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第二章 王子様に秘密がバレました

2-1 私がなんとかするしかない!

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 平穏無事に舞踏会が終わって一週間。
 バーベナは王都の魔法道具店にいた。

 魔法道具自体は大きなものから小さなものまで存在する。
 魔晶石と呼ばれる高濃度の魔力が結晶化したものを動力源としている。
 魔力含有量の高いものは別として、そのほとんどが不純物を含んでいるため、職人が加工をほどこしてから魔法道具に錬成するのだ。
 とくに生活に役立ちそうな道具――火打ち石や井戸水の代わりにもなるものは庶民にも広く愛用されている。
 バーベナの働く店はそんな家庭用の魔法道具を加工、販売しているところだ。
 貴族らしくないことは百も承知している。
 ブリギットの言うところの庶民があくせく働くような場所だ。

「お疲れ様です、マスター」

 バーベナはカバンを肩にかけて、ぺこりと頭を下げた。
 女店主が「お疲れ様~」とカウンターから手を振り返すと、今度は少年が「ちょっと待ってくださ~い」とバックヤードから駆けてくる。

「せ、先輩! あ、あの……その、このあと、どっかに行ったりします?」

 突然モジモジと消え入りそうな声で予定を聞かれ、バーベナは首を傾げた。

「コルムくん? うん、ちょっと寄るところがあって……それがどうかしたの?」
「で、ですよねえ……。先輩とっても素敵ですもんね」
「そんなことないって。でも、ありがとう。そんなふうに言ってくれるのはコルムくんだけだよ」

 コルムは数か月前に店に入ってきた後輩だ。
 バーベナより五つも歳下で、家計を助けるためにアルバイトをしているという。
 素直にはいはいと頷いて仕事を手伝ってくれる姿から、弟がいたらこんなふうかもしれないとときどき思うことがある。
 本物の妹には疎まれているというのに、つくづく人というものは環境に左右される生き物らしい。

「え? あ、はい……」
「……二人ともお疲れ様」

 後輩からガンッと一発殴られたような顔を、店主からも憐れみの籠った視線を向けられたのはどうしてなのか。
 当然のことながら、彼らはバーベナがグロー家の人間だということを知らない。
 職場では家名を伏せて、ただのバーベナで通している。
 でなければ、気安い態度で触れ合うことなど叶わなかっただろう。
 バーベナとしてもそれは望むところではない。
 魔法道具店で働くことはお金を稼ぐ大事な手段だ。
 何よりサーカスの見世物のようなド派手な魔法よりも、縁の下の力持ちのような――広く誰かの役に立てる魔法道具をせっせと作る作業のほうが性に合っている。

「ええ……と?」

 不思議に思っていると、背後から急かすように掛け時計のボーンという音が鳴った。

「――あ、いけない! お疲れ様です! また明日!」

 バーベナはもう一度頭を下げると、大慌てで店を出た。










 ひとけのない路地裏を見つけて、目的地まで魔法で転移する。
 バーベナがやってきたのは、王都から遠く離れた田舎町だった。
 寂れた町にある教会の門前で、年老いた神官がうろうろしているのが見える。

「バーベナさん、お待ちしてました……!」

 神官がブワリと目を潤ませた。
 よれよれでくたくたの神官服もあいまって、ずいぶんと悲愴な雰囲気が出ている。

「シネイド様、お待たせしてしまってすみません!」

 バーベナは焦ったふうに耳の後ろを掻いた。

「よかった……!」

 シネイドは咎めるようなことはせず、ほっと息をついただけだった。
 彼もまたバーベナの正体を知らない一人である。
 社交界に顔を出さないので、バーベナの存在自体広く知られていない。
 ついでに言うと、バーベナという名前もありふれたものだ。
 野に咲く花の名前――バーベナ。
 生まれたときからすでに愛されていなかったのか。『どうしてお姉様の名前は雑草なの?』と妹にコケにされてきたのは言うまでもない。
 何はともあれ、わざわざ偽名を使うまでもないと、あえて本名を名乗っているというわけだ。

「いやあ……相変わらず見事な転移ですね。王都ではさぞや高名な魔女様なんでしょう」
「そんなことないですよ。私なんて……ただのしがない魔女ですから。魔法使いなら転移くらいできて当然だって妹も言ってましたし……」
「そうなのですか?」
「それより……いつものやつをお持ちしました」

 空笑いしながらカバンから取り出したのは、お布施だった。
 といっても金貨や銀貨ではない。布袋からガラスの擦れ合う音が聞こえる。

「いつも助かります。バーベナさんの作ってくださる中級回復薬ポーションは上級のものと同じくらいの効果がありますからね。こんなふうに寄付してくださるなんていまだに信じられません。本当に無料でいただいていいんでしょうか? これだけでも金貨何枚分の価値があるのやら……」

