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第六章 王子様と一緒にパーティーを開きます
6-1 とっておきのサプライズを披露しますね
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バーベナが王城にやってきてから二週間たった。
その間妃教育として、歴史やマナーなどの授業をこれでもかというほど詰め込まれたハードな毎日を送っている。
ただ魔法以外の話に触れるのが初めてだったバーベナからしてみれば、すべてが新鮮だった。
尻込みしたのは最初だけ。
いざ授業を受けてみると、知らない知識がどんどん増えて楽しいばかりだった。
身内の贔屓目かもしれないが、教師たちは「妃殿下は海綿のようになんでも吸収されている」と口を揃えて褒めてくれる。
人間、褒められれば嬉しいもの。俄然やる気が出てきた。
なお、扉の封印強化は順調に進んでいる。
魔物による怪我人が出ても困らないよう、ミアンに回復薬を持たせてシネイドのところまでお使いを頼んでいるが、今のところ大きな被害が出たという話は聞かない。
扉自体は国境近く、大神殿の地下にある。
王家の霊廟としても知られている有名な場所だ。
だが歴代の王たちが収められている棺の間よりもさらに奥深く――階段を降りていった先に、魔界と人間界を隔てる重要な扉があることは、ほとんどの人間が知らないだろう。
それも一見すると、大理石の壁に囲まれた、ただの美しい装飾の扉にしか見えない。
肝心の封印のほうも、さほど難しくない。
扉の前に立ち、ディアルムドとバーベナの融合した魔力を注ぐだけ。
恥ずかしい話、毎日夫婦らしく過ごしていればほぼ問題ないのだ。
もっとも魔法使いの少なくなった今の世界では、そんな簡単なことさえ難しい状況だが。
「ディアルムド様!」
そんなある日、バーベナは晩餐の席で悲鳴を上げた。
「鳥じゃないんですから、こ、このようなことは……はしたないと言いますか……」
「まるで求愛給餌のようですね」
どういうわけか、ディアルムドはバーベナを膝の上に乗せながら、食後のデザートを手ずから食べさせている。
マナー教師も真っ青になる光景だろう。
反面、使用人たちは『クールな殿下がなんて珍しいんでしょう』と驚きつつも、『新婚ですからね』と生温い視線を向けている。
――普通の王族はこんなことしないわ。というか貴族でも……ううん、平民でもしないかも……。
「ディアルムド様!」
もう一度嗜めるように呼びかけてみたものの、真っ赤な顔ではなんの説得力もない。
心臓がドキドキしすぎて痛かった。
妃教育が進むにつれ、少しずつ自分に自信が芽生えてきているものの、ディアルムドとの触れ合いについてはいっこうに慣れなかった。
「夫が妻を溺愛して何が悪いんです?」
ディアルムドは少しも悪怯れずに、むしろこてんと首を傾げてみせた。
――これは……自分が正しいと思っている顔!! しかも、自分がどう見られているかわかっていてやっている顔!! くっ……それでも絵になる!!
顔面偏差値の高すぎる王子様に、バーベナは不満そうに口を尖らせる。
しかし腹が立っても最後まで憎めないのは、いつものことで。
「さあ、今日も俺が腕を振いましたから、早く食べましょうね」
頑張ったんです、と力説されてはこれ以上断るのも野暮だ。
そんなことをしては、スイーツ好きの名折れになる。
「ありがとうございます」
結局、口を開けるほかなかった。
ちなみに、食後のデザートはチョコと一緒に可愛らしく盛りつけられたソルベである。
一口食べると、羞恥プレイなどどうでもいいと思えるほど至福なひとときに浸れるから不思議だ。
「ああ……」
バーベナは両頬に手を当てながらうっとりと目を伏せた。
「美味しいです……幸せ……」
味はもちろん、彼がわざわざ作ってくれたこともバーベナをいっそう幸せな気持ちにしていた。
マナー教師によると、王族とは一人ひとり多忙なスケジュールを組んで行動しており、夫婦であっても二晩と一緒にいられないのが普通だとか。
以前のソーラスも、ディアルムドはバーベナ以上に忙しいと言っていたはずなのに。
お菓子に限らず、毎日欠かさずお花も贈られている。
それだけでもじゅうぶん驚きに値するのに、時間を見つけては今のように二人一緒に食事までしている。
――ディアルムド様の一日っていったいどうなっているのかしら? 休んでほしいとお願いしても、じゅうぶん休めていると言われてしまうし……もしかしたらディアルムド様だけ一日が五十時間くらいあるのかも?
