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第五章 王子様と初夜を迎えます

5-5 これは……あなたの期待に応えなければなりませんね ほんのり※

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◆◆◆◆

 バーベナが眠るのを待ち、ディアルムドは彼女の体を綺麗にしてネグリジェを着せ直した。
 それから隣に横たわって、ホッと一息つく。

 ――我ながら強引なやり方だと思ったが、どうにか結婚までこぎつけたな……。

 本当は扉について詳しく教えておくべきだったのかもしれない。
 だが封印の強化も、結婚した男女も、やることは一緒だ。
 わざわざ伝える必要はない――というのはただの建前で、ディアルムド自身、初めからバーベナを手放すつもりなどなかったのだ。
 もちろん彼女からしてみれば、たまったものではないだろうが。
 現に彼女は事が済んだら別れるつもりだったようで、昨日のキスではえっという顔をしていたし、今日も寝室を訪ねてきたディアルムドを見てひっくり返りそうになっていた。

 ――可愛かったな。今もすやすやと眠って……もう息をしているだけで可愛い。本当に可愛い。

 怒った顔も、拗ねた顔も、泣いた顔も、彼女の何もかもが可愛い。

 ――いや、彼女が家族のせいで泣いているのだけは見たくなかった。あの泣き顔を見ていると胸が痛い……。

 一番は笑った顔だが、残念ながらまだちょっとだけしか見られていない。

 ――いったいどうしたらもっと笑ってもらえるのだろう? 珍しい花でも育ててみようか。それとも何か凝った菓子を作ってみるほうがいいか……。

 まさかこんなにも誰かに心を奪われる日が来ようとは思ってもみなかった。
 ほんの少し前まで結婚など興味もなかったはずなのに。
 気づいたときには、彼女に夢中になっていた。
 おまけにドキドキするだけでは飽き足らず、不安や切ない思いにまで駆られるようになった。
 彼女が誰かに触れられるのも、ましてや誰かに笑いかけるのも嫌で、途方もない独占欲が生まれてしまったのだ。
 自分でもみっともないということはわかっている。
 面倒くさい男で申し訳ないとも思う。だけど。

 彼女が欲しい。

 ――そうだ。一緒に花を摘んでみよう。菓子は膝の上に乗せて一口一口食べさせてあげるほうがいいかもしれない。

 バーベナは優しい。きっと顔を赤らめながらも渋々付き合ってくれるかもしれない。
 想像したら、また興奮してきた。

 ――明日も仕事がある。ここは早く寝るべきなんだが……。

 ディアルムドはしばらく寝つけずに悶々と過ごした。
 だがそれもバーベナの寝息を聞いているうちに収まり、いつの間にか自身も眠りの世界に落ちていた。










 次の日、いつもの起床時間に目が覚めた。
 ただいつもと違っているのは、頭も体もスッキリしていること。
 そして隣にバーベナがいることだった。
 やらなければいけないことが多すぎて、知らず知らず疲労を溜め込んでいたのだろう。これほどぐっすり眠ったのは久しぶりだった。

 ちなみにバーベナのほうはというと、横向きに寝たままなぜかディアルムドの腰に脚を絡めている。
 一瞬、起きているのではないかと疑ったが、そういうわけでもなさそうだ。今も気持ちよさそうに眠っている。
 上掛けを蹴り飛ばし、代わりに暖を取るかのようにディアルムドにピッタリと寄り添っているところを見ると、寝相はあまりいいとはいえない。

 ――俺を抱き枕か何かと勘違いしている?

 ディアルムドはごくりと唾を嚥下した。
 ネグリジェの深いスリットから、白い腿どころかヒップまで見えている。
 肌も髪も手入れをされたようで、花の香油のいい匂いまで漂ってくる。
 ゆうべのことが鮮明に起こされたうえに、朝ということもあいまって下腹部が熱くなった。

