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第七章(最終章) 王子様の寵姫の座に収まっています

7-3 私も……ディアルムド様を愛しています ※

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 ブリギットの突然の見舞いから数日後。
 その日の朝も、ディアルムドが勝手知ったる態度でバーベナの部屋に入ってきた。

「バーベナ、おはようございます。今日のお花ですよ」
「おはようございます。ディアルムド様。毎日素敵なお花をありがとうございます」

 バーベナはディアルムドから花束を受け取ると、レモンのような爽やかな香りにつられて、「ああ、いい匂いがする」と鼻を寄せた。

 毒で倒れて以来、お互い寝室を分けて過ごしているが、朝になるとディアルムドが花束を片手にこうして様子を見にきてくれる。
 妃になってほしいと追いかけ回されていたあの日々と今とでは少しも変わっていなかった。
 いいや、違う。変わったこともある。
 大好きなアクアブルーの瞳には、花をもらって嬉しそうにはにかむ自分の姿が映っている。
 まるでお互いの姿を焼きつけておこうと言わんばかりに見つめ合っているようだ。

「治療師からお墨付きをもらったので、そろそろ妃教育を再開してもよさそうですね。明日から頑張ってお菓子も焼きますよ」

 ディアルムドはおどけて力こぶを作ってみせた。

「ディアルムド様も治療師の先生も心配しすぎです。おかげでずいぶんお休みをいただいてしまいました。……あ、ですが、お菓子作りのほうはほどほどに。睡眠時間を削るとか、くれぐれも無理はしないでくださいね。毎日じゃなくていいんです」

 ディアルムド様さえいてくれるなら、と付け加えると、彼の頬がおもしろいくらいに上気する。

「俺を不意打ちで驚かせるのが、すっかり好きになったようですね」

 ディアルムドは目元を和らげ、とびきり甘い笑顔を浮かべた。

「あなたはこの花のように愛らしい」

 それから、仕返しとばかりにバーベナの髪を一房手に取ってキスをしてくる。
 気障ったらしい台詞でも様になっているのだから驚きだ。
 バーベナが恥ずかしさからううっと目元を覆ったのも束の間。
『この花』という言葉を思い出して、手元に視線を落とした。
 いつもよりも小ぶりの花束だが、一本一本伸びた茎には白やピンクといった色とりどりの小花がたくさん咲いている。

「そういえば、今日のお花はバーベナなんですね。雑草だって妹によく馬鹿にされていましたが、実際目にするととても可愛いです」

 ディアルムドが贈ってくれたからだろうか。それまで敬遠していた花が、この瞬間、とても可憐に見えてしまう。
 うっとりと眺めていると、そうですよ、とディアルムドが得意げに説明を始める。

「バーベナは雑草なんかじゃありません。古くから未来を占うために使われていた花です。悪魔を祓うとも言われています」
「へえ……」
「『魔力』『家族愛』『勤勉』『忍耐』……いろんな花言葉がありますが、俺が一番好きな言葉は『魅力』です。ずいぶん昔の風習になりますが、騎士たちは意中の女性にこぞってバーベナの花を贈って、『あなたは魅力的です』とアプローチしていたそうですよ」

 ディアルムドの熱い語り口に、バーベナはやや圧倒されながらも感心した。

「そ、そうだったんですね……初めて知りました」

 物知りというより、女子力の高さが窺い知れる。
 そんなところが、実にディアルムドらしい。

「素敵な花です。あなたの名前も」

 そう言って、ディアルムドは花束ごとバーベナの手を取った。

 ――昔の女性もこんなふうに騎士様からアプローチを受けていたのかしら?

 だとすると、とても情熱的だ。
 ほんの少し面映い気もするが。

「バーベナ、あなたは愛されているんです。どうかそれをわかってほしい」

 真摯な眼差しを受けて、バーベナは驚きとともに胸が熱くなるのを感じた。
 愛されている、その言葉を胸の中で何度も反芻はんすうする。

 ――私の名前は雑草なんかじゃない。いろんな意味が込められていたのね。

 もともと自己評価が低いというのもあるが、あの一件で自分が養子だと知って、少なからずショックを受けていた。
 意外な形で出生の秘密を知ることになったが、バーベナ自身、本当は気になっていた。
 自分は望んで生まれてきたのか。何より、実の両親から愛されていたのか。
 両親亡きあと、本当のことはわからない。
 けれども今、ディアルムドのおかげでその答えを得られたような気がした。

「……ありがとうございます。私も……ディアルムド様を愛しています」

 お礼を言わずにはいられなかった。
 彼はバーベナが前を向いていけるよう、いつもさりげなく気遣ってくれる。
 もっと簡単に――突き放すようなやり方だってあったはずなのに。
 この気持ちの半分でも伝わりますようにと願いながら、バーベナは愛していると、噛みしめるように言う。

「キスしていいですか?」

 すると、間髪を入れずに尋ねられた。
 それまで労わるような眼差しだったのが、急に熱く獰猛なものに変わっている。
 こくりと頷くが早いか、唇を塞がれた。
 優しいキスではない。強く求められていることがわかる、情熱的なキスだった。
 もう何百回とキスをしているのに、彼はいつだってバーベナを激しく求めてくる。

「このまま抱いても?」

 キスの合間に強請られ、バーベナは必死に息継ぎをしながら答える。

「あ、あの……それなら、可愛いドレスを着て支度をしてきてもいいですか?」

 仕事前だろうか。略式とはいえ軍服を着こなした彼が眩しい。
 お世辞にも可愛いとは言えない部屋着では釣り合いが取れない……というより、ムードに欠けるかもしれない。
 そう思って申し出たつもりだったが、予想とは裏腹にディアルムドは首を横に振った。

「このままの格好で大丈夫ですよ。あなたはすでにじゅうぶん可愛いので」
「え、ええと……」
「俺のために着飾ってくれるのは嬉しいのですが、正直に言うと、俺は一糸纏わぬ姿のあなたのほうが好きなんです」
「それ、ただの裸では……?」
「ここのところずっと我慢していました。もちろんあなたの健康が第一ですが、治療師からゴーサインをもらったとき、俺がどれほど歓喜したことか。今すぐあなたが欲しいんです」

 ディアルムドの形のいい唇から、劣情の籠もった言葉が淀みなく紡がれる。
 ロマンチックな雰囲気だというのにイマイチ感動しきれないのは、彼が強引すぎるせいだろう。
 もっと女性に慣れた、大人の男性であればこんなことはしないはず。
 それがまったく嫌じゃないというのだから、自分も相当だと思うが。
 完璧な王子様に見えて、ちょっと残念なところもある――そんな彼が大好きで困ってしまう。

「ディアルムド様……」

 バーベナは仕方ないといった具合に口の両端を上げると、ディアルムドの手を取ってそのまま胸のほうへと誘った。
 ディアルムドの喉がゆっくりと上下する。
 やわやわとたわわな胸を揉まれ、甘い痺れが背筋を駆け上った。

「あっ……」

 胸の先端をちょんと弾かれれば、あられもない声が飛び出る。
 かと思いきや、素早い身のこなしで花束をサイドテーブルに置いて、あっという間に抱き上げられた。
 向かっているのは、奥にある寝室だ。

「愛しています、バーベナ」
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