最近、本気でそう思っている。
「あ、あの……その、毎日毎日疲れないんでしょうか? 扉の封印は以前よりもよくなって、魔物の出現も減ってきているんですよね?」
「ええ。あなたの力添えのおかげです。そろそろ扉へ行く間隔を空けてみてもいいかもしれません」
「そ、それなら寝室のほうも……」
当然、毎日一緒に眠っていることも付け加えておこう。
毎晩激しいので手加減してほしいとは言えないが。
「それとこれとは話が別ですよ。夫婦が同じ部屋で眠るのは当たり前のことです。使用人や下の者たちにいらぬ心配をかけたくありません」
間髪を入れずディアルムドが首を振った。さっきからずっと笑顔なのが怖い。
「で、ですが、これだけ忙しいんです。一日くらい手を抜いても、私は約束が違うと言って怒り出したりしませんから。ディアルムド様のお体が心配なんです。本当ですよ」
体が心配、という部分をあえて強調して言ってみたが、やはりというべきか、ディアルムドは笑顔で一蹴した。
「ありがとうございます。気持ちだけ受け取っておきましょう。ただ、これまで魔物討伐にかかっていた時間を別の時間にあてられるようになったので、以前ほどつらくはないんですよ。それに……」
ディアルムドは妙なところで言葉を区切ると、バーベナの顔を覗き込む。
アクアブルーの瞳には真剣な光が宿っている。
「それに?」
バーベナは彼から目を離せないまま、ごくりと唾を飲んだ。
「あなたのおっしゃる通り、王子としてやることは多いです。それは間違いない。正直に言うと、俺も人間ですから疲れることもあります。ですが、バーベナ、あなたとこうして触れ合っている時間が俺の唯一の癒やしなんです」
ディアルムドは低く、深い、愛情の籠った声で言う。
自然と『惚れている』という彼の言葉を思い出したバーベナは、じーんと胸が熱く痺れるのを感じた。
「癒やし、ですか?」
「はい。できれば……あなたも癒やしてあげたいと思っています。とくにあなたは城に来たばかり。王族の一員に加わった以上、肩にかかるプレッシャーは相当なものになります。俺はあなたを守りたいんですよ」
かつては孤独と重圧に耐えかねて、奇行や妄想に取り憑かれた王族もいたという。
ふと頭に思い浮かんだのは、病に伏せている国王の青白い顔だった。
妃教育が始まる前に一度だけ顔合わせをしている。
ただ死んだように眠る王を見ても、まったく可哀想には思えなかったが。
バーベナはソーラスとディアルムドから聞いた話を思い返しながら、神妙な顔で頷く。
「ありがとうございます……だけど、私は守られるだけじゃ嫌です」
今度は首を振って言い返すと、ディアルムドが目を丸くした。
「もちろんお花もお菓子も嬉しいですし、こうしてディアルムド様が気にかけてくださるのも本当にありがたいことだと思っていますが……」
事実、バーベナはディアルムドの思いやりに感動さえ覚えている。
「私もディアルムド様を守って差し上げたいんです……!」
妃教育を頑張っているのも、そのためだ。
ディアルムドが好きと自覚してからは、その思いは日増しに強くなっている。
だからこそ、このままではいけないと思っている。
自分は変わらなければならない。
――ううん。変わりたいの。
「ですから、今度の週末、とっておきのサプライズを披露しますね」
――これまでの成果を披露するわ!!
