御伽の住み人

佐武ろく

文字の大きさ
上 下
32 / 77
第壱幕:人と御伽

【19+滴】対御伽のエキスパート2

しおりを挟む
 だが、戦闘の合図が鳴る前にまるで喧嘩の仲裁にでも入るように手を叩く音が鳴り響いた。その音のする方へ二人の視線が向けられると、そこには黒山が立っていた。周りには少しでも動けばすぐに撃てるように銃を構える部下。

「はいはい。そこまででお願いしますよ」

 そう言いながら黒山が近づくと青年は戦闘体勢を解いた。彼の様子を見る限り黒山がこの場所に訪れるのが分かっていたのかもしれない。

「清明さんありがとうございました」
「茶番に付き合うのもこれが最後だからな」
「覚えておきましょう」

 清明は睨みつけるような視線と共にそう告げるとその場を去って行った。彼が階段を下りて行ったのを見届けると黒山はノアの方へ向き直す。

「さて、初めましてですね吸血鬼さん」
「誰だお前?」

 既に戦闘態勢を解き腕組みをしていたノアは率直な疑問を返した。

「私はINC対策機関対策本部研究開発局局長、黒山健三郎です」

 黒山は所属を早口で捲し立てるように言うと名前は少しゆっくり丁寧と口にし、最後は紳士的なお辞儀をした。
 そして頭をゆっくりあげた黒山はノアをまっすぐ見ながら再度口を開く。

「本題に入らせていただく前に、あなたが本物の吸血鬼だという証拠が欲しいんですよ。いやぁ私、自分の目で見ないと信じないタイプでして」
「何でわざわざんなことしてやんねーといけねんだよ」
「ごもっともの意見です」

 すると黒山の言葉の直後、間髪をいれずに乾いた銃声が叩きつけられた。それと同時にノアの肩には風穴が一つ。
 銃弾により押された肩に手を伸ばし正面へ向き直すとノアは、真っ先に黒山を敵意の目で睨みつける。そんなそのまま刺し殺してしまいそうな視線を向けられた黒山の真っすぐ伸びた腕の先には、煙を吐き出す銃が握られていた。
 そしてその場にいた全員が沈黙を守る中、ノアが睨む目つきは逸らさず押さえていた手をどけると、もうそこに銃弾による傷口はなく穴が綺麗に塞がった肌が覗き込むように姿を見せた。残っていたのは返り血のように付着する鮮血だけ。

「その再生の早さ、資料にあった吸血鬼の特徴と一致しますね。清明さんの報告もありますし吸血鬼と判断してもよさそうです。仮ではありますが」
「いきなり撃ったってことは殺されても文句はねーよな?」

 突然の攻撃で本能的に戦闘態勢に入ると、攻撃性を隠すことなく言葉に詰めた。

「突然の発砲は申し訳ありません。文句はありませんが、殺されるのは嫌ですね」
「先に仕掛けてきたのはそっちだろ」
「まぁまぁ」

 銃をしまった黒山は両手を宥める様に動かした。
 だがしかしその人を苛立たせるほど冷静な態度は、逆にノアの怒りの炎に油を注いだ。

「まずは相談なんですが、そのまま抵抗せずに捕まってくれませんか?」
「は? お前ふざけてるのか?」
「まさか! むしろ尊敬さえしています。私はただ吸血鬼という未知のあなたを研究したいだけなのです。あなたの能力を人間にも活かせないかどうか。もし活かせなくともその不死身に近い体で様々な研究ができるはずです」

 まだ見ぬ研究を思い浮かべているのか黒山は満面の笑みを浮かべていた。

「どうですか? 極力あなたの要求は受け入れますよ」

 そんな黒山に対しノアは返事をする前に指の関節を気持ちよく鳴らした。

「俺の要求は、邪魔をするな。だ」

 その言葉に黒山は呆れたような残念そうな様子で肩をすくめ顔をゆっくり横へ振った。

「致し方ありませんね」

 そう言うと懐から一部が赤く染みたハンカチを取り出した。それを丸めノアへ投げると、ジェスチャーで『匂いを嗅げ』と伝える。訝しげにしながらもノアは目の前に落ちたハンカチを拾い上げると匂いを嗅いだ。

「誰かは言わずとも分かりますね?」

 ハンカチの赤い染みから鼻に吸い込まれた匂いは嗅覚を刺激し脳にある人物の姿を映し出した。その瞬間、先ほどよりも鋭い眼光が黒山を睨みつける。

「どういうことだ?」
「彼は私の手中にあるとでも言っておきましょうか。さすがに同じ人間を痛めつけるのは心が痛むのですが、あなたが協力してくれないというのなら致し方ないですね」

 行き場のない怒りが唇を噛ませていたノアの中では感情と理性が鎬を削っていた。その間、しばらくその場に鎮座する沈黙。
 そして彼女の中で勝者が決すると手からハンカチが零れ落ちた。重力に導かれ落ちていくハンカチはコンクリートの地面に鳥のように優しく着地。一方、ハンカチを手放したノアは両手を上げていた。
 それを見た満足気な黒山の指示で二人の部下が近づく。

「これで彼の安全は約束しますよ」

 ノアに抵抗する気は無かったが部下の一人は頭に銃を突きつけ、その間にもう一人が首に注射器を突き刺した。
 そして中の液体を注入すると彼女の全身の力あっという間に抜けていった。注射をした部下が支えなければ地面へ抵抗なく倒れてしまいそうなほどに。

「吸血鬼にもこの特製の睡眠薬は効くようですね」

 そう呟きながら黒山は懐から取り出したメモ帳にペンを走らせた。

「しっかりと死なない程度に血を抜き続けてくださいね」

 ノアを運んでいる部下にそう指示をすると地面に落ちたハンカチまで歩きそれを拾い上げる。そしてそこに付いた血を眺めながら嬉々とした笑みを浮かべた。

「やはり、貰っておいて正解でしたね」

 ハンカチを懐に戻した黒山は階段へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

追放された付与術士、別の職業に就く

志位斗 茂家波
ファンタジー
「…‥‥レーラ。君はもう、このパーティから出て行ってくれないか?」 ……その一言で、私、付与術士のレーラは冒険者パーティから追放された。 けれども、別にそういう事はどうでもいい。なぜならば、別の就職先なら用意してあるもの。 とは言え、これで明暗が分かれるとは……人生とは不思議である。 たまにやる短編。今回は流行りの追放系を取り入れて見ました。作者の他作品のキャラも出す予定デス。 作者の連載作品「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」より、一部出していますので、興味があればそちらもどうぞ。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

処理中です...