記憶喪失になりまして。

希彩(kiiro)

文字の大きさ
上 下
3 / 9
第1章

#2

しおりを挟む
刺さる冷たい目線。手に冷たい汗を握りしめる。
あれ?私ってもしかして嫌われてたりする…?

芸能界復帰当日、私は連続ドラマのキャスト顔合わせなるものに参加していた。こちらは見る人見る人が芸能人ばかりで頭がおかしくなりそうなぐらい緊張していたのに、湯川さんと挨拶回りにいったとき、皆さんの反応で何となく状況を悟った。私はまさかの皆の嫌われ者のようである。

共演者の方々は私の顔を見て、わかりやすく嫌な顔をしたり、嫌味を吐いたり、無視をしたり、様々に反応してくれた。私は驚いて、湯川さんにアイコンタクトを送ったのだが、苦笑いでスルーされた。何をしたら、こんなに嫌われるのか。

身に覚えのないことで、悪意や嫌悪を向けられて、逆に緊張が緩む。Gimmickの人達が言ってたことも酷かったし、私は記憶喪失になる前、なかなかの性格の持ち主だったのかもしれない。

「記憶喪失なんだって?」

そんな中、ある女優さんが気さくに話しかけてくれた。彼女は水嶋 葵みずしま あおいさん。私がデビューしたての頃に、とある医療ドラマで共演して以来、ずっと気にかけてくれているらしい。この人は挨拶のときも優しかった。私の希望である。

「はい。実は…何も覚えてなくて。あはは。」

「嘘!あ、でも、なんだか弱くなった?」

いや、この状況で強くいれるメンタルってどんなのだよ。って心の中でツッコミを入れる。前の私は鋼のメンタルだったのか?

「私って、その、性格悪かったんですか?」

気になっていることを恐る恐る聞いてみる。

「ぷっ!何を今更!まぁ私は嫌いじゃない性格だったけどね。」

「そう言ってもらえると助かります。」

やっぱり、性格悪かったのか…。いや正直、今の私だって性格がいい自信なんてないし、記憶があるかないかの差だったりするかも。にしても、私はいったい何やらかしたんだ?

「実力で黙らせるのがアンタのやり方なんだから、自信持ちなさいよー!」

実力って演技のことだろうか。記憶が無い私にとって、演技の経験なんてゼロに等しい。どうしよう。更に不安になってきた。実力の無い、嫌われ者とか、辛すぎる!

「…アドバイスくれませんか?」

「うーん…そうね。アンタ酔っ払うといつも“役者は自分を捨てる仕事だ”って言ってたわよ。」

「自分を捨てる…」

「そう!あと“台詞が役を作るんだ”ってうるさくて。」

私は、どんな役者だったのだろう。過去の自分が言った言葉に、恥ずかしいけどなんだか惹かれる気がする。いったいどんな演技をしていたのだろう。私はどうやって“自分を捨てる”ということをしていたのか。昨日まで、他人事だったこの仕事がどうしてこんなにも魅力的に感じるのか。私はその答えを知りたいと思った。

「アンタは大丈夫よ。この私が認めた天才女優だもの、これぐらいで終わっちゃ駄目なの。」

「あはは、ありがとうございます。…向き合って頑張ろうと思います。」

たぶん私は演じるという仕事が好きだったんだと思う。言葉の端々からその想いを感じ取ることができるからだ。だったらもう一度、全力で向き合ってみようじゃないか。嫌われてるのだってどうにかしてやる。どうやら、私はかなりの負けず嫌いらしく、記憶が無いことを言い訳には使いたくない。過去の私がしたことは、これからの私が責任を取るしかないじゃないか。記憶があってもなくても私は結局、私のはずだから。

「湯川さん、私の出演した作品、全部見せて欲しいんですが。」

顔合わせが終わり、迎えの車を呼ぶ電話で、私は自分なりの覚悟を決めた。怖くないと言ったら嘘だけど、私は自分を思い出したい。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

貴方の事を愛していました

ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。 家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。 彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。 毎週のお茶会も 誕生日以外のプレゼントも 成人してからのパーティーのエスコートも 私をとても大切にしてくれている。 ーーけれど。 大切だからといって、愛しているとは限らない。 いつからだろう。 彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。 誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。 このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。 ーーけれど、本当にそれでいいの? だから私は決めたのだ。 「貴方の事を愛してました」 貴方を忘れる事を。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

異世界転生したら幼女でした!?

@ナタデココ
恋愛
これは異世界に転生した幼女の話・・・

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...