 バーベナは王都の魔法道具店で働くかたわら、上級回復薬を作ってお金を稼いでいる。
 正直に言うと、店で働くよりもずっと効率よく稼ぐことができる。
 だったら山ほど作ればいいという話だが、そういうわけにもいかない。
 回復薬のような魔法道具を作るには、それなりの魔力と熟練した技術が必要だからだ。
 当たり前だが、出来損ないのバーベナにはそんなことができるはずもないと思われているので、できるだけ目立たないよう市場に流さなければならない。
 それがどうして慈善活動に至ったかというと……。

「最近、物騒ですからね……。必要な人の手に必要なものを届けたいだけです」

 回復薬のような高級品は庶民には行き渡らない。
 そのため自分に何かできることはないかと考えて、このようなことまでしている。
 最初は困っているところにたまたま居合わせただけで、その一度だけで済むと思った。
 今にして思えば、浅はかな考えだったと思う。
 魔物による襲撃で怪我を負う人が後を絶たなくなり、収拾がつかなくなってしまったからだ。
 一度始めたことを途中で投げ出すのは難しい。

〈ご主人様ったら本当にお人好しなんだから〉

 不意に上着のポケットがもぞもぞと動いた。
 先ほどまで昼寝を決め込んでいたミアンが、顔を出して溜息を零す。

〈だって困っているみたいだし……。でも、こんなことなら変装して偽名でも使うべきだったかしら……〉
〈今さら何言ってるのよ? 後悔先に立たずって言うでしょう〉

 やれやれと小さく肩を竦めるミアンを見て、シネイドが「可愛いですねえ」と目を細める。

「ありがとうございます。本当に助かります。こないだもうちで預かっている子どもたちの怪我に使わせてもらったんです。これがなかったら……と思うと、バーベナさんには感謝してもしきれません」
「それはよかったわ……」

 それでも『ありがとう』というたった一言で、胸の奥に湧いたモヤモヤが消え去り、すべてが報われたような気がした。
 この教会は孤児院も兼ねており、恵まれない子どもたちが過ごしている。
 もしかすると子どもたちと昔の自分の姿を重ね合わせているのかもしれない。
『偽善』といえばそこまでだが、自分の行動一つで誰かの役に立てていることが嬉しいのも事実で。
 本当は誰かに必要とされたいと、心のどこかで思っていたのだろう。

「それじゃあ、また来ますね」

 バーベナがニッコリと微笑んで踵を返そうとした、そのとき――教会の裏手から子どもの悲鳴が聞こえた。
 尋常ではない金切り声。
 色を失ったのはバーベナだけではなかった。
 ミアンの長い尻尾がピンと強張り、シネイドの足がよろめく。

「今の声は……?」
「ま、まさか……子どもの……?」

 あたりが異様な空気に包まれた。
 魔力だ。これほど禍々しいものは感じたことがない。
 どういうわけか、自分の中にある感覚が鋭くなったような気がする。

 ――もしかして、これは……。

 人間のものではないのかもしれない。

「シネイド様、ここは私に任せて子どもたちの避難を!」

 バーベナは転びそうになったシネイドの腕を支えるとすかさず言った。
 自分でも驚くほど凜とした声だった。
 普段のバーベナならオドオドしてこの場から逃げ出していたはず。それなのに。
 へらりとした雰囲気を払拭して険しい顔つきとなったバーベナに、シネイドもわずかに呆気に取られたようだった。

 ――私がなんとかするしかない!

 バーベナは来たときと同じように、魔力を感じるその場所に転移した。
 怖いという気持ちよりも、自分がどうにかしなくてはならないという気持ちのほうが強かった。
 今、この場で対処できる人間がいないこと。
 それから本当の力に目覚めたことで、相手の力を押し測ることができるようになったことも大きい。

「こ、こっちに……来るなあ……っ! 化け物……っ!」

 バーベナの懸念した通り、教会の裏――ちょうど墓地になっているところにそれ、、はいた。
 見た目はイノシシのようだが、物置小屋と同じくらいのサイズだ。
 黒い体や赤い目も、イノシシとは似て非なるもの。
 使い魔と違って知性もなく、口から覗く鋭い牙で人間などあっという間に蹂躙する。それが魔物だ。
 そんなこの世のものとは思えない生き物のすぐそばで、小さな子どもが腰を抜かして動けないでいる。

「ミアン」
「はい、ご主人様」
「子どもに気をつけて」

 言うが早いか、ミアンがポケットから飛び出した。
 バーベナは鋭く命じる。

「あの獣を『焼き払え』!!」
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