え込み手を差し出す。
 だがノアはその手をすぐには握り返さず少し見つめていた。

「どうしたの?」
「いや……。何か見たことあるなって思って。こういうのデジャヴって言うんだよな」

『前にもあったよ』そう言いたかったが、その言葉は喉で止め呑み込んだ。

「そうだね」
「まぁ、色々世話になったみたいだな。ありがとう、ユウ」

 そう言うとまぁいいかといった雰囲気で彼女は手を握り返した。

「それともう知ってると思うが、吸血鬼は俺だけになっちまったから代表して――ようこそ吸血鬼一族へ」
「ありがとう、ノア」

 それはいつもの癖として自然と口にした名前だった。だがその名前を呼ぶとノアは首を傾げた。

「ノア? 俺の名前は、レベッカ・アーデン・ディートハルト・ウィン・パリッシュ・スタインフェルドだぞ?」
「レベッカ・アーデン……?」

 すぐに覚えられない程の長さに少し戸惑う優也。

「覚えられねーなら好きなように呼んでいいぜ。さっきのノアって呼び方でもなんでもよ」
「じゃあ、ノアって呼ばせてもらうよ。その方が呼び慣れてるからね」
「あぁ、いいぜ」

 つい呼び慣れてると口を滑らせてしまったが、(気が付いてないのだろう)ノアは特に気にする様子はなくいつもの笑顔を見せた。

「調子はどう?」
「まだ体が思うように動かないって感じだな」

 そう言いながら手を握ったり開いたりして感覚を確かめるノア。

「もう少しかかりそうだね」
「鈍ってないかが心配だな。――そうだ、動けるようになったらお前に手合わせしてもらうかな」
「その時は相手になるように頑張るよ」
「おっ! それ、俺とお揃いだな」

 するとノアは突然、優也の耳で揺れる十字架のピアスを指差した。その後に自分の右耳にあるピアスを前に出し指で叩いて揺らす。
 そんな彼女に対し優也は何も答えられないでいた。あの――ノアがこのピアスをくれた時の事を一人思い出しながら。

「もう片方は起きたときには無くなっててな。どっかで落っことしたかもな。探さねーと。やっぱ両方あった方がいいからな」

 そう言いながらノアは腕を組み考え出した。
 そんな彼女を見ながら優也は黙って自分の耳からピアスを外し差し出す。

「良かったらこれ付けていいよ」
「でも、これはお前のだろ?」
「僕は……もう一個あるからさ」
「いいのか?」
「もちろん」
「じゃあ、見つかるまで借りるかな」

 喜色を浮かべピアスを受け取ったノアは左耳へと付けた。そして両耳で十字架を揺らしながら優也の方を見遣る。

「似合ってるよ」
「しばらく経っても見つかったら返すからよ」
「というかそれなんだけどね」

 優也は聞こえないぐらい小さな声で零すように呟いた。

「ん? 何か言ったか?」
「なんでもない」
「そうか」

 そしてやはりまだ心の整理がつかない優也は、もう少しここにいたかったが椅子から立ち上がった。

「それじゃあ、僕は行くね」
「おう。ありがとな」

 それから優也は部屋を出ると自分の部屋に戻りベッドの傍に体育座りで座り込んだ。顔を組んだ腕の中に埋めると溜息が自分勝手に外へ飛び出す。
 そんな優也の隣にいつの間にか入ってきていたマーリンが腰を下ろした。

「誰だって言われちゃうと流石に……」
「だから言ったじゃない忘れてるって」
「何でですか?」
「……さぁ何ででしょうね。捕まったときに何かされたのかもね」
「はぁー」
「大丈夫よ。今までと変わらないじゃない」

 そう言うとマーリンは肩に手を回し優しく抱き寄せた。

「今までと変わらずあの子の為に頑張ればいいのよ。忘れられたって何度でも出会いに行けばいいじゃない」

 優也はその言葉に顔を上げマーリンを見遣る。

「いいこと言いますね」
「尊敬したでしょ?」
「それを言わなければもっとしました」
「あら、なら言わなければ良かったわね。――まぁ何にせよ、あの頃の頼りない少年を忘れてくれたのよ。良かったじゃない。これから頑張れば好印象だけを与えられるわよ」

 マーリンは回した方の手で頑張れと言うように肩をポンポンと叩いた。

「頼りないって……まぁ、そうでしたけど」
「とりあえずこういう時は、アモのおいしいスイーツでも食べてリフレッシュしましょ」
「そうですね」

 そしてマーリンと優也はいつもの食事をする部屋へ。

「アモ~今日のおやつは?」

 その声に呼ばれ椅子に座った二人の元へシルバートレイを片手にアモは現れた。

「本日は、ザッハトルテでございます。珈琲とご一緒にどうぞ」

 オーストリアで生まれたお菓子ザッハトルテ。艶があり高級感溢れるそのチョコレートケーキは甘く、苦めの珈琲と相性は抜群。
 そんなザッハトルテに二人が舌鼓を打っていると部屋にレイが入ってきた。

「おっ。美味そうなの食ってるじゃないか」
「あなたも食べる?」
「もちろん」

 レイは椅子に座るとテーブルの真ん中の大皿から一ピースを小皿に乗せた。そしてフォークを使い一口サイズに切り口へ運ぶ。

「ん~、アモさんの作るものは何でも美味いな」
「あんたって意外とスイーツ好きよね」
「意外ってなんだよ」
「肉とか好きそうだもんね」
「それって俺がウェアウルフだからか?」
「それもあるけど見た目かな」
「人を見た目で判断しちゃいけないって習わなかったのか?」
「でも犬耳とスーツ……」

 レイの耳からザッハトルテに視線を落とした優也は閃いたように上へ向けた手の平にフォークを握った拳を落とした。

「確かに合うかも。というか可愛い」
「癒しキャラね」
「おい! 誰が可愛いだ! それに俺は犬じゃねーよ!」

 少し大きな声と共にレイはフォークを優也へ向けた。
 そんなレイに構わずマーリンは近くにあった紙に簡単なイラストを描き始め、出来上がったイラストを優也に見せた。

「レイ、可愛いぃ」

 優也の反応を見た後にマーリンはとニヤニヤとした表情を浮かべながらレイの方に紙を向ける。そこには可愛いくキャラクター化されたレイが描かれていた。
 ニヤつくマーリンの隣で優也は可愛いものを見る乙女のような表情を浮かべながらレイを見ていた。

「はぁー。もういい。好きにしてくれ」

 そんな二人に諦めたような溜息をついたレイはザッハトルテにフォークを入れた。
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