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第五章 王子様と初夜を迎えます

5-1 家族……

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 朝――。

 バーベナは見慣れない部屋で目を覚ました。
 最近いろいろありすぎたせいか、自分でも思った以上に疲れていたらしい。
 王城に着くなり、夕食も摂らないまま通された部屋で眠ってしまったのだ。

「ねえ、ご主人様! この部屋すごい! 今までの暮らしが嘘みたいよ!」

 いつの間にか帰ってきたらしいミアンが、枕元で元気に騒いでいる。
 バーベナはぼんやりとあたりを見回した。
 ミアンの言うように、ここは屋根裏とは比べものにならないほど立派だ。
 青と白を基調とした部屋で、派手すぎず落ち着いた雰囲気がある。
 日当たりがいいのは当然として、壁や柱、家具や調度品、どれをとっても一流の作りであることが見てとれる。絨毯の毛足まで長い。

 ――なんだか夢を見てるみたい……。

「そういえば、今は何時?」
「もうお昼も近いわよ」
「え!? もうそんな時間なの!?」

 あっけらかんとするミアンに、バーベナはサーッと顔から血の気が引くのがわかった。慌てて寝台から飛び起きる。

 ――寝坊!? 妃になると言ったそばから、なんてことを……!

 ミアンがクスッと笑って、身を躍らさせながらバーベナの肩に乗った。

「『慌てなくてもいい』って王子様が言ってたよ」
「殿下が?」
「うん。『すごく疲れているだろうから休ませてあげてほしい』って。ついさっき、使用人の人たちが朝ご飯を部屋に運んでくれたわ」

 ほら、とミアンが指差した先――窓際の小さなテーブルには朝食がのせられている。

「それから、王子様のプレゼントも届いてる」

 今度は扉付近を指す。
 そこには宝飾品などのプレゼントが山のように積まれている。

「お花もお菓子もあるんだって。よかったわね、ご主人様。こっちが引くほどの貢ぎっぷりだわ」

 そんなふうに茶化しつつも、ミアンの声は弾んでいた。どこか誇らしささえ感じる。
 今まで家族からの冷たい仕打ちに耐えてきたのだ。やはり主人がお姫様として手厚くもてなされているのが嬉しいのだろう。

「そうそう、このあと侍女長が挨拶に来るって。あとは奉仕官っていうのかな? 執事みたいな人がお城を案内してくれるって言ってたわよ」
「城内だけでもかなりの数の使用人がいそうね。公爵家とは全然違うわ」

 三大公爵家と比べても王城は別格だ。
 何しろこの国の政治、経済、芸術すべてが集まる場所なのだから。
 はたして自分に妃という大役が務まるだろうか。華やかな肩書きには、大いなる責任が伴う。
 ハッキリ言って不安しかない。
 バーベナが両手を胸の前で握りしめたところで、あっとミアンが声を上げた。

「近くにヤバイ気配を感じる。こっちに向かっているみたい」
「それって、もしかして殿下の使い魔のこと? 確か名前は……」
「ソーラスよ。本当にしつこくて困っているんだから。やっぱりオスは千超えてからでしょう」
「そうなの? 確かに『男は三十過ぎてから』ってマスターも言っていたような? 竜基準だと千なのね」

 ミアンがビシッと指を立てながら首肯する。

「やっぱり冷静で包容力のあるオスがいいわ。その点、あのソーラスって子は毎回興奮状態で嫌だわ。若さって怖い~」
「なんだか楽しそうね。使い魔として優秀なオスのほうが好きって言ったら、もしかしたら聞き入れてくれるかもしれないわよ。突撃の頻度も変わったりしてね」

 ふふ、と笑うと、もう、とミアンが不満そうに唇の端を曲げた。

「他人事だと思って……でもそうね、おだてて手のひらで転がすのもいいわね。とりあえず参考にしておくわ」

 じゃあね、と付け加えてミアンは窓から飛び出していった。
 そこへ、入れ替わるようにソーラスがやってくる。
 奉仕官に訪問を告げられたが、ネグリジェのままだったので、ひとまず控えの間で待ってもらうことにした。

「お待たせしてすみません、ソーラス様」
「いやいや、こちらこそ急にやってきて申し訳ありません。あと、僕のことは気軽にソーラスと呼んでくださいね」

 ソーラスは人懐っこい笑みを浮かべている。
 どこからどう見ても少年の姿にしか見えないが、これでも竜というのだから驚きだ。

 ――認識阻害程度の幻覚魔法なら私にも使えるけど、ここまで精巧なものは見たことがないわ。いったいどうなっているのかしら?