誰にも文句など言わせない。
そして一番は、ディアルムドに好きと伝えたい。
ついでに言うと、いつも彼に振り回されてばかりなので、たまには主導権を握って度肝を抜いてやりたいという気持ちもある。
意趣返しを想像したら、なんだかワクワクしてきた。
「それ、自分で言っちゃいますか」
相変わらずおもしろい人だ、とディアルムドがクスクスと笑い出した。
「週末というと、立食パーティーでしたね」
よっぽどおかしかったようで、ディアルムドはまだ肩を揺らしている。
それを見て、バーベナの中でよりいっそう覚悟が決まった。
「そうです。先生方のご指導のおかげで準備も滞りなく進んでいます。私が初めてディアルムド様の妃として公に顔を出す日にもなります」
「うーん、挙式のほうは先になることですし、俺はもう少し時間をかけてもいいと思いますが……」
「そんなに待っていられません!」
ハッキリ言うと、ディアルムドが小さく息を呑んだ。
「そうなんですか?」
「ええ」
「……なるほど。あなたが頑張るというなら、俺はその意見を尊重するまでです。週末を楽しみにしていますよ」
ディアルムドは先ほどとは打って変わって、柔らかな表情を浮かべた。
――さっきまで悪魔みたいに笑っていたくせに……。
まるで身の内から込み上げてくるような温かく、優しい笑みに、またしても不意を突かれて、バーベナの心臓がトクンと音を立てた。
その間妃教育として、歴史やマナーなどの授業をこれでもかというほど詰め込まれたハードな毎日を送っている。
ただ魔法以外の話に触れるのが初めてだったバーベナからしてみれば、すべてが新鮮だった。
尻込みしたのは最初だけ。
いざ授業を受けてみると、知らない知識がどんどん増えて楽しいばかりだった。
身内の贔屓目かもしれないが、教師たちは「妃殿下は海綿のようになんでも吸収されている」と口を揃えて褒めてくれる。
人間、褒められれば嬉しいもの。俄然やる気が出てきた。
なお、扉の封印強化は順調に進んでいる。
魔物による怪我人が出ても困らないよう、ミアンに回復薬を持たせてシネイドのところまでお使いを頼んでいるが、今のところ大きな被害が出たという話は聞かない。
扉自体は国境近く、大神殿の地下にある。
王家の霊廟としても知られている有名な場所だ。
だが歴代の王たちが収められている棺の間よりもさらに奥深く――階段を降りていった先に、魔界と人間界を隔てる重要な扉があることは、ほとんどの人間が知らないだろう。
それも一見すると、大理石の壁に囲まれた、ただの美しい装飾の扉にしか見えない。
肝心の封印のほうも、さほど難しくない。
扉の前に立ち、ディアルムドとバーベナの融合した魔力を注ぐだけ。
恥ずかしい話、毎日夫婦らしく過ごしていればほぼ問題ないのだ。
もっとも魔法使いの少なくなった今の世界では、そんな簡単なことさえ難しい状況だが。
「ディアルムド様!」
そんなある日、バーベナは晩餐の席で悲鳴を上げた。
「鳥じゃないんですから、こ、このようなことは……はしたないと言いますか……」
「まるで求愛給餌のようですね」
どういうわけか、ディアルムドはバーベナを膝の上に乗せながら、食後のデザートを手ずから食べさせている。
マナー教師も真っ青になる光景だろう。
反面、使用人たちは『クールな殿下がなんて珍しいんでしょう』と驚きつつも、『新婚ですからね』と生温い視線を向けている。
――普通の王族はこんなことしないわ。というか貴族でも……ううん、平民でもしないかも……。
「ディアルムド様!」
もう一度嗜めるように呼びかけてみたものの、真っ赤な顔ではなんの説得力もない。
心臓がドキドキしすぎて痛かった。
妃教育が進むにつれ、少しずつ自分に自信が芽生えてきているものの、ディアルムドとの触れ合いについてはいっこうに慣れなかった。
「夫が妻を溺愛して何が悪いんです?」
ディアルムドは少しも悪怯れずに、むしろこてんと首を傾げてみせた。
――これは……自分が正しいと思っている顔!! しかも、自分がどう見られているかわかっていてやっている顔!! くっ……それでも絵になる!!
顔面偏差値の高すぎる王子様に、バーベナは不満そうに口を尖らせる。
しかし腹が立っても最後まで憎めないのは、いつものことで。
「さあ、今日も俺が腕を振いましたから、早く食べましょうね」
頑張ったんです、と力説されてはこれ以上断るのも野暮だ。
そんなことをしては、スイーツ好きの名折れになる。
「ありがとうございます」
結局、口を開けるほかなかった。
ちなみに、食後のデザートはチョコと一緒に可愛らしく盛りつけられたソルベである。
一口食べると、羞恥プレイなどどうでもいいと思えるほど至福なひとときに浸れるから不思議だ。
「ああ……」
バーベナは両頬に手を当てながらうっとりと目を伏せた。
「美味しいです……幸せ……」
味はもちろん、彼がわざわざ作ってくれたこともバーベナをいっそう幸せな気持ちにしていた。
マナー教師によると、王族とは一人ひとり多忙なスケジュールを組んで行動しており、夫婦であっても二晩と一緒にいられないのが普通だとか。
以前のソーラスも、ディアルムドはバーベナ以上に忙しいと言っていたはずなのに。
お菓子に限らず、毎日欠かさずお花も贈られている。
それだけでもじゅうぶん驚きに値するのに、時間を見つけては今のように二人一緒に食事までしている。
――ディアルムド様の一日っていったいどうなっているのかしら? 休んでほしいとお願いしても、じゅうぶん休めていると言われてしまうし……もしかしたらディアルムド様だけ一日が五十時間くらいあるのかも?
