御伽の住み人

佐武ろく

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第壱幕:人と御伽

【22滴】血と血

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 家に帰った優也は一直線で寝室へ向かうとベッド近くの棚前に立った。棚上に置いてあったのはアクセサリートレイ。
 そこには一枚のコインと十字架のピアスが一つ置いてあった。そのうちのピアスを手に取り眺める。

「危険だと分かってるのに自分から行くなんてバカだよなぁ」

 そう呟く彼の表情は笑っていた。
 そしてピアスをポケットに仕舞うとコインも手に取りリビングへ。腕時計を見ると時刻は丁度、二十三:五十八から九へと変わったところ。
 まだ日を跨いでない事を確認すると、曲げた右親指の先を人差し指の下に潜り込ませ、コインを親指の山なりになった第一関節と人差し指の横腹に乗せる。
 そして目を瞑り親指でコインを空中へと弾いた。勢い良く回転しながら宙に舞うコイン。上へ上へ昇っていくがその力が重力と釣り合った時、宙に浮いた。そんな長く続けば魔法となる時間もすぐに終わると、次は重力が勝り下へ落下していく。
 だがコインは優也の手に戻ることはなく途中で消えてしまった。

「零時ジャスト。来ると思ったわよ少年」

 マーリンの声が聞こえると優也はゆっくりと目を開く。
 そこは以前二度、目覚めたときと同じ部屋。その部屋でマーリンは広げた本を片手にし椅子に座っていた。

「返事は――聞くまでもないわね」

 その決意に満ちた表情から答えを受け取ったようだ。

「さて、早速始めましょうか」

 表紙に『Marguerite』と書かれた本を閉じテーブルに置くと立ち上がり優也の方へ歩いて近づく。

「それじゃあ、服を脱いでちょうだい」
「え?」
「上だけでいいけど脱ぎたかったらご自由にどうぞ。脱ぎ終わったらそこに寝てね」

 マーリンの指はベッドを指し示す。戸惑いはしたものの指示に従い上を脱ぎ仰向けになった。
 それを確認するとサイドテーブルから小さなナイフを取り、ベッドに上がったマーリンは優也の腰辺りに跨った。そんな彼女がパチンと指を鳴らすと彼の両手足はあっという間に鎖の付いた鉄の錠でベッドと固定された。

「暴れると危ないからね」
「あのー、今から何するかは教えてくれます?」
「そうねー。痛くて苦しいことかな」

 マーリンは笑顔で言うと自分の人差し指をナイフの刃先で少し切る。そして切り口から溢れてきた血で優也の左胸辺りを中心に魔法陣を描き始めた。

「くすぐったかったら言ってね。まぁ、止めないけど」
「大丈夫です」

 ササっと魔法陣を描き終えると最後にお腹の右下へ『Welcome』という文字とスマイルマークを描き加えた。

「はい。準備完了! 心の準備はいいかな?」
「え!? もう始まるんですか?」

 だが質問に対する答えはない。
 そして返事を他所にマーリンが右手を種明かしでもするように開くと、そこには心臓が姿を現した。今もリズム良く鼓動しまるで生きているような心臓が。

「これは吸血鬼の心臓よ。これを少年のと融合させると……あ~ら、不思議。人間が吸血鬼になっちゃうってわけ」
「僕は何を?」
「少年は耐えて頑張ることぐらいじゃない? アタシも初めてだからよく分からないけどこれだけは言えるわ」

 マーリンは一拍程度の間を空けて続きを口にした。

「失敗したら死ぬ」
「それ、やる前にいいます?」
「後で怒られても困るからね。もちろんこの状態で」

 片手でおばけのジェスチャーをするマーリン。

「その時はちゃんと成仏しますよ」
「死なないでね」
「その気は毛頭ないです」
「なら頑張って。さぁ、用意はいいかな?」
「はい」
「よし! いい返事ね。じゃあやるわよ」

 まずマーリンは心臓を魔方陣の中心、優也の心臓部へ持っていった。そしてゆっくり近づけた心臓が体に触れると魔方陣は光を放ち始める。それと同時に優也の苦痛に耐える声が上がる。
 一方で優也の胸では門が開くように胸が裂け彼の元気一杯な心臓が姿を現していた。今でも優也のために必死に働いている心臓。その心臓へマーリンは持っていた吸血鬼の心臓を押し込んだ。力ずくで無理やり押し込む。そしてゆっくりと一体化するように優也の内側へ沈んでいく心臓がついに全て入りきると、開いた胸は閉じ魔方陣も消えてなくなった。上げていた声も消え、優也はぐったりと眠ったように動かない。

「あとは少年次第」

 マーリンはそう呟くとベッドを降りた。
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