 好奇心から一瞬気を取られたバーベナは、あの~というソーラスの声で我に返った。

「……あ! それではソーラスと呼ばせてもらいますね。ミアンなら先ほど出かけてしまいましたが、何かお話でも?」

 座るよう促すと、すぐに失礼しますから、とソーラスは軽く首を振った。

「ミアンに会えたらいいなとは思っていましたが、今日は別件です。バーベナ様に家庭教師を手配するよう頼まれたもので」
「教師ですか? ソーラスは使い魔なのにそんなお仕事まで任されているんですね! すごいわ!」
「ええ。本当は使い魔なのに、ご主人様の『私設秘書』みたいに言われて困っているんですよ。……だけど、よく考えたら僕ってすごいですよねえ。どうかバーベナ様の口からも僕の素晴らしさをミアンにアピールしてほしいです!!」
「まあ、ソーラスは本当にミアンが好きなんですね。ふふ、今度それとなく伝えてみます」

 バーベナはミアンとソーラスの連日の追いかけっこを想像して微笑ましい気持ちになった。
 お子様竜なんて御免だと言いながらも相手を消し炭にしていないところを見ると、ミアン自身、少なくともソーラスを嫌っているわけではなさそうだ。
 ソーラスが照れくさそうにこほんと咳払いをする。

「申し訳ありません、無駄話がすぎましたね。さっそく妃教育を始めるにあたって幾人か教師を――」

 その後、ソーラスは妃教育に必要な手配をしてくれると言った。
 妃として儀礼行事に参加するようになれば、今後はあまり自由時間はないかもしれないということも教えてくれた。
 これまでのように神殿に回復薬を寄付したり、ときどき魔法道具店にも顔を出したりしたかったが、思ったよりもスケジュール管理が大変かもしれない。

「――それじゃあ、僕は失礼します」
「あの、殿下にお礼を言いたいのですが……その、いろいろお気遣いいただいたようで、プレゼントもたくさん……」

 一礼して部屋を出ていこうとするソーラスに、バーベナはおずおずと声をかけた。
 ソーラスが目を丸くしたあと、すぐに得心がいったように苦笑する。

「ご主人様は今日一日ずっと政務でお忙しいはずですよ。会えるとしたら、たぶん夜の――寝る前くらいでしょう」
「そうなんですか? いつもお花とお菓子をいただいているので、てっきり殿下にはそれくらいの時間があるものだとばかり……」
「あれは睡眠時間を削っていろいろ調整しているんですよ。ぶっ倒れても知りませんからねといっても、なかなか聞き入れてもらえなくて困っています。ただバーベナ様が城に来てくれたので、これで少しは安心して休んでもらえるといいんですけどねえ」
「そう、だったんですね……」

 ――もしかして、あのプロポーズも頑張って……?

 驚くべきことに、ディアルムドはバーベナ以上に忙しいらしい。
 以前ディアルムドが『あなたに会うために時間を調整しているに決まっているじゃないですか』と言っていたように、ずっと無理を押してバーベナに会いにきていたのかもしれない。
 その話が本当だとすると、かつて彼にかけた嫌味が酷いことのように思えた。
 同時に、そこまでして自分に会いにきてくれたことを嬉しくも思う。
 情緒不安定もいいところだが。

「バーベナ様、ご主人様のこと、よろしくお願いします」

 気の利いたことが言えずにいると、ソーラスが深く頭を下げてきた。

「パッと見は超人みたいな王子様ですけど、本当はそうでもないんです。無茶ばかりする」
「確かに魔物の襲撃もありますし、さすがに体を壊しかねませんよね。あくまで想像ですけど、次期国王ともなるとたくさんのプレッシャーを抱えていそうです」
「……ええ。ご主人様は今までまともに休んだことはありません。まわりから完璧な王子であることを求められることに慣れすぎているんです」
「え?」

 ――まともに休んだことがない? 慣れている?

 ディアルムドが見せる隙にバーベナはしょっちゅうドキドキさせられているが、どうやら本来の彼は誰よりも王子様らしい王子様のようだ。
 ソーラスは姿勢を正すと、視線のほうは床に落としたまま続ける。

「陛下は……つまりご主人様の父親ですが、昔から我が子を道具としてしか見ていませんでした。暴言なんて当たり前。暴力とは少し違いますが、死にかけたことだって一度や二度ではありません。母親も冷酷な人間でしたね。といっても継母ですが。産みの母親は扉のためだけに外国から攫ってきた巫女なんです。無理やり子どもを産まされた挙句、逆恨みで継母に殺されています。ご主人様は……それこそ愛情とは無縁の子ども時代を送っていました。それは今もたいして変わらないでしょう」
「そ、それは……他人の私が聞いてもいい話なんですか?」

 ソーラスの深刻な声に、バーベナの胸が引き絞られるように痛んだ。
 いつも余裕そうに振る舞っているディアルムドの過去が、それほど悲惨なものだったとは思わなかったからだ。
 もし時間を遡れる魔法があったのならば、真っ先に子どもだったディアルムドのもとへ助けに駆けつけたいと願っただろう。

「他人? バーベナ様しかいませんよ。ご主人様の家族になるんですから」

 青褪めるバーベナに、ソーラスが首を振りながら優しく語りかける。

「元来王者とは安眠できないものです。ご主人様も例外ではありません。だからこそ、寄り添ってくれる相手が必要なんです」

 ソーラスの可愛らしい目は慈愛に満ちていた。

 ――家族……。

 その言葉に、なぜだか胸を打たれてしまう。
 バーベナは相変わらずドキドキしたり苦しくなったりする左胸を押さえながら、今度こそ部屋を出ていこうとするソーラスの背中を見送った。
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