「う……ん、殿下……?」

 不埒な考えが脳裏を掠めたとき、バーベナが寝惚けた声を上げた。

「おはようございます。ゆうべは無理をさせてしまい申し訳ありませんでした」

 ディアルムドは邪な思いなどおくびにも出さず、バーベナのもつれた髪を耳にかけながらニッコリと笑いかける。

「えっ! あっ……えっと! おはようございます……」

 ブワッとバーベナの顔が熱で赤くなった。「昨日は夢じゃなかったんだ」などと何やらぶつぶつ言っている。

 ――朝から、可愛いな。

 ディアルムドはバーベナの顔を覗き込んで、いっそう笑みを深めた。

「体のほうは大丈夫ですか?」
「か、体のほうは……大丈夫だと思います。その、あまり痛くなくて、どちらかというと気持ちよ……あああああ!! って、何を言わせるんですか!!」
「俺たち、相性がいいみたいですね」
「あああああ!! またそんな恥ずかしいことをサラリと!!」

 バーベナはたまらず顔を覆い隠した。このままベッドに顔を埋めてのたうち回りそうな勢いだ。

 ――駄目だ。これ以上は顔がニヤけてしまいそうになる。

 人前で笑顔を意識することはあっても、これほど自然に笑いたいと思ったことはないだろう。
 ディアルムドは微笑みを湛えたままバーベナの背中に手を当て、寝起きの体をゆっくりと起こしてやった。

「俺の魔力を感じますか?」
「は、はい……。少しですけど。殿下の魔力って冷たいけど力強くて……なんだか気持ちいい感じがします」
「それはよかった。どうやら拒絶反応はなさそうですね。おそらくある程度時間がたったら消えると思いますが、それまでは俺の魔力の影響を受けるはずです。攻撃力と毒耐性が上がるかもしれませんね」
「攻撃力はわかりますが、毒って……」

 説明に他意はないが、バーベナの顔があからさまに曇る。
 ディアルムドはそれまでの笑みを消して、軽く肩を竦めてみせた。

「王族は子どものころから毒の耐性を受ける訓練を受けるんですよ」
「なんだか物騒な話ですね……子どもなのに、そんなことまでしなくてはならないなんて」
「万一のためですよ。今のところ暗殺されそうになった経験はありません。ただ、子どものころから魔物との戦闘現場に駆り出されているので、そういった意味では何度か死にかけたことはありましたが。魔物の血も毒ですから」

 ディアルムドは自嘲して唇を歪める。
 バーベナはすっかり胸を痛めてしまったようで、悲痛な眼差しを向けてきた。

「それは陛下が……でしょうか?」

 妃教育を始める前に、一度国王に会ったほうがいいかもしれない。
 といっても謁見のような正式なものではなく、床に臥せた状態での顔合わせになるが。
 聞くところによると、たまに意識を取り戻しては錯乱するものの、ほとんど死んだように寝て過ごしているらしい。
 生きているのが不思議なくらい弱々しい父を見て、優しい彼女は何を思うのだろうか。

「我が子をそんなところに送るなんて……いくらなんでも……」

 バーベナは理解できないといったふうに首を振った。

「……ソーラスもいたので、なんとかなったんですよ。それに、もう過ぎたことです」

 不謹慎かもしれないが、彼女の思いやりが素直に嬉しいと思えた。
 ディアルムドは急にしんみりとしてしまった空気を払拭すべく、爽やかに笑いながらこう付け加える。

「……本当に変わってますよね。あなたの気持ちはよくわかります。王族には閨教育もありますし」
「なっ!」

 バーベナの顔がふたたび赤くなった。

 ――本当にからかい甲斐がある人だな。

 自分の中で、理性では制御しきれない欲望が鎌首をもたげる。

「バーベナの魔力は春風みたいに暖かいですね」
「え? 春?」

 ディアルムドはバーベナの肩口に頭を埋めながらぽつりと言った。
 そのまま首の付け根に唇を押し当ててみたところ、案の定、何かを察知したらしいバーベナが慌てて身を引こうする。

「で、殿下……今は、朝ですよ?」

 しかし、ディアルムドはすかさずバーベナの腰を摑んで動きを制した。

「ディアルムド」
「え?」
「何度も名前を呼び間違えないでください」
「ええ!!」

 首を舌で舐め上げ、今度は耳元で囁く。

「そんなにお仕置きされたいなんて意外です。これは……あなたの期待に応えないとなりませんね」
「ディ、ディアルムド様!」
「あなたの願いはなんでも叶えてあげたいと思っているんですよ、俺は」

 ――離縁以外なら……ですけど。

 ディアルムドは愉悦に浸りながら心の中で呟くと、もう一度バーベナを寝台に押し倒した。
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