【R18】出来損ないの魔女なので殿下の溺愛はお断りしたいのですが!? 気づいたら女子力高めな俺様王子の寵姫の座に収まっていました

深石千尋

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第一章 王子様のお妃選びの舞踏会に参加します

1-1 腐っちゃダメよ、大丈夫

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「お姉様って本当に地味よね。ドレスを着ているというより着られている感じだわ」

 お姉様――と言いつつ小馬鹿にしたような口調で言ったのは、バーベナの向かいに座った妹だった。
 乙女のように頬を染めながら手鏡で己の姿を入念にチェックしていたかと思えば、急に苛立ったように目を吊り上げながら柄の先をバーベナに向けてくる。
 あまりの変わり身の早さに二重人格を疑うほどだ。

 ――ああ……またなの……。

 バーベナはこっそりと息を漏らした。
 そんなふうに嫌味ったらしく言われるのは日常茶飯事だけど、いつまでたっても慣れない。
 ズキズキと痛むこめかみを押さえながら、バーベナはこちらを睨み据える少女を見返した。

 サラサラと流れるシルクのような白金の髪に、エメラルドのようにきらめく双眸。
 ほんの少しの幼さを残しつつも人形のように整った顔立ちを見れば、誰もが口を揃えて美少女だと賞賛するだろう。
 腕を組んで人をあしざまに笑う姿は決して褒められたものではないにもかかわらず、ちっとも美しさが損なわれていないから驚きだ。
 パッとしない容姿のバーベナと比べれば天と地ほどの隔たりがある。
 妹に言わせると、バーベナのくすんだ金髪は『砂』で、オリーブ色の瞳は『草』のように見えるらしい。
 もっとも、この少女があからさまに人を見下すときは家族の前だけと決まっているが。 

「ブリギット、仕方ないじゃない。お父様の命令だもの」

 バーベナは笑みを貼りつけてやっとの思いで返事をすると、素早く馬車の外に目をやった。
 自分にだって自分の都合があると言い返してやりたいのが本音だったが、そんなことをすれば倍になって返ってくるだけ。
 挑発に乗れば相手の思う壺だ。何より口論とは存外疲れるものだと身をもって知っている。

 バーベナは小さく肩を竦め、蜂蜜色の石で造られた建物を見上げた。
 切り立った崖の上に建っているのは、尖塔が特徴的な王城。
 馬車の列が長いことから、峡谷と城を繋ぐ橋で渋滞が起きているのだろう。先ほどからゆっくりとしか進まない。
 
「文句を言うんじゃない。ブリギットの言う通りだろう」

 すると、ブリギットの隣に座った父が強い口調で言った。

「大馬鹿者めが」

 優しさなど微塵も感じさせない、棘のある言い方だった。
 思わずバーベナの肩がビクリと跳ね上がる。
 またか……という諦めの気持ちとは別に、悲しみが胸の奥から込み上げてくるのはどうしようもないことだった。
 仮にも家族なのだ。親に罵られて喜ぶ子どもがどこにいるだろうか。
 ブリギットの嫌味に慣れないように、父の高圧的な態度にも慣れないでいた。

「申し訳ありません、お父様」

 バーベナは震えを悟らせまいと唇を噛みながら、深緑のイヴニングドレスを飾るレースを握りしめた。
 無難に謝っておけば、険しい目でバーベナを見ていた父がブリギットに視線を戻す。先ほどとは打って変わって思いやりに満ちた目で。
 馬車の中が沈黙に包まれたのはほんの一瞬で、すぐにブリギットが水を得た魚のようにグチグチと言い始める。

「そうよ、お父様のせいにしないで。お姉様なんて魔女ドルイダスとしての資質もないばかりか、貴族として教養もないくせに。庶民に交じって汗水流してあくせく働くようなお姉様には、お城なんてふさわしくないわ」
「ブリギット、落ち着きなさい。バーベナが魔女として出来損ないなのは知っている」
「だったら、どうしてですの……?」
「王家からの要請で、年頃の娘を漏れなく参加させよ――とのお達しなのだ。私にもどうしようもないことなのだよ。わかったら、そんなに興奮するんじゃない。可愛い顔が台無しじゃないか」
「まあ、お父様ったら」

 うふふとすっかり機嫌の直ったブリギットが、これ見よがしに父の腕に自分の腕を絡ませる。
 和気あいあいとした雰囲気の中、目に見えて暗くなったのはバーベナただ一人。
 ブリギットの言ったすべてが嘘というわけではなかった。
 それだけに、バーベナは気まずい気持ちになって俯いてしまう。