最近、本気でそう思っている。
「あ、あの……その、毎日毎日疲れないんでしょうか? 扉の封印は以前よりもよくなって、魔物の出現も減ってきているんですよね?」
「ええ。あなたの力添えのおかげです。そろそろ扉へ行く間隔を空けてみてもいいかもしれません」
「そ、それなら寝室のほうも……」
当然、毎日一緒に眠っていることも付け加えておこう。
毎晩激しいので手加減してほしいとは言えないが。
「それとこれとは話が別ですよ。夫婦が同じ部屋で眠るのは当たり前のことです。使用人や下の者たちにいらぬ心配をかけたくありません」
間髪を入れずディアルムドが首を振った。さっきからずっと笑顔なのが怖い。
「で、ですが、これだけ忙しいんです。一日くらい手を抜いても、私は約束が違うと言って怒り出したりしませんから。ディアルムド様のお体が心配なんです。本当ですよ」
体が心配、という部分をあえて強調して言ってみたが、やはりというべきか、ディアルムドは笑顔で一蹴した。
「ありがとうございます。気持ちだけ受け取っておきましょう。ただ、これまで魔物討伐にかかっていた時間を別の時間にあてられるようになったので、以前ほどつらくはないんですよ。それに……」
ディアルムドは妙なところで言葉を区切ると、バーベナの顔を覗き込む。
アクアブルーの瞳には真剣な光が宿っている。
「それに?」
バーベナは彼から目を離せないまま、ごくりと唾を飲んだ。
「あなたのおっしゃる通り、王子としてやることは多いです。それは間違いない。正直に言うと、俺も人間ですから疲れることもあります。ですが、バーベナ、あなたとこうして触れ合っている時間が俺の唯一の癒やしなんです」
ディアルムドは低く、深い、愛情の籠った声で言う。
自然と『惚れている』という彼の言葉を思い出したバーベナは、じーんと胸が熱く痺れるのを感じた。
「癒やし、ですか?」
「はい。できれば……あなたも癒やしてあげたいと思っています。とくにあなたは城に来たばかり。王族の一員に加わった以上、肩にかかるプレッシャーは相当なものになります。俺はあなたを守りたいんですよ」
かつては孤独と重圧に耐えかねて、奇行や妄想に取り憑かれた王族もいたという。
ふと頭に思い浮かんだのは、病に伏せている国王の青白い顔だった。
妃教育が始まる前に一度だけ顔合わせをしている。
ただ死んだように眠る王を見ても、まったく可哀想には思えなかったが。
バーベナはソーラスとディアルムドから聞いた話を思い返しながら、神妙な顔で頷く。
「ありがとうございます……だけど、私は守られるだけじゃ嫌です」
今度は首を振って言い返すと、ディアルムドが目を丸くした。
「もちろんお花もお菓子も嬉しいですし、こうしてディアルムド様が気にかけてくださるのも本当にありがたいことだと思っていますが……」
事実、バーベナはディアルムドの思いやりに感動さえ覚えている。
「私もディアルムド様を守って差し上げたいんです……!」
妃教育を頑張っているのも、そのためだ。
ディアルムドが好きと自覚してからは、その思いは日増しに強くなっている。
だからこそ、このままではいけないと思っている。
自分は変わらなければならない。
――ううん。変わりたいの。
「ですから、今度の週末、とっておきのサプライズを披露しますね」
――これまでの成果を披露するわ!!
誰にも文句など言わせない。
そして一番は、ディアルムドに好きと伝えたい。
ついでに言うと、いつも彼に振り回されてばかりなので、たまには主導権を握って度肝を抜いてやりたいという気持ちもある。
意趣返しを想像したら、なんだかワクワクしてきた。
「それ、自分で言っちゃいますか」
相変わらずおもしろい人だ、とディアルムドがクスクスと笑い出した。
「週末というと、立食パーティーでしたね」
よっぽどおかしかったようで、ディアルムドはまだ肩を揺らしている。
それを見て、バーベナの中でよりいっそう覚悟が決まった。
「そうです。先生方のご指導のおかげで準備も滞りなく進んでいます。私が初めてディアルムド様の妃として公に顔を出す日にもなります」
「うーん、挙式のほうは先になることですし、俺はもう少し時間をかけてもいいと思いますが……」
「そんなに待っていられません!」
ハッキリ言うと、ディアルムドが小さく息を呑んだ。
「そうなんですか?」
「ええ」
「……なるほど。あなたが頑張るというなら、俺はその意見を尊重するまでです。週末を楽しみにしていますよ」
ディアルムドは先ほどとは打って変わって、柔らかな表情を浮かべた。
――さっきまで悪魔みたいに笑っていたくせに……。
まるで身の内から込み上げてくるような温かく、優しい笑みに、またしても不意を突かれて、バーベナの心臓がトクンと音を立てた。
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