 バーベナ・ウア・グローはエアネルス王国の三大公爵グロー家の長女である。
 ところが生まれながらに魔女の資質が下級貴族並みに低く、『グロー家の出来損ない』と呼ばれている。
 家族や使用人たちから、二つ下の優秀な妹と比べられて苦しみ続けたのは想像にかたくない。
 令嬢らしく美しく着飾るなどもってのほか。
 世話をする側仕えはなく、身の回りのことはすべて自分でやらなければならない。
 当然自由に使えるお金もないので、毎日外に出て働き、平民と変わらない生活を送っていた。
 おかげで自立志向だけは人一倍強くなったが、今さら淑女として完璧な所作を求められても困るというもの。
 所詮は名ばかりの公爵令嬢だ。

「おまえはしゃしゃり出るんじゃないぞ。今日の主役はブリギットなのだ」

 父が誇らしげに、そして尊大に言った。
 魔法学校に行かせることさえ渋々だった父からしてみれば、出来の悪い娘を城に上げたくないのが本音だろう。納得なんていくものかと顔にありありと書かれていた。
 ブリギットもうんうんと頷いている。

「そうそう、これまで私はお姉様の分まで人一倍頑張ってきたのよ。いくら王命で仕方ないといっても、出来損ないのお姉様と一緒に並ぶなんて……恥ずかしくてたまらないわ」

 ブリギットは頬をふくらませながら、バーベナ以上に『頑張っている』ことをことさら強調して言った。
 事実ブリギットは家族の中で一番愛情をかけられるのと同時に、次期当主としてまわりの期待を一身に背負っている。
 昔から『お姉様ばかり自由でずるい』とよく怒りをぶつけられたものだ。
 先日隣国の留学から帰国した際も、『なんで私ばっかり苦労しなきゃならないの』と小言を言われたくらい。
 バーベナからしてみれば、妹ばかりえこひいきされてずるいというものだが。

「おまえは壁の花に徹しろ――いいな? おまえと本当の家族とは思われたくないのだ。ボロが出て困るのはおまえだけではない。我々に恥をかかせるなよ」

 父が唾棄だきするように付け加えた。

 ――いつものことじゃない、バーベナ……。我慢できるわ……。

 父の言葉によって頭どころか胸まで痛んだが、バーベナは己を奮い立たせてツンと顎を持ち上げた。
 どうして父は我が子に対して怒りの眼差しを向けるのか。
 床に臥しがちでこの場にいないものの、母にしたってそうだ。底冷えのするような鋭い目でバーベナを見る。
 しかし考えたところで――ましてや尋ねたところで答えは得られないだろう。火に油を注ぐだけだとわかっている。

 ――腐っちゃ駄目よ、大丈夫。

 バーベナは何度も自分に言い聞かせた。
 どんな絶望的な状況でも、打開策はあるというもの。自分にならできるはずだ――と。

「今宵は王子殿下の妃を選ぶ大事な舞踏会。くれぐれも殿下に慈悲を乞うような馬鹿な真似をするんじゃないぞ。殿下のお心を射止めるのはこのブリギットだと心得ておけ」

 なおも釘を刺そうとする父に、バーベナは溜息を押し殺して頷いた。
 ブリギットが王子妃に選ばれた場合、後継はどうするのかということはあえて聞かない。
 おそらくどこか遠い親戚から養子でも連れてくるのだろう。

 ――舞踏会なんてどうでもいいわ……。

 習ってもいないダンスなど踊れるわけがない。
 そもそも王子ほどの高貴な人間が、自分になど目を留めるはずがないのに。
 今日という日をどうやってやり過ごそうか、バーベナは頭を抱えながら思案する。
 
「殿下ももうじき立太子される。そうなれば、美しく魔女として優秀な妃が必要とされるのだ。おまえ以上にふさわしい娘はいないよ、ブリギット」
「王太子妃……私にピッタリの称号ですわね、お父様」

 浮かれる父と妹とは正反対に、バーベナの鬱々とした気分はなかなか晴れなかった。
 やがて馬車が王城にたどり着くと、父は当たり前のように妹をエスコートして玄関に向かっていく。

「バーベナ」

 そのまま二人して会場入りするかと思いきや、突然父が後ろを振り返った。

「え?」

 ――どうしたのかしら?

 バーベナは小さく息を詰める。

「平手打ちを食らわせられたくなければ、おまえは一人で来るように」

 けれど、なんてことはない。いつものように暴言を浴びせられて、バーベナはムカムカしだしたお腹に拳を押しつけた。
 一瞬でも気にかけてくれたのかもしれないと思った自分が嫌になる。

〈…………ねえ、ご主人様〉

 必死に深呼吸を繰り返していると、重苦しい空気を破るように声をかけられた。
 スカートのポケットの中がガサゴソと動いている。

〈大丈夫?〉

 ポケットから姿を現したのは、使い魔のミアンだった。ちょこんとバーベナの肩に飛び乗る。
 父曰く、『魔法使いドルイドの使い魔が爬虫類であるのは前代未聞』とのこと。ブリギットからもトカゲ呼ばわりされている。
 だが実際は手のひらサイズの可愛らしい見た目に反して、その正体は火竜サラマンダーという上位精霊であることを誰も知らない。
 使い魔として猫やフクロウが多いところを見ると、精霊の使役は珍しいことなのかもしれない。

〈公爵をぶち殺してもいい?〉

 ミアンが低く唸りながら尋ねてくる。
 安堵のあまり使い魔を抱きしめたい思いに駆られたのも束の間、彼女の恐ろしい言葉によってバーベナは体じゅうから血の気が引いてしまった。

〈駄目、絶対〉

 慌てて念話で呼びかける。
 近くにいた衛兵から不思議そうな顔を向けられるものの、まわりに聞かれるという心配はいらない。
 彼らの目には、主人の肩の上でトカゲが鼻息を荒くしているくらいにしか見えないはず。

〈もう少ししたらお金を貯めて屋敷を出るつもりだから……〉
〈だけど、平手打ちよ! ご主人様ならあんな人達なんて一瞬で消せるのに。ちょっとだけでも仕返ししたい! 命令してくれれば髪の毛だけでも燃やせるわ。ハゲ散らかしましょうよ〉
〈いやよ。いちいち喧嘩をふっかけていたら疲れちゃうじゃない〉

 しかしながらバーベナは争うのが苦手だ。
 心が疲弊するのはもちろん、傷つくのが怖い。
 子どものころは愛されたいあまりに泣きながら縋っていたが、さすがに成人してからは諦めの気持ちのほうが大きくなった。
 つらいときに寄り添ってくれたのは、父でも母でも妹でもない――ほかならぬミアンだ。
 自身もブリギットの使い魔に散々いじめ抜かれていたというのに、『大丈夫だよ』とそっと涙を拭ってくれた。
 それが子ども心にどれだけ嬉しかったことか。
 もし彼女という存在がいなければ、バーベナはとっくにグレていたかもしれない。

〈もし手のひらを返されたらどうするの?〉

 バーベナは痛むお腹をさすりながらミアンを見下ろした。
 えへんとミアンが胸を張り、お見通しとばかりに指を立てる。

〈絶対にいいように利用されるでしょうね。ご主人様が本当は王族にも引けを取らない魔女だってバレたら大変だわ!〉

 無視されようが邪険に扱われようが、最悪我慢すれば済む話。
 一番まずいのは、『本当の力』が露見してしまうこと。

〈今さら当主になんて興味ないわ。王子様と結婚? どちらも冗談じゃないわよ〉

 バーベナは首を横に振った。

 出来損ないと呼ばれていたバーベナに本当の力が覚醒したのは、十八の成人を迎えた二年前。
 誰からも祝われたことのない誕生日――バーベナは熱を出して寝込んでしまった。
 今まで病気一つまともにかかったことがなかったが、このときばかりは一週間以上もベッドの住人と化してしまったのだ。
『このまま死ぬのなら、それまで』と吐き捨てるように言った父とは反対に、いつもは嫌味たっぷりのブリギットが顔を真っ青にしていたことを今でも覚えている。
 結局無事に回復したわけだったが、まさか莫大な魔力に目覚めてしまうとはいったい誰が想像しただろう?
 念話によってミアンと言葉を交わせるようになったのもこのころからだ。

〈だから――ね? ミアン、力を抑えて。変に目立ってバレてしまっては困るわ〉
〈ご主人様がそう言うなら……。だけど、仕返ししないとしてどうするの?〉
〈そうね、私は……〉

 このまま城に乗り込んでいいものかと逡巡する。
 今になってまわりから認められたいとは思わない。
 むしろ魔女だの貴族だの、ややこしいしがらみから解放されたい。
 そう――いつか外国で悠々自適な暮らしをするのがバーベナの夢だから。

〈今夜はお城のデザートを食べまくるつもりよ!〉

 呆気に取られるミアンをよそに、バーベナは顎を上げつつ扉の横に立った衛兵に微笑みを向